アクアリウム・マッド・パーティー!
「なぁ!なんか欲しいものない?」
「んっ?」
テーブルを挟んでずい、と前のめりに聞いてきたレオくんがあまりに唐突で、私は思わず喉の奥の方から声を出してしまった。彼は少し驚いて「えっ怒ってんの?!」と言ってくる。私は慌ててそれを否定する為に首を横に振った。
「ううん全然怒ってない。ごめんねびっくりしちゃって…急にどうしたの?」
べつに誕生日が近いわけでも、記念日的なものが近いわけでもない。そもそも記念日を祝った事などないので後者はまず除外だ。いきなりどうしたのだろう。するとレオくんは少しうつむきながら、こちらの機嫌を伺うような視線を投げてきた。
「いや…だって、この前2時間も待たせちゃったし…」
今更何を言っているのだろう。と、私はポカンと口を開けた。
「別に怒ってないし、気にすらしてなかったっていうか…」
「えっほんとか?」
「仕事かなって思ってたから。まぁ忘れてたって聞いて、え〜?!とは思ったけど奢ってもらったしアイドルに会えたし、この前ので充分お釣りが来るよ」
そう思えるようになったのは、彼が心から反省している事を知ったのと、本当に私を好きでいてくれている事を少し前に知ったからだ。そうでなかったら、きっと私はまたもや泣く羽目になっているに違いない。
「そうなの?」
彼がやや不安そうにこちらを見つめるが、私はそれを弾き返すように笑顔を向けた。
「そうそう。だからそんな気に病まないでよ。ほんと、逆にビックリしちゃうから」
というより脈絡のないプレゼントは浮気の予兆、なんて世間ではよく言われる事を知らないのだろうか。と、意地の悪い事を考える。しかしそれもとうに解決済みなので浮気は微塵も疑っていないが、我が彼氏ながらお金と顔と体目当てみたいな変な女に引っかからなくて本当に良かったね。などと親心のようなものまで湧いてしまう。
「そっか…」
「うん。それより久しぶりに今日どこか出かける?折角時間あるし」
以前より頻繁にレオくんの家に来るようになった私は、今日からの土日休みを彼の家で過ごす事を決めていた。父は怪訝な顔をしていたが、母はレオくんの正体を知っている上で「絶対手放しちゃダメよ!」なんて背中をガンガン押して来る。これは確実に私の為ではなく、単純に自分が顔の綺麗で経済力のある義息子が欲しいだけだ。間違いない。
「ん〜だから、一緒に出かけてなんか欲しいものあればお詫びに買ってあげようと思ったんだ。おれ、あんまそういうことした事ないし」
「そうは言うけど、外でご飯食べる時はレオくん大体出してくれるじゃん。充分ありがたいよ」
何気なくそう言えば、今度はレオくんがポカンとした顔でこちらを見つめ返してきた。そもそも外であまり食事をする事がないので、正直説得力には欠ける言葉だ。レオくんもそれにいち早く気が付いたのだろう。うっかり気遣いがバレてしまった私にほぼ真顔でぽつりと言葉をこぼす。
「…おまえ、悪い男に引っかからなくてよかったよな〜ほんと」
あまりに人の事言えなさ過ぎて、思わず苦笑いをしてしまった。
「外でデートするの、久しぶりだな!」
結局プレゼントをもらうもらわないは置いておいて、久しぶりに外に出掛ける事にした。朗らかな声で言うレオくんがとても楽しそうなので、声が大きいよ。という水は差さないでいてあげる。そうだね〜と適当に相槌を打ちながら、帽子をかぶり伊達眼鏡を掛けて僅かな変装をするレオくんを横からこっそりと盗み見た。今はもう裏方に回ったとはいえ、かつてはアイドルグループのリーダーとしてステージに立っていた彼の顔は本当に恐ろしいほど整っている。以前誰かに「黙っていれば上品そうに見える」と評されたらしいがその人の審美眼は正しい。正し過ぎる。
少しつり目気味のキリッとした印象なのに、表情が表に出ると無邪気なのは確かにずるい。あざとい。何故こんな美形が私などと付き合っているのだろうとさえ思えてくる。
「ん?なに?」
じっと見ていたのがバレてしまったので、大人しく自首をする。
「いや、顔が綺麗だね〜って思って」
「そう?」
「そうだよ」
「へへ、なまえに褒められるのは嬉しいぞ!」
あざとい。私は彼がいかにしてファンを獲得してきたのか、その片鱗を垣間見た気がした。
レオくんがアイドルではなく裏方の作曲家に専念する事にしたのは彼が考えに考え抜いた結果だろうから私が口を出すまでも無いことは明白なのだけれど、もし今でもアイドルをやっていたのならきっと大人気だっただろう。
そうなるときっと私の事など見向きもしなかっただろうから、欲深い私は口を噤む。彼を独り占め出来ない環境は、もう想像すらつかないのだ。
「なぁ、何か買いたいものあるか?こればっかりは妄想出来ない想像出来ないっ!何故ならもし違った時おれがちょっぴりへこむからっ!!」
そう言われても、パッと思い浮かぶものがない。化粧品やら服やら細かいもので欲しいものはあるけれど、それを今見に行きたいと言えばレオくんが一も二もなく買ってくれてしまうだろう。誕生日でもないのにそういうものを彼氏に買ってもらうのは、個人的になんか違う気がするのだ。記念にもらった時のありがたみがちょっと減るような気さえしてしまう。どうせなら二人で楽しめて、二人で喜べるもの。
「あっ」
「うわっなんだ?!」
名案を思いついてしまった。それが嬉しくて、彼の腕をガシリと、色気なく掴む。
「ねぇレオくん。そしたらケーキ買って!デパ地下のホールケーキ!」
「ケーキ?」
やや訝しげに、レオくんが復唱した。私はうんうん!と笑顔で頷く。
「大きいやつじゃなくていいの。二人で食べられるくらいのケーキ!あとなんか美味しそうな食べ物買って帰らない?それで一緒に食べよ!ちょっと豪華なパーティーみたいな」
そう言うと、彼の瞳が少しきらめいたような気がした。
「それなら二人で食べて楽しいじゃん!私も楽しいしお財布係はレオくんよろしく!それでどう?」
私は全然怒ってないけれど、お詫びパーティーって事で!と付け加えれば、レオくんがぴたりと足を止める。腕を掴んでいた私はそれにつられて彼に蹴つまずくが、少しキョロキョロと辺りを見回したレオくんがやがて少しだけ屈んで来た事に全てを察して思い切り目を瞑る。ちゅ、という控えめな音と共に唇が私の頭に落ちてきたのに気付いて、思わず彼以上に周囲を見回してしまった。誰かに見られてたら、兎にも角にも恥ずかしい。外でイチャイチャするなどただのバカップルだ。
「オ、オイオイ、こらこら外だよここは!」
どもりながら少し声を上げれば、彼は悪戯っ子のように笑った。
「わはは!おれ、おまえのそういうところが大好きっ!」
「え、あ、そ、そう?ありがとう」
「それ賛成!デパ地下で美味いものいっぱい買おう!」
何がいいかな〜と彼の腕を掴んでいた私の手を離して、自分の手を握るように誘ってきたので、指を絡めて誘われてやる事にした。電車に乗るまでね、と伝えると少し不服そうだったけれど、いつどこに彼の元ファンがいるかわからない。火のないところに煙は立たないので、なるべく火種になりそうな事はしないに限るのだ。
「なまえ何食べたい?」
「ケーキ」
「それは聞いたっ!」
駅のホームに着いた瞬間に電車が来るアナウンスが鳴る。それだけで今日は少しツイているような気がした。
最近行ったデートスポットは?ともし街頭アンケートなんかで聞かれたら、デパ地下と答える人は何人くらいいるのだろう。アンケートを取る土地柄にも寄るけれど恐らくかなりの少数派である事はわかる。けれどまぁそれもいいだろう、と思う。周りと少し違くても、これが私とレオくんの恋人としての在り方なのである。
デパート1階の華やかな化粧品売り場をそのまま通過して主婦たちと共に地下へと潜れば、ふわりと美味しそうな香りがそこかしこから香ってきた。
「は〜…お腹空く匂いだね。今ならなんでも食べたい」
「おれコロッケ食べたいっ!あっライスコロッケ美味そう!」
「いいね。私が作れないやつ買ってこ。具材の種類めちゃくちゃ多い混ぜ混ぜ系のサラダ的な物とか」
私も基本は実家でお母さんの手料理に甘えている身分なので、正直レオくんと付き合うまでは料理なんてほとんどしてきていない、いわば料理初心者である。レオくん自身がそこまで食にこだわりがない人物だから適当に焼いたり煮たりするだけで美味しそうに食べてくれるので、私ごときの拙い料理スキルでもなんとかなっているが、揚げ物や下処理の多い具材はそうはいかないのである。
「肉も食いたいな〜!あっなまえ!ローストビーフあるぞ!」
帽子暑い!と言いながら結局脱いでしまっているが、まぁデパ地下でそこまで騒がれる事は無いだろうともう一度着せるのは私が諦めた。ついでに変装用と両用なのかうっかり間違えたのかはわからないが、仕事の時着けているブルーライトカットのメガネだけはとりあえず掛けてくれているレオくんがはしゃいだような声を上げている。
「なんかクリスマスパーティーみたいなメニューになりそうだね」
「いいなっ!なんでもない日にメリークリスマス!!楽しく狂った感じが霊感を呼び寄せるっ」
「曲作るのはいいけど家帰ってからだとありがたいな〜」
そう言って今はデート中であることを思い出させるように離していた彼の手を握れば、付き合いたての仲でもないというのに彼は照れたように微笑んでから、そっと握り返してくれた。
「うん。今はデート中だもんな」
珍しく穏やかな声で返事が返ってきた事に、私は思わずぽかんと口を開けて喫驚してしまった。いつも通り「わはは!」と笑い飛ばしながら言うかと思ったのに、レオくん風に言うならば突然の変調、である。
そして、少し前の私が欲しくて欲しくて堪らなかった反応だ。少し前ならきっと霊感が湧いたと言って途中で一人帰ったりデパートの階段の隅で私を置いてけぼりにしたまま一人作曲を始めていたかもしれない。それが『今までの』彼のなりの愛情表現でもあったようだけれど、あいにく私には到底届かなかった。彼の感性を100%理解出来ない私には届くわけがなかったのだ。
けれど彼にそれを伝えていなかった私にも非はあった。というわけでついこの間まで互いに理解すらしていないすれ違いをしていたというのに、その溝が少し埋まっただけでこんなに多幸感に包まれてしまうなんて、私自身は本当にチョロい女なのかもしれない。レオくんの言う通り、変な男…いや、レオくんも充分変な男なので、悪い男に騙されなくて本当によかったかもしれない。
「へへ。そうだね」
勝手に色んな意味を込めて、私は肯定の返事をした。彼も眼鏡の奥で、楽しそうに目を細めている。
「早くご飯買って帰ろっ。なんか映画でも借りてく?」
「あ、だったらKnightsのライブDVD、まだ観てないやつ観たい」
「え〜?いいけど…」
もういっそクリスマスライブの映像とかないのかと聞けば、うんうん唸り始めたので自分で探した方が早そうである。この前観たやつはバレンタインデーライブっぽい感じだったから、もしかしたらあるかもしれない。
こうなったらケーキもクリスマスケーキみたいなブッシュドノエル系のロールケーキかショートケーキ買ってもらおう。と考えながら、私は季節外れの狂ったクリスマスパーティーに思いを馳せつつ、今日はもう少しだけ甘えてみよう。と決心するのだった。
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