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ジュンが紅茶を淹れる
2024/10/27 23:20

『おひいさんからいい紅茶もらったんで持っていきます』
「お、」

 私は彼から来たメッセージに思わず反応しながら、了承の返信をしてスマホを閉じた。立ち上がってキッチンに向かい、戸棚の奥の方にあるティーポットとカップを取り出しサッと洗っておく。何せいつ使ったのかよく覚えていないくらいしまったままだったのだ。何か不安になって、漂白までしてしまった。

 発端は、執事喫茶が舞台の深夜ドラマに恋人であるジュンくんが出演した事にある。その際に紅茶を淹れるシーンが多用されるということで手順をプロからみっちり教えてもらったらしく、今日久しぶりに会える事になったついでにそれを私の前で披露したいらしい。

 本人は「紅茶がおいしく淹れられるようになったので、あんたにも飲んでもらいたいんです」といじらしい風に言っていたが、彼との関係性を加味した上で翻訳すると「おいしく紅茶を淹れてあんたに褒めてもらいたいんです」である。甘えたいのに正面切って甘えたいとはなかなか言えない難儀な性格かつ、それでもどこか本音が透けて見えてしまう可愛い一面を持った彼に私もすっかりズブズブなのだ。

「……あ、お茶菓子どうしよう」

 せっかく美味しい紅茶を淹れてくれると言うのならお茶菓子くらいは私が準備しなければ、と思い付いたのは、ジュンくんから連絡が来てだいぶ経った頃だった。何か無いかと探しているとちょうど連絡が来る。ジュンくんからだった。

『お菓子買ってく。甘いものならなんでもいいっすよね?ていうかオレパンツあんたの家に置いてましたっけ?』

 お菓子やらパンツやら情報が渋滞しているが、私はお菓子はなんでもいいこと、パンツも部屋着も置いてあること、それからお礼をくっ付けて返信をした。笑顔の絵文字一つだけ来て、なんとなく彼の幼い感じの笑顔が浮かぶ。私も往々に、久しぶりにジュンくんに会えるのが楽しみなのだろう。


「いらっしゃいジュンくん。久しぶり〜、うっ」

 インターフォンが鳴って数秒、合鍵を使った彼が部屋の扉を開け、そっと滑り込むように入ってきた瞬間思い切り抱きつかれて、挨拶もそこそこに私は地を這うような呻き声を漏らした。久しぶりに会ったのだから、せめてもう少しの時間だけでも可愛い彼女ぶっていたかったのに台無しである。

「久しぶり。会いたかった」
「あ、わた、私も」

 自分から発する愛情表現が相変わらずストレートで、付き合ってそう短くない時間を共にしているにも関わらず相変わらず心臓がバクバクと跳ね上がってしまう。ふと目が合った瞬間にジュンくんが頬に触れてきたので、あっという間に流されて一度二度とキスをすれば先ほどまでは「私に甘えたいんだろうな」などという優位性を感じていたにも関わらず、すっかり骨抜きな自分が情けない。

「ほらほら、まだ玄関、玄関だから。はいどうぞお上がり〜」
「す、すいません。久しぶりに会えたのが嬉しくて」

 そんな事言われたらめっきり感じていなかった母性のような何かが爆発してしまう。折角自分から離れたというのに今度は私からジュンくんにぎゅ〜っと抱きついて、彼の頭をよしよしと撫でた。

「……あっキスはもういい!」

 また蕩けた視線をジュンくんが向けてきたので、今度は流されなかった。まだ彼が家に来て数歩の出来事である。

「ティーポットとカップ、なんかおしゃれなやつがあったよ。前にもらったんだ」

 リビングで一息ついてから、ほらこれ。と先程漂白しておいたティーセットを出すと、ジュンくんが「おぉ〜」とちょっと間抜けな歓声を上げた。

「取っ手の部分とかいいっすねぇ。こんなのあったんだ」
「食器棚の奥にしまっちゃってたから。普段はティーパックしか使わないからこれ出すこともないし……」

 時刻はちょうど15時を回ろうとしていた。当初の目的をちゃんと覚えていたらしいジュンくんが鞄の中から茶葉が入ってるらしき小さな缶を取り出すとさっと立ち上がり、キッチンへ向かう。

「じゃあ早速ですけど、紅茶淹れますね」
「ありがとう。ねぇねぇ近くで見てていい?」
「いいっすよぉ」

 そこで私は思い出す。ジュンくんに待ったをかけ、ソファに引っ掛けて置いたカフェ風の黒いショートエプロンを彼に着せた。

「い、イケメンカフェ店員さんだ……!」
「コメントしづらいっすねぇ……」

 とか言いつつもこちらに向かってウインクしてくる辺りはさすがのアイドル様である。

 お湯を沸かして、カップを温めながら茶葉を正確に量って、という細かい作業を真剣にやるジュンくんをぼんやり見ながら、彼が出演した執事喫茶を舞台にしたドラマをなんとなく思い返していた。執事喫茶内外で起こる珍事件を解決しつつ、従業員たちの友情を深めていくような内容で、女性のキャストが異様に少ないそれはいわゆる「アイドルドラマ」ではあったものの、紅茶を淹れる際の真剣な顔や演技はとても評価がよかったらしい。確かに明らかなファンサービスシーンよりもそういったキャストの真剣さが見えるシーンはすごく盛り上がっていた気がする。

 そして今目の前には、その時みたいに真剣な顔して紅茶を淹れるジュンくんがいて、なんだか不思議な気分にさせられる。

「よし、あとはカップに注ぐだけ……どうしたんすか?」

 呆けていたのを気づかれて、私は思わず首を横に振った。勝手に少し彼を遠く感じるのは、恋人としてすごく失礼な事だと思ったのだ。

「クッキー買ってきたんで、出してください。袋ん中です」
「はぁい」

 彼が持ってきたケーキ屋さんぽい袋からクッキーを取り出して、ちゃんとお皿に盛り付けてからテーブルに出せばジュンくんが紅茶をカップに注いでいた。滑らかな色をした紅茶が白いカップによく映えて、微かに波紋を描く小さな動きすらも綺麗だった。

「うわぁいい香り……!紅茶ってこんなに香り広がるの?」
「ちゃんと淹れるとそうっすよぉ。あと今日は茶葉がおひいさんセレクトなんで。多分すげ〜高い」
「なるほど」

 巴日和くんが選んだ紅茶ならば、そもそも私が飲んだことなんてないグレードの茶葉であることは間違いない。心して掛かろうなどと思いながら、きちんとセットされた紅茶とクッキーを前に二人でテーブルに座り込んだ。

「はいどうぞ。冷めないうちに」
「いただきます」

 そっとカップを口に付け、紅茶をそっとすする。普段自分が飲んでいる紅茶と何もかもが違いすぎて、思わず目を見張った。

「えっ、なにこれ、すご、紅茶って、えっ」
「ははは!その反応わかりますよぉ〜。普段オレもペットボトルとかの紅茶しか飲まねぇし、驚きますよねぇ」
「お、おいしい〜!」

 続いてジュンくんが買ってきてくれたクッキーも食べる。クッキーがこんなにも紅茶に合うとは思わなかった。

「すごい……紅茶、無限大」
「オレも前より紅茶飲むようになりました。まぁこんなに手をかける時間はなかなか取れないからアレですけど」

 自分のカップを空にしたジュンくんが、ハイハイしながらこっちへと近づいて来てそのまま私の腰にしがみついた。そういえば私は彼の今回の申し出に対して、本音を想像した上で翻訳したはずである。

「美味しい紅茶、私のために淹れてくれてありがとう。すごい嬉しいよ〜」
「へへ、」

 甘えたような声でジュンくんが笑ったので、この選択は大正解のようだ。また彼の頭をよしよしと撫でながら、少し硬い髪をもしゃもしゃと指で混ぜる。

「紅茶淹れるの上手だね、びっくりしちゃった。真剣ですごくかっこよかったよ。またやってくれる?」
「もちろん、いいっすよ」

 あんたの為ならいつだって。と呟いてから、ジュンくんがちゅっと頬にキスをしてから、耳たぶを軽く噛んできた。今日は本当に甘えてくるなぁと心のどこかで冷静に考えながらも、その仕草が嬉しくてついついそのまま甘やかしてしまう。やがて体重をかけてきたジュンくんの身体に、あっという間に押し倒された私はちらりとテーブルの上、ティーポットの中に僅かに残っているだろう紅茶を見つめた。

 このままでは完全に冷めること間違いなしのその紅茶は、きっと冷めたとしても極上に美味しい事だろう。



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