TOP > 更新履歴 > 記事 なずなと大正時代結婚パロ 2025/06/03 23:23 例え我が家がお金持ちだっと言えどあまりに高い買い物に、否、祖父の非人道的な行為に例えかつての私が幼くとも、開いた口が塞がらなかった。 「ほら、かわいいだろう?お前、お人形さんが欲しいと言っていたじゃないか。高かったんだぞ」 「この子、お人形さんじゃない!人間よ?おじいちゃん、人間を買ってきたの?!」 おじいちゃんさいてい!きらい!この子がかわいそう!!と祖父に罵詈雑言を捲し立てる私に反して、ひらひらとしたかわいい外国の服を着せられた男の子はまるで他人事のように虚な目で私を見ていた。私と同じくらいの年齢その子のは、既に沢山沢山怖い思いをしてきたのかもしれない。 おじいちゃん出てって!と祖父を追い払い、私は椅子に座らされたその子をじっと見つめた。視線が合っているようで合ってない、ガラス玉みたいな瞳を私はじっと見つめる。そして幼いゆえに舌をもつれさせながらも私はガラス玉に語りかけた。 「あなた、お名前は?」 「ルビーという名前を、さっき付けてもらいました」 「違う!おじいちゃんが付けたのはあなたのお人形としてのお名前でしょう?生まれた時にもらった人間のお名前は?」 わざとお姉さんぶってその子を問い詰める。確かに瞳はルビーの宝石みたいだけれど、私が知りたい名前はそれじゃない。私はその子の肩を掴んで、答えるまで離さないくらいの力を入れる。するとその子は、綺麗な声でこう呟いた。 「……なずな」 「なずな!春に咲く、小さな白いお花ね!」 「……」 「すてきなお名前」 そう言って微笑むと、空っぽなルビーにほんのり火が灯ったように見えた。 これが幼い私と、私のお人形として買われてきた同じく幼いなずなの出会いである。 「ただいま〜」 呟くくらい小さな声が玄関から聞こえてきて、私はせっせと動かしていた手を止めて部屋から出た。なずなは手に風呂敷を抱えていて、私を見るなりパッと表情を明るくする。 「おかえりなずな。おつかれさま」 「あぁ、ただいま。これ頼まれてたものもらって来たぞ」 「ありがとう。よかった、流石にこの生地は外国から取り寄せてもらわないと」 なずなから受け取った風呂敷包みを、私は先ほどまでいた作業部屋に置いてまた戻ってきた。するとなずなが台所で前掛けをしていたので、慌てて止める。 「なずな、今日は疲れたでしょ。夕飯は私が作る」 「ぼうっと外を眺めてただけだから、疲れてなんかない。おまえの方が仕事大変だっただろ。簡単に作っちゃうよ」 「あ、ありがとう……」 最近なんとか仕事が形になってきた私は、正直指先も目も頭もへとへとだったので彼のその気遣いが嬉しかった。大人しく居間に座り込むと、台所に立つ彼の背中を見つめた。 元々、うちの家は相当に悪どい商売をしていたのだとか。人を騙してお金をせびっていた祖父の悪事が露呈して、家は破産の一途を辿った。祖父や父は今頃牢の中だし、母たちは心労が祟り田舎へと逃げるように移った。私はというと女学校を退学し、祖父が以前買って来た生きるお人形こと、なずなと母と一緒に田舎へと行く事がほぼ決まっていたのだが、そこでひょんな出会いが生まれる。最近この帝都で海外の「服」を売る仕事を始めようという、斎宮宗なる人物だった。 彼との出会いはだいぶ常識から外れている。街を歩く私となずなを見つけ、思わず彼がなずなの手を握ってきたのが出会いだ。私は思わず彼を守ろうとしたが子どもの頃とは違い、今となってはなずなの方が力も上背も私より上だ。なずなは私を自分の後ろに庇うように立つと、自分より遥かに長身の彼を睨んだ。 「何か用か?知らない顔だけど」 すると斎宮宗は丁寧に非礼を詫びてから身元を明かし、なずなを芸術家である自身の作品のモデルにしたいと言ってきたのだ。後日時間を取り、ちゃんとした場所で仕事の依頼である旨を懇切丁寧に話す彼は少し変わった人物だったが、私となずなの身の振り方を確実に教えてくれ、導いてくれた人だった。 そんな彼、斎宮宗こと斎宮さんから私は洋裁を学び仕事にまで昇華させてもらえたからこそ、今は私もなずなと二人で食べていけるくらいは稼げるようになった。というよりも斎宮さんの作るなずなをモデルとした作品は非常に人気で、再来月には百貨店でも取り扱いが決まったと言う。 それもそうだ。と私は納得する。子どもの頃は本当に人形のような可愛らしさだったなずなは大人になって美しくなった。上背はあまりないけれどどこか近寄りがたい雰囲気さえも魅力の一つに取り込む彼が、斎宮さんの作品の価値をどこまでも押し上げていく。 正直な所こんな、広さはあるけれど古くて安い家に住まなくても彼は一人でやっていけるのだ。なのにどうしてかなずなは「おれはおまえのだから」と私から離れる気配がない。祖父の気まぐれで買われた可哀想な子どもなのだから、私にだって複雑な感情があるはずなのに、それが不思議で仕方なかった。 「ほら、魚焼いたぞ」 「ありがとう」 ご飯と味噌汁、焼き魚と漬物という、ごく質素な献立だけれどこれでもちゃんと食べられるようになったくらいだ。ちゃぶ台に座って丁寧に手を合わせてから、二人で箸を進める。魚は干物だけど脂が乗っていて、瓦斯(ガス)で柔らかく焼かれてある。 「この家古いけど、台所で瓦斯使えるのすごいよね。水場も井戸じゃなくて水道引いてあるし……」 以前住んでいた屋敷ではもちろん瓦斯も水道もあったけれど、あれは祖父が人を傷つけて得たお金で使えていただけだった。そんなもの、二度と使いたくない。 「そうだな。家主が新しいもの好きだったんだろ」 「だったら家を建て直せばいいのにね〜」 「はは!だとしたらこの家おれたちの給金じゃ借りられないだろ〜?」 なずなが笑い転げた。確かにそうだと私は頷き、照れ隠しの為に漬物を齧る。 表向きは若夫婦として自己紹介して家を借りた私たちは、比較的うまくやっている。子どもの頃から一緒だったからかもはや姉弟のような間柄の私たちは、互いに支えながらその日をどう暮らすかで精一杯だった。 「……あの、さ。おまえに話があるんだ」 しかし不意に、なずなが改まった声を出して私を呼んだ。私は傾けていた味噌汁椀を戻し彼を見ると、なずなは何かを心に決めた表情をしている。この顔は見たことがあった。祖父や父のせいで半狂乱だった母に付いて田舎に行くのが怖かった私に、一緒に帝都に残ろうと言ってくれた時の顔だ。 「うん、なぁに?」 なるべくゆっくり、私は返事をする。実はある程度彼の言うべき事には予想がついていて、私は後はそれを飲み込むだけになっていた。 きっとなずなは、私から離れて独立したいのだと思う。元々理不尽な理由で私の家にいただけなのだ。それなのに路頭に迷いそうな私の面倒も見てくれて、何よりこうして暮らせるようになるまで見捨てずにいてくれたのだから、もうそれだけで十分である。かわいいお人形として買われてきた彼は、お人形どころか一人の人間として大いに私の力になってくれた。 あとは私が彼の提案に頷けばそれでいい。弟のように、家族のように大切な人と離れるのは寂しいけれど、なずなからしたら私なんてもはやお荷物に近い。 円満にお別れをして、今後もなんとか斎宮さんからお仕事はもらえるようにしなければ。と考える私に反して、なずなはもじもじと言葉を繋げ始めた。 「あのさ、最近、ようやく生活が安定してきただろ?」 「そうだね。なずなと斎宮さんのおかげだよ」 「そんな事ない。おまえが死に物狂いで技術を身につけたおかげだ。こんなに大変な思いをしてまでおれと一緒にいてくれて、本当にありがとう」 なずなが頭を下げた。私は驚いておろおろとしながら彼を見る。 「ど、どうしたの?!頭を上げてなずな」 「……おれは元々おまえのおじいさんから買われただけの人形だったけど、今は少し人間になってきたかな」 「当たり前だよ!なずながいないと私……」 ここでハッとして、私は言葉を詰まらせる。危なかった。なずながいないとだめだなんて事を言ったら、ここを離れたがっている彼を困らせてしまう。言葉を飲み込む為に一つ咳払いをすると、なずなの白い頬がほのかに色づいた。 「今、すごく嬉しい言葉を言ってくれそうじゃなかったか?」 「え、えぇと……えっと」 ごめんなさいと何度も心の中で謝りながら、私は目を泳がせた。なんとか話題を本題に戻してもらおうと彼が言った言葉の端々をなんとが拾って軌道を修正していく。 「私のことはいいの。それよりもなずな、何か私に言いたい事があったんじゃないの?」 そうだ。本来はもっと他のことを言いたかったはず。私は無理やり覚悟を決めて、彼の言葉を待った。ここを引き払って、女が一人でアパートを借りられるだろうか。それよりも住み込みで仕立て屋の仕事を探すべきか。色んな考えがぐるぐるととぐろを巻いて頭にのしかかるけれど、きっと大した事ではない。人形のようなガラス玉の瞳をしていたなずなは、こうして一人で歩く人生に戻れたのだ。それに関しては本当に嬉しい。だからこそ、彼の今後の人生を応援したい。それは私の心からの本心だった。 そうして少し溜めた後、なずなはつぶやいた。 「おれと結婚してください」 「えっ?」 「おれはもうお飾りの人形じゃない。仕事をもらって、おまえと食べていける。無機質な人形から一人の男になれた気がするんだ。だから、おまえに結婚を申し込みたい。一体の人形としてではなく、一人の人間として」 突然のことに驚いたあまり、じんわりと私の視界が滲んでいく。彼の生命力に溢れた綺麗な紅い瞳だけが、溺れそうな視界の中で揺らぐ事なく私を見ていた。 [prev][next] [Back] |