TOP > 更新履歴 > 記事 夏目は恥ずかしい 2025/06/03 23:30 「good night、子猫ちゃん。switchの逆先夏目だヨ」 テレビ画面の中で、夏目くんは珍しくにっこり笑って自己紹介をする。画面外にいるであろう観客の人たちの消しきれない黄色い歓声が微かに挟まりながら、彼が出演した歌番組は始まった。 「……ネェ。それ、見るノ?」 すると私の横からつんつんと服が引っ張られる感覚がしたのですぐ左を見れば、テレビ画面とはキラキラ度合いが若干薄い夏目くんがじっとこちらを見ていた。彼はソファに座った私にもたれ掛かるような、半分膝枕をしているような形の姿勢でテレビ画面を一瞥している。ちょうどオープニングの挨拶が終わり、色んなアーティストが各自の席に着いた所で私はテレビの下の方にあるランプをちらっと見た。よしよし、HDへの録画は滞りなく出来ているようでホッとする。 「録画してるから今じゃなくてもいいけど……今じゃない方がいい?」 「ん〜」 気怠そうに、夏目くんが私を巻き込みつつごろごろと寝返りを打った。彼の赤い髪の毛が私の膝を滑っていくのを捕まえるように頭を撫でれば、気持ちいいのか少し唸った夏目くんはそのままもう一度寝返りを打ち、完全に膝枕の形を取ると仰向けになった。綺麗な瞳に一直線に射抜かれ思わずドキリとする。 「今はこっちのボクを構ってヨ」 ネ?と付け加えて彼が腕を伸ばし、私の頬をふにふにと摘んだ。そのまま手の甲で撫でられると、私の理性もほんの少しだけ溶ける。 「い、いいけど……」 私も夏目くんも、甘やかすのも甘やかされるのも大好きだ。相手の出方を窺って互いの願望を叶えてあげるのが快感になりつつあるので、今日はきっと夏目くんが私に甘えたいのだろうと思い、今度は私が夏目くんの頬を撫でる。肌理の細かい頬はするすると絹のようで、私の指先は思わず夢中になる。 「もっと」 「う、うん……」 そんな風に、段々と部屋の空気を濃く甘くしていると、全然別の方角からまた夏目くんの声が聞こえてきた。目の前の互いに夢中で、テレビを消していなかったのだ。 『今夜はボクたちに夢中になってネ……子猫ちゃん♪』 思わずその声に私は顔を上げる。夏目くんはよくファンを子猫ちゃんと呼ぶのだけれど、ストレートに甘い呼び名が私はほんの少しだけ羨ましかった。 「ね、ね。夏目くん」 「なぁニ?」 人の膝の上ですっかり臨戦体制に入っているのか、そっと手を伸ばしてきた彼は私の唇を指先で擦るくらいの軽さで撫でつつ、キスをねだってくる。ここでこのまま前に屈んで彼の願いを叶えてあげるのは容易いけれど、折角だから間近でその台詞を聞いてみたくなった。 「私にも子猫ちゃんって、言って?」 「えっ、」 ふわふわと綿菓子のようだった空気が一気に握りつぶされて、くちゃくちゃの砂糖の塊になったようだった。私の唇を遊ぶように撫でていた夏目くんは指を離すと、一気に眉間に皺を寄せる。細めた視線は苦々しげだけど、やっぱり綺麗である。 「私も言われたいな〜って。ボクの子猫ちゃんって」 「な、なんデ」 「え?だめ?大事にされてる感あっていいなって思ったんだけど」 子猫ちゃん、だなんてそれこそ夏目くんくらいの美形が言わないと様にならない。だからこそ私の為だけに言って欲しくなったのだが、夏目くんは一目見てわかるほどに難色を示している。けれどめげないのが私なのだ。夏目くんの彼女になってから、この辺が段々図太くなっている気がする。おねだり上手な彼に負けじと、自分もおねだりをするようになるのはもはや必然なのである。 「ね、いいでしょ?だめ?言われたいな〜夏目くん」 未だ人の膝から動くことはない夏目くんの耳の裏をこしょこしょと撫でると、彼がピクリと反応したのが膝に伝わってきた。やめてと言わない辺りきっと気持ちいいのだ。意外と快感に弱いのが、夏目くんのかわいい所である。 「だ、だめだヨ」 「なんで?私も子猫ちゃん扱いされたいな〜。大好きな人によちよちされたいで〜す」 そう言いながら今度は私が彼の唇を触れる程度に撫でると、その指を甘く噛まれたので思わず「いた、」なんて言ってしまう。声が甘くなってしまった時点で、本当は痛くなんてないことはバレバレなのだ。 不意に一拍空気が停滞し、互いの視線が絡み合った。私はおねだりの視線を、彼は戸惑いの視線を相手にぶつけつつ、絡み合ったそれがぐにゃぐにゃと渦を巻いていく。まだお風呂に入ってないけれどもういいか。なんてこの先の彼の行動を思考の端で考えていたら、夏目くんが不意に顔を赤くした。まるで初恋を知られてしまった女の子みたいに火照った頬で何を言うのかと思えば、少し視線を揺らした彼は隙だらけの声でこんな事を言ったのだ。 「ダメ。やっぱ言わないヨ」 「……なんでぇ?」 この時点で悪戯好きの私の手は夏目くんの首筋を撫でているし、彼の手も私の太ももに伸びている。もう何も考えなくていいや、と思っていた矢先夏目くんは頬を更に赤くしながら小さな声で呟いた。 「……恥ずかしいかラ、ダメ。君には言わないノ」 そんなかわいい事を言われたら、なけなしの理性だって吹き飛んでしまう。身体を起こして私を押し倒そうとしている夏目くんを逆に押し返し、私は彼の上に収まった。 不服そうに眉を顰めた彼の奥の奥は、私の行動を喜んでいるのだろう。表情とは裏腹に私の後頭部に手を置き自分に近づけようとする夏目くんに思考を蕩した私は、とりあえずこれが終わってからお願いすることを覚えておくように、事後の私に頼むのだった。 [prev][next] [Back] |