TOP > 更新履歴 > 記事 マヨイ大正結婚パロ 2024/10/27 23:09 さて、私が嫁いだ礼瀬家の当主、マヨイさまはどこか不思議な人だった。 借金で首が回らなくなった商売下手な私のお父さまの借金を肩代わりし、それと引き換えに私を嫁にと提案した彼は娘不孝で白状なお父さまが頷くまま、私を妻として迎えてくれた。 社交の場にも全く姿を現さない、年齢不詳、不審。怪しく陰鬱な噂にまみれた華族、礼瀬家の当主がたった一度出た社交の場、私の預かり知らぬ所で一目見て気に入ってくださったとは聞いていたけれど、私からしたら何のことかさっぱりとわからなかった。何度も逃げ出そうかと立ち上がり、いやいや待ってと座り込む。そんなことをしている内に彼の屋敷へ半ば放り出されるようにして嫁ぐと姿を見せたのは、線の細い美しい容貌の素敵な男性で、私は開いた口が塞がらなかった。 「はじめまして……ではありませんが、一応そう言っておきますねぇえ」 「は、はじめまして……お顔を合わせるのは、はじめてですか?」 「……えぇ、そうでした。これからよろしくお願いします」 印象的な色味を持つ彼の瞳は神秘的ではあるが、ゆっくり細められるそれはどこか怪しい。けれどそれを打ち消すくらい綺麗な顔をした彼は、しなやかな指でそっと私の手を握る。とても冷たい手をしていた。 「あの、まずはうちの借金をありがとうございます。精一杯、妻として努めます」 「そんな事いいんですよぉ。あなたがここに居てくれるだけで、私とってはあんなはした金以上の価値があるんです」 「は、はした……」 「おっと、口が滑ってしまいました。私も少し浮かれているようです」 うふふふ、と一人楽しそうに笑うマヨイさまは置いておいて、兎にも角にもあの借金をはした金と言うなんて只者ではない。私はとりあえずなんとかやっていくしかないと心に決め、一度礼をしたのである。 礼瀬家には不思議な常識があるのか、使用人の気配はするのに何故かみんな姿を見せない。私はゆっくり身体を揺さぶられる感覚で目を覚ますと、部屋には誰もいなかった。横になったまま、一度伸びをする。隣には確かマヨイさまが眠っていたはずだけれど、既に視線の先、布団の中にはいなかった。 マヨイさまは夜眠るのが遅いのに、起きるのは驚くほど早い。いつ眠っているのだろうと思いながら一度寝返りを打って、私は朝から悲鳴をあげる。 「ひっ!」 「おはようございますぅう……」 なんと寝返りを打った反対側、ベッドのふちに手をちょこんと乗せてしゃがみ込み、横になっている私と目線を合わせてくるマヨイさまと遭遇したのだ。 「お、おはようございます」 「よく眠れましたね」 「はい」 一度頷くとマヨイさまはにっこり微笑んで何事もなかったように寝室から出ていくのだ。そんな不思議な朝の挨拶もだいぶ慣れ始めている私は、やはり何事もなかったかのようにブラウスとスカートに着替えた。以前までは和装が多かったけれど、最近は洋装のマヨイさまに合わせて洋装でいる事が多い。奇妙な行動をするマヨイさまだけれど、白のカッターシャツが本当にお似合いなのである。 顔を洗って食堂に降りると既に朝食が準備されており、マヨイさまがお席に一人ついていたので慌てて私も向いに座る。 「今日は新鮮な卵が手に入ったそうですよぉ。」 「あ、半熟のオムレツ!私大好きです!」 思わずそう言って身を乗り出してからはしたない行動をしてしまった事を恥じて、慌てて身を引っ込める。しかしマヨイさまはそんな私に呆れるでもなく怒るわけでもなく、ただニコニコとこちらを見ていた。 「す、すみません子どもっぽいことして……」 「いいえぇ。そのままのあなたが誰より魅力的ですよ。喜んでいただけて嬉しいです」 「本当ですか?よかったぁ」 「さぁ、冷めない内に頂きましょう」 二人で手を合わせて、いただきますをする。遠くで少し人の気配がするから、きっと私たちが食事をしている間に女中さんたちがお掃除とかをしているのだろう。あまり人に会いたがらない人たちだからとマヨイさまから女中さんたちを探すのは禁じられている。少しばかり好奇心が湧くけれど、働いてくれている人を不快にするのは良くない事だから、私は今日も知らないふりをするだけだ。 「マヨイさまは今日お仕事ですか?」 「今日は書斎に一日いる事になりそうです。あなたは予定が?」 「私?私はね、今日裏庭の花壇を整えたいんです、いいですか?」 「えぇもちろんです。あなたのしたいことをしたいようにやってくださいねぇ」 「……いつもありがとうございます。マヨイさま」 マヨイさまはキョトンと首を傾げた。緩く結っている髪がつるりと肩を滑っている。それを見ながら、私はいつも思っている事を、少し情けないけれど口にする。 「実家はただの成金商家だし、私自身も子どもっぽいし。言葉遣いや所作だってもっと綺麗な女性はいっぱいいるわ。マヨイさまがもっと表に出てこられる方なら出会いが沢山あって、もっともっと美人な人と結婚していると思うの」 マヨイさまが私の名前を呼んだ。その声がどこか切なげで、私の言葉に対してすぐそんな事ないと言ってくれようとしているのがわかる。でも、嫁いで今日で2ヶ月。私は絶対に今日、この言葉をマヨイさまに贈ろうと思っていたのだ。 「マヨイさまは、たった一度いらした社交の場で私を見初めてくださったって聞いて、最初は驚いたけど今はとっても幸せです。うちの借金まで肩代わりしてくださって、本当に感謝してます」 「そんな、私こそ感謝していますよ。こんな家に嫁いでくださって……あなたみたいな無垢な人が」 私は首を緩く横に振ってから、一度笑って頭を下げた。 「これからもよろしくお願いします。……あのね、これを伝えたかったの。少し恥ずかしいけれど」 照れ隠しに俯くと、マヨイさまが口元を隠して震えているのが見えた。感動してくれたのかと思って、私は奇妙なこの家のご当主を、また一つ好きになったのだった。 「勘違いしているみたいですけど……言わぬが花ですかねぇ」 マヨイは書斎の窓からチラリと外を見た。ちょうど、彼女が言っていた裏庭の花壇の真上が書斎なのである。彼女は大きな麦わら帽子をかぶり一人バケツを抱えて、中から園芸用品を取り出すとしゃがみ込んで楽しそうに作業を始めた。ちまちまとまるで小動物のような動きをする愛らしさに、思わずマヨイは指を咥える。 社交の場で彼女を見初めたのは事実だ。けれど一目惚れではなく、何度も目にして観察して、一人悦にいっていたことを彼女が知らないのは都合がいい。借金なんて彼女を手に入れられるならばはした金である。かわいいかわいい妻を四六時中見つめていられる幸福には到底変えられないのだ。 「あぁっ、また大きな声で独り言を言っていますねぇ。誰も聞いてないと思っているんでしょうねぇ。あっ、歌を歌っている!なんて愛らしい……!ほら、また膝を泥だらけにして……洗ってあげなくちゃいけませんねぇえ……!!」 [prev][next] [Back] |