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ジュンとメイド服
2025/06/03 23:40

 もう暫くお酒飲まない。と反省し、自戒するのは別にこれが初めてではない。潰れてしまってる他人に迷惑をかける事はないものの、ついつい私はお酒を飲むと気が大きくなってしまって、意味不明な約束事を取り付けてしまう事があるのだ。そこまで酔うにはそれなりの量が必要なんだけれど年に一回くらい「規定量」を越えてしまう、悪い癖である。
 私は深いため息を吐きつつ幾度目かの禁酒を誓って、閉じていた目をそっと開く。そして恐る恐る鏡を見た。

「うわダメージがすごい……」

 思わず独り言を呟きながら、パニエを重ねてふわふわしている黒のミニスカートを摘み、白いブラウスの飾りである胸元のリボンが揺れるのを見る。
 そう、これはまごうことなきメイド服である。

 事の発端は、以前彼氏であるジュンくんと家で飲んだ際に飲み過ぎた所にある。久しぶりにオフが揃ったのも相まってうっかり飲みすぎてしまった私たちはふざけてメイド服を通販で取り寄せてしまったのだ。

 最初は何気ない会話の中だったような気がする。確か5/10はメイドの日らしいですよと言い出したジュンくんからこの話題は広がり、挙句に「かわいいメイド服なら着てもいい」というような発言をした私は例によって例の如く、酔った時の悪い癖を発動させてしまったのだ。
「本当に着てくれるんですか?!」と、今思うと酔いなんてとっくに覚めていたのではとも思えるジュンくんと、「どうせ着るならかわいいの着る」と豪語し、完全に正常ではなかった私はその場で彼の希望を元に注文を済ませ、後日に可愛らしすぎる地獄が箱に詰められて送られてきた次第だ。

 心は既に折れるどころかバキバキの粉々である。

「やばいよ…ていうかなんでガーターベルト?パンツ、これじゃダメじゃん…」

 仕方ないから若干くたびれている綿のボクサーパンツからそこそこ勝負気味のレースのパンツに履き替えて、太もも辺りまでのストッキングをベルトで留めた。正しい履き方はパンツの下にガーターベルトを着けるらしいけれど、そんな実用性は求められていないだろう。
 いつもより少しだけ濃くしたメイクでもう一度鏡の前に来る。

 やばい。ただの変態女だ。さすがのジュンくんでも引くのではないかと怯えながらも部屋から彼に声をかけた。

「じゅ、ジュンくん……」
「着替えました?」

 いつも通りの優しい声音なのが逆に怖い。

「う、うん」
「いつでもどうぞ」

 いや、私の勘違いだ。「どうぞ」の声にソワソワ感が隠しきれていない辺り、ジュンくんも往々に変態である。
 元から恥ずかしかったけど先ほどよりも更に恥ずかしくなって、私は扉の前にしゃがみ込んだ。ストッキングを止めるガーターベルトが体を曲げたことでぐん、と引っ張られ、留め慣れてないストッキングが伸びると思って慌てて立ち上がる。

「やっぱり行かなきゃだめ?」

 苦し紛れに聞いてみた。あんまり恥ずかしいなら無理しないでいいっすよぉ〜。なんて、彼が言いそうで絶対言わない台詞が脳をよぎる。

「じゃあオレがそっちに行きますか?」
「いやいやいやむりむりむり」

 やはり、先ほどのような台詞ではなくとんでもない事を言い出した。こんなに狭い場所で至近距離で見られる方が地獄に決まっている。

「わかりました!行きます!行きますよ〜」

私はなんとか腹を決め、断首台に上るもかくやな勢いで部屋から出てリビングまで来た。ストッキングの薄さが床の冷たさをダイレクトに伝えて来て、それすらもなぜだか恥ずかしい。

「はい。お待たせしました……」

 やばい女だとドン引きされたらどうしようという理性と、ジュンくんだって共犯なんだから盛り立てて欲しいという責任転嫁が洗濯機の中みたいにグルグル回る。

「あの時は、ほんと、酔っ払ってて……すみません、すみません」
「……」

 無理無理と心の中で唱えつつ、口には謝罪を乗せて彼の前に出ると、ジュンくんは一度ポカンとしてから、凄い勢いでこちらに来た。そして言った。

「かっ、かわいい!」
「えっ」
「すげぇ〜かわいいっすよぉ!かわいい!似合ってる!かわいい!!」
「ほ、ほんとに……?」
「嘘つくわけないじゃないっすかぁ、かわいい!」

 そう言うと彼は自身のスマホを取り出した。私は瞬時に察して手のひらを止めるようにかざし、彼のスマホの背面を覆い隠した。

「ひっ!写真は勘弁して!こんなの残さないで!」
「すげぇかわいいんで残しておきたいです。誰にも見せないから」
「ジュンくんは見るじゃん!」
「当たり前じゃないですかぁ〜」

 そもそも運動神経に歴然の差がある私たちだ。一瞬どころか四瞬も五瞬も隙をつかれて私の哀れな姿はすっかり彼のカメラに収まってしまう。

「やだ〜もう一生の恥すぎる!」
「なんでですか?本当にかわいいし綺麗だし、その、エロくて最高ですよぉ」
「後で冷静になったらなんだこのコスプレ女ってなるもん!」
「コスプレ女を名乗るならもっとコスプレしてください。絶対かわいいから」
「何その脅し!しないよ!」

もはやなんの罰ゲームだろうか。恥ずかしいのを散らす為に短い事を忘れていたスカートをひらひらさせるようにいじっていると、写真を撮る為にしゃがみ込んでいたジュンくんには見えたようだ。無駄に装着しているガーターベルトが。

「えっ、待ってくださいなんすかそれ、やば、」
「あっ、そうだガーターベルト付けてたんだった。もういいや存分に見てよ」

 ほら見て見て!褒めて褒めて!とほとんどヤケクソで言いながらスカートをひらひらさせていたら、つい彼の下半身に目がいってしまった。
 そこから一旦逸らしてから「こういうの好きなんだな」と彼の性癖の一端を冷静に理解して、やっぱりたまには乗ってあげるかとどう見てもムラムラしているジュンくんの肩に手を置いたのだった。



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