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女装姫夏目と男装王子の結婚パロ
2025/06/07 23:45

 母は恐らく、狂ってしまった。

 私は目の前でキャッキャとはしゃぐ母を見ながら、つい半年前落馬して死んだ父、この国の国王を呪った。なに馬から落ちて死んでんだよ。という悪口まで言いたくなってしまう。それも許してほしい。なにせ母は父という国の基盤を失ってしまったショックが強すぎたのか、心も体も女である私を次代の国王と思い始めていたのだ。それはいい。歴史書にも止むに止まれぬ事情で突然女王が誕生することもある。

 しかし母が狂ったとされる理由はもう少し角度を穿った先にある。なんと母の目にはもう私が男にしか見えなくなってしまったようだった。

 父の喪が明けてからというもの、母はよく「あなたが次の王なのよ」と私に言うようになっていたが、まさか本気で私が男になったと思い込んでいるのはさすがにショックを通り越して放心である。次の王なのだと言われる程度には疑わなかった母の狂った思考も、さすがに縁談を組まされれば明らかになる。なんと母は女の私に王妃候補との縁談を持ってきたのだ。信じられない。

「母さま待って。私さすがに女の人とは結婚できないよ」
「どうしてぇ?あなたもしかして、自分と同じ男の人が好きなのかしら」
「私、女です。女の人と結婚したらどう頑張っても後継者を産めないわ」
「大丈夫よぉ。縁談を組んだのは隣の大国の王女さまなの。選り好みの激しいあなたでも気にいるわよぉ」

 そういうことじゃないと言っても、恐らく今の母には聞こえないだろう。焦点の合わない目は、それだけ父である王を愛していたのかもしれない。そう思うと哀れで、私は大臣たちと相談してなんとか母が納得する方法で上手く取り持つ方法を考えた。

そうして出た答えは、婚姻当日事前に姫君を別室に顔合わせという名目で呼び、私自ら誠心誠意謝罪をする、という事だ。

 我が国の婚儀は厳粛かつ厳格のものなので、盛大な準備もしなければ参加者も本人同士と神官だけである。それからしばらく後に行う披露の宴は国民へのお披露目も踏まえて華やかに行わなければならないので、どうにかそれまでに事を済ませたかった。

 事前に手紙で知らせる案も出たが、手紙は偽造がしやすく疑われやすい。それだったら面と向かって心から謝罪する方がよいと考えたのだ。

「姫さま、なんとおいたわしい……」

 古株の大臣は厳しい人なのに、私を思って人目も憚らず泣いてくれた。それだけでもう十分だ。父がいなくとも私は彼らがいれば十分。そんな思いを胸に抱き、私は隣国の姫君との婚姻の儀を前に、彼女と鉢合わせたのである。


「姫君。申し訳ありません。実は私、女性なのです」
「ああ、そうだと思っタ」

 目の前の煌びやかな婚礼衣装を身に纏った隣国の姫君、夏目姫はさも興味がなさそうに自分の爪を見つめていた。猫のような瞳の、赤い髪が特徴的な姫君はツンとした印象が可愛らしかった。背は女性の割に長身なようで、私よりも少し高いくらいなのに底の厚い靴のせいでさらに身長差を感じる。生地が厚めの、露出の少ない婚礼衣装はまさに慎ましさを表現していて、こんな茶番に付き合わせるなんて勿体ないほど美しい人である。しかし夏目姫はわかっていた、とでも言うようにアッサリとした返事を返してきて、私は拍子抜けのあまり椅子から落ちそうになりながらそれでも誠意を伝えるべく彼女の前で跪き、恭しく礼をした。

「ですが私の母…王妃は夫である王を亡くしてから、娘の私の事ですら正常に認識できない状態なのです。どうかどうか、その事に御慈悲は頂けませんでしょうか。さすれば御国への関税は一定の期間、大幅に減税させていただきたく……」
「減税はいいヨ。茶番に付き合うつもりはないシ」
「……そこを、なんとか」

 冷たくあしらわれることは予想していたので、必死に食い下がろうとする私を上から見下ろして、夏目姫は驚愕の事実を切れ味よく、口に出した。

「だってボク、男だもン。君が女の子でボクは男なんだから正当な婚姻でいいんじゃないノ?」
「へっ?」

 私が素っ頓狂な声を出すと、夏目姫はおもむろに背中に手を伸ばし、婚礼衣装の胸元を開いた。そこには女性特有の胸元の柔さはなくほどよく引き締まっており、喉は喉仏がしっかりと隆起している。私は目を見張った。信じられなくて思わず自分の喉を触ると、そこには彼のような突起は見当たらない。胸が苦しいのは、必死に彼にない質量のそれを潰して押し込んでいるからだ。

「ネ?」
「ど、どうして……」
「この国が現王妃の狂気に晒されているのはこちらも理解しているヨ。そもそも今まで外交時には出てこなかった王子が突然出てくるなんておかしな話だしネ。だから事情を調べようと思って王妃が踊る舞台にこちらも合わせて乗ってみたんだけド、まさか本気で姫君を……我が子を王子だと思っているなんてネ」

 大変だったネ。と夏目姫、もとい夏目王子がそっと目を伏せた。それを見て、私は不意に泣きたくなる。

「全て、理解していらしたのですね」
「全部ではないヨ。ただこの国が潰れるのは隣国として阻止したいからネ。だから第一王子のボクが嫁いできたというわけ」

 ボクの国は親戚が継ぐからいいノ。と付け加えて私を安心させてから、美しく整えられた爪と、骨っぽいもののすんなりと綺麗に伸びた指でそっと私の、爪の短い手を握ってくれた。

「結婚しましょう王子。ぜひボクをこの国の王妃にしテ」
「……本当によろしいのですか。この国はこれから立て直しに時間がかかります。私自身だって、大した女ではありませんのに。そんな女の伴侶になって頂けるのですか?」

 本音が思わず溢れてしまって止められなくて、私は目を閉じる。溜まった涙が耐えきれず、ポロポロと頬を滑った。すると今度は夏目王子が、拗ねたように口を尖らせる。

「君、なんでボクと初対面みたいなよそよそしい態度取るノ?」
「えっ?」
「7歳の頃の親善懇親会と、14歳の頃の交流会。それからマミーがこの国の玻璃細工が好きだからお忍びで買いに来た時。いつもボク一緒に来て、君と何度も話したことあるんだけド?」

 猫のような目が少し怒ったように釣り上がる。私は一度考えて、考えて、弾かれたかのように記憶を掘り起こした。

「あっ……!」
「ネ?会ったことあるでショ」
「あの、私隣国には本当に姫君がいるのかと思ってて……!男性の夏目さまとは初対面だとばかり!」
「……」

 だからカ。と夏目さまがつぶやいた。恐らく私が馴れ馴れしい態度だった理由を今知ったのだろう。私も私で会っていたのは姫君だとばかり思っていたので、会えば手を繋ぎ、抱きつき、頬に親愛の口づけもしたことがある気がする。それら全てを男の子にしていたと思うと、恥ずかしくて仕方ない。

「……もういいヨ。いいけど、いたいけな男の子の初恋を無自覚に攫った罪は償わないといけないよネ?」
「……うぅっ、」
「罰としてずっと女の子だと思われてた可哀想な男の子の初恋を叶えてヨ」

 そう言って、夏目さまは私の頬を滑る涙を親指で優しく拭って、また着ている女性ものの婚礼衣装の前を閉じた。

「さぁ参りましょウ。ボクの旦那さま」
「はい喜んで。私の奥方さま」



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