TOP > 更新履歴 > 記事 茨のマフィアパロ 2025/06/03 23:25 私の好きな人は、多分マフィアの人間だ。 図書館での仕事を終えた私が門を潜ると見慣れた車がいつものように停まっているので、私は外から運転席を覗き込んだ。中には咥え煙草をしながらぼんやりと遠くを見ている茨がいたけれど、反対側から覗き込んでいる私には気がついていないようだった。父の会社の部下だという彼はいつの間にか私の送り迎えが仕事の一つになってしまったようで、毎日車で私のことを迎えに来て、家に送り届けてくれる。 私はコンコンと後部座席の方の窓を叩く。するとようやくこちらに気が付いたようで、茨は煙草を消すと慌てて運転席から出てきた。 「これはお嬢様!失礼致しました!お帰りなさいませ」 どうぞ。と、後部座席の扉を開けてくれたので、お礼を言ってそのまま乗り込んだ。そもそも私も学校を卒業して働き始めたのだから送り迎えなんていらないのに。とは思いつつ彼に会いたい私はこうして父と彼に甘えている。 「茨も毎日お疲れ様。仕事の後こうして私の送り迎えなんて大変でしょ」 「いいえ。とんでもありません!お嬢様の足としてお使い頂けるのなら七種茨、至上の幸福であります!」 バックミラー越しの彼の敬礼を見て、私はまだ慣れていない仕事の疲れを癒す。私と同じくらいの年齢なのに、彼は父の右腕としてその手腕を発揮しているのだろう。普段どんな風に仕事をしてるのかな…きっとキビキビ仕事をこなしてるんだろうな…なんて一瞬考えてみたけど、それは考えない方が良かったかもしれない。 だってこの人も私の父も多分、というより確実にマフィアの人間だ。父は昔から自分の仕事内容を教えてくれないし、基本家にも帰ってこない。忙しい人なのよと母は言うが、それにしたって帰ってこない。多分あまり頻繁に帰って来て他所の組の皆さんに家がバレたら私たちが危ないからだろう。茨が送り迎えしてくれるのもつまりはそういう事だし、そうなると茨もただの部下ではなくマフィアの人間、という答えが自然と出てくる。 出来れば好きな人にはもっとクリーンな仕事をしていて欲しかったな…などと思いつつ、それでもバックミラーをちらりと見ると真剣な顔で車の運転をしている茨の表情に何度でもときめいてしまう。 「ねぇ茨」 「なんでしょうか?お嬢様」 この「お嬢様」呼びも、多分執事的な呼び方ではなく「お嬢!」的なそれなのだろう。そう思うと笑えない。 「茨は今日どんな仕事をしてきたの?」 「自分でありますか?いやぁ、大した事はしておりません!お父上の後ろに付いて回り仕事を覚えていく、さながら金魚のフン状態の毎日であります!」 そして茨は意外と下品だ。けれど綺麗な顔とのギャップにときめいてしまう自分も大概である。 「そうなんだ…。お父さん、茨にわがままとか言ってない?」 「とんでもありません。日々これ勉強であります!お父上には頭が上がりませんな!あっはっは!」 胡散臭い。笑い声がとても胡散臭くて、こう言ってはなんだけれどどう見てもカタギの人には見えない。 「そ、そっか。私はあんまりお父さんに会えないけど、元気にしてるならまぁいいや」 「お父上もお嬢様に会いたいでしょうに。自分は毎日顔を合わせてる分なんだか申し訳なく感じてきますね」 「えっ、いいよ。別にお父さんに会うくらいなら茨に会えた方がいいもの」 「おや、そんな事あの方には言わないでくださいね。自分の首が吹っ飛びますんで!」 「ご、ごめん…ほんと…」 洒落にならない。物理的に彼の首が吹っ飛んでしまう事を考えて、私は背筋を冷たくした。 「冗談ですよ。まぁ、こうしてお嬢様を自分に預けてくださるという事はあの方から信頼を頂いてる証拠であります。最高の誉として、これからもお嬢様の護衛は自分にさせてください」 バックミラー越しに目があった彼の瞳は決して澄み切っている訳ではないけれど、どんどん深みに嵌っていくような色をしている。手を伸ばしたら伸ばしただけ、引き込まれて沈んでいくような彼の魅力に似たそれに、私は一人顔を熱くした。 が、 何やら外の気配が怪しい。この車に並走して来た車の中がちらりと見えた。ガラの悪い男達が、何か叫びながら銃口をこちらに向けている気がする。 「えっ」 「おっと、とうとうばれてしまいましたか。お嬢様。窓から見えない位置まで屈んで決して出てこないでくださいね。少し揺れますよ!」 茨がそう言い放った刹那、彼が車の窓を開ける。防音になっていた外の音がようやく聞こえてきて、並走してきている車の方から男の人が「ようやく見つけたぞコラァ!!」と茨の名前と父の名前を叫んでいる気がした。 ほら!ほら!やっぱりマフィアじゃんこの人も!うちのお父さんも!! 「ったく、うるさいですねぇ。お嬢様、ああいった男をお父上に紹介とかしてはいけませんよ。その男の首が飛びます」 物理的に。と呟いた彼は、その瞬間一瞬黙り込んだ。かわりに鋭く鳴った銃の発砲音に、私は思わず叫び声をあげる。 「出来れば口を塞いでくださいね!あなたが組の幹部の娘だとバレたら…俺は多分死ぬまであなたの護衛をしなきゃいけないでしょう…から!」 ドンドン!とまた発砲音が二つ。叫び声がいっぱい。ついでに車はドリフトしてるみたいにぐるぐる回る。 「きゃ、きゃあああ!!」 「あっはっは!ほらほらやれるもんならやってみやがれ!俺がいる限りお嬢様は殺せませんよ?!」 おもちゃを手に入れた子どもみたいに笑いながら銃を乱射して人を殺してまた笑う。 私こんな人を好きになってしまったのか。なんてどこか冷静に思いながら、それでもとりあえず万が一今死んだら後悔するので口に出せる事は出しておこうと思って、私は叫ぶように言った。 「じゃあ私が!茨のことが好きってお父さんに言ったら!茨殺されちゃうのかな?!」 「………」 車に敵の銃弾がめり込んだのか、強い衝撃に身体が強張った。けれどそんな喧騒に反して、茨は静かに言う。 「……さぁ。先に俺があんたの親父を殺してのし上がるかもしれませんので」 「やめて!!」 突然本性を出して口が悪くなった。 私の好きな人は、マフィアの人間である。 [prev][next] [Back] |