TOP > 更新履歴 > 記事 日和の浮気を疑う 2025/06/03 23:26 瞬間的な衝撃の圧が強くて、思わず足を止めて口をあんぐり開けてしまった。まだドライヤーもかけていない髪からぽたぽた滴が落ちるのもそのままに、私はソファーに座っている彼を見る。 「あ、お風呂上がったの?」 私の視線に気づいた日和くんがご機嫌な様子でおいでと手招きしてくれているけれど、今の私のフリーズした思考回路は足を進める事を拒否した。否、拒否とは違う、混乱で躊躇った。お風呂上がりで少しふやけた足の指に思わず力が入る、フローリングを摘むように擦った指の腹は、摩擦で少し痛い。そこで日和くんが私の名前を呼んだのでようやく意識がハッキリした。 私が見たのは、スマホに向かってキスのような仕草をする日和くんだった。画面の向こうにいる誰かに向かってキスを贈り、その後優しい目をする彼の表情は恐らく私しか知らないと思っていたのに。 「んもう!どうしたの?!髪濡らしたまんまで……風邪ひいちゃうね!」 名前を呼んだのに自分の所に来る気配のない私に焦れたのか、日和くんから近づいて来て私が首にかけたタオルでわしわしと髪を拭いてくれた。 「もう眠くなっちゃったの?」 ちょっと甘い声音は果たして私のための声なのか、それともその画面の向こうにいた誰かに向けたものなのか。いつもの優しい日和くんのはずなのに、私の身体には緊張が走っていた。 浮気じゃ、なかろうか。そう一瞬考えたけれど、私は内心で強く首を横に振った。そんなわけない。一見ふわふわしているように見えるけど、日和くんは誠実な人だ。私もファンも大事にするのは大前提で、時に私よりもファンを優先すべき所では絶対にそちらを大事にする、そんな所が好きだ。そしてほんのたまに私を特別扱いしてくれる所が大好きだ。 だからこそ、先ほどの仕草には驚いた。ファンでもなく、ましてや私でもない相手にスマホの画面越しにキスをするなんて、そんなの見たことが無かった。ペットのブラッディメアリちゃんの可能性もなくはないけれどそれが正解である可能性はとても低い。 「どうしたの?今日は本当に疲れてるんだね、もう、寝る?」 少し言葉を詰まらせながら、日和くんが言った。どこか期待を含んだ台詞と肩を抱いてくれる手が熱い辺り、彼はきっと求めてくれているのだろう。何を、とは言わないが。 けれど残念ながらそんな気分ではなくなった。お風呂に入ってる時は一応誘われても応える気満々でいたけれど、彼のそんな甘い仕草を前からではなく斜め後ろから見た時点で、背中を向けたくなってしまったのだ。 「うん、寝る」 「そうだね。寝よう」 額にキスをくれる唇は優しいけれど、先ほどと同じ顔をしているのかと思ったら、彼の瞳を見れなかった。 電気を消して背中を向けると、あっという間に背後から寝息が聞こえてきた。元々日和くんは寝付きがいいタイプの人だ。私を寝かしつけるべく一緒に寝たはずの彼の方が先に夢の中なのが少し面白くて、私は無意識に小さく笑った。かわいいなと思う。だからこそ確かめたい。先ほどキスを送った相手は誰だったのか。私の見間違いでは恐らくないそのキスは誰に贈ったものだったのか。もし浮気なのだしたら脇が甘すぎる。 私はゴソゴソと寝返りを打って日和くんの方を見ると、無防備に枕元に置かれた彼のスマホが目に入った。先ほど彼がキスを贈っていた相手が入っているであろうそれに、私は震える指を伸ばしていた。 「いやいや、見ない、見ないけど」 日和くんの寝息だけが響く部屋で、私の呟きは妙に浮いて聞こえた。言い訳なのが自分でも丸わかりなまま、そっと彼のスマホに触れる。私はそのまま横にある起動ボタンに指をかけた。もしかしたら浮気相手からのメッセージ通知が来ているかもと思ったのだ。 左手で彼の方にスマホの光が漏れないように手を被せ、そっと起動ボタンを押す。 その瞬間思わず目を背けたくなるほどの眩しい光が一気に私を照らした。痛みを感じそうなほどの白い光に目を細めて、私は画面を見る。 「あぁっ?!」 その瞬間、私は大声で叫んだ。 「なっなに?!どうしたの?!」 熟睡中だった日和くんが飛び起きて、キョロキョロと辺りを見回してから、彼の中では横で眠っていたであろう私が自分のスマホを持って叫んでいる奇怪な光景を目にして、流石に驚いている。 「えっ、なに……?なに?」 半分寝ぼけた日和くんが、自分のスマホを私の手から取り戻して画面を見る。それからなんでもない風に言った。 「何か緊急の連絡があったわけではないよね。いきなり大声だしてどうしたの?」 あまりにいつも通りの彼に、私は今見た画面を思い出しながら、疑問を言葉に乗せた。 「いや、ロック画面……なんで私の赤ちゃんの頃の写真なの?」 そう、彼のロック画面の写真は紛れもなく私が赤ちゃんだった頃の写真だった。女の子の割に髪が薄くて、よく母から揶揄われるので間違いない。すると日和くんはあくびを一つしてからサラッと言ってのけた。 「そんなのきみのお母上から頂いたに決まってるね」 「な!なんで?!」 日和くんがさも当然とばかり目を細めて、退屈そうにスマホを枕元にぽいっと投げた。 「なんでって……本当は今のきみの写真がいいけどそれは出来ないから。赤ちゃんなら親戚の子って言えるね」 「え、えぇ〜」 よくわからないけどもう寝るからね。と呟いて、日和くんは先程投げたスマホをまた手に取り、画面をつけ、その先にいる赤ちゃんの頃の私にキスをした。 あ、これ。これだ。私が見たやつ。さっき彼がキスをしていたのは、つまりは私だった、ということだ。 「ねぇ、それよくやるの?」 「かわいいって思ったらキスしたいね……」 そう言って日和くんは寝た。3秒で落ちた。 なーんだ、つまらないヤキモチ妬いちゃった。と、私は布団をかぶる。次の日の朝浮気疑惑は隠しつつもう一度確認したらやはりキスの相手は赤ちゃんの頃の私だったようなので、私は何気なく口にした。 「日和くんって赤ちゃん好きだったんだ。なんか意外〜」 「べつに?でもこんなに無垢な宝石みたいな子が大きくなってぼくの側にいてくれるなんて、奇跡だと思うね」 あまりに自然に言ったので、疑っていた事は永遠に黙っていようと思う。 [prev][next] [Back] |