プレ・アクアリウム

「…あっ、いた」

レオくんがだめだ!煮詰まった!この時間こそ無駄!世界的損失だ!と叫び家から飛び出して20分、スマホも持たずまるで暴走した犬のように家を出てった彼を渋々探す私の視界にようやく彼のオレンジ色の髪が見えたのは、レオくんの家の近くにある公園だった。

「ふんふふ〜ん」

「めっちゃ歌って踊ってんじゃん…」

私は深く深くため息を吐くと、低い生垣で出来た公園の囲いから入り口を探して公園へと入る。そこで彼は一人、軽いステップを踏みながら時々止まり、砂の上に楽譜を書いていた。時刻は平日ど真ん中、水曜の午後3時。幼稚園帰りの親子連れもそこそこいて、みんな遠巻きに見ている中それを気にした風もなく歌って踊っている。

「うーん不審者だな…」

顔がいいから許されてるでしょ、あれ。と内心思いながら、私はどのタイミングで彼に声を掛けるか迷う。思えば彼がこんな風に外で作曲をするのは、非常に珍しくなっていた。

そうだ。そういえば出会った時もこんなじゃなかったっけ。私はぼんやりと遠巻きに楽しそうな彼を見て、つい一年前くらい前の出会いを思い出したのだ。




「……えっ、え、」

大学に入りたての4月。私はまだ慣れない新しいアルバイト先から帰る途中で、困ったものを発見してしまった。
女の子が、公園の砂場で倒れているのである。しかもうつ伏せで。
橙色の肩を越すくらいの髪は砂場に広がり、微動だにしない。私は怖いのを我慢して恐る恐るその女の子に近づいた。既に夜遅い時間なので、街灯だけでは心許ない灯りは余計に不安感を煽ってくる。

「あの、あの…!大丈夫ですか??」

私はスマホですぐ119番に電話出来るようにしてから声を掛けた。と同時に周囲に人がいないか見回して、助けを求める。が、生憎この辺はそこまで人通りが多くない。私の願いも虚しく、シンとした空気が余計に冷たく感じた。

「大丈夫ですか…?!」

もう一度大きな声で声を掛け、女の子を揺さぶってみた。せめて砂場でうつ伏せではなく仰向けにしてあげようかと思ったが、動かさない方がいいのかどうかわからない。頭を打ってたら動かさない方がいいと聞いたことがある。でも砂場に突っ伏してるのもよくない。私はますます混乱しながら声を掛けていると、女の子がひとつうめき声を上げてからモソモソと動いた。

「あ、だ、大丈夫ですか!?」

さっきから大丈夫ですかとしか言えない機械みたいになりながら、私はその子がスクッと立ったので一緒になって立ち上がった。あれ、思っていたよりも背が高い。

「寝てた!!」

「……えっ」

「わははは!寝ないで家で作業しても何にも思い浮かばないから高校生の頃みたいに公園に来てみたけど寝ないで来るのは間違いだったな〜砂場の砂があったかくて寝ちゃった!!のに財布もスマホもある!!すごいぞ!取られてもいないし落としてもない!!けどここどこだ!?おまえ誰?!」

「……」

何この子、やばい。が率直な感想である。しかもよく見たら男だった。髪長いし体細いからてっきり女の子だと思ったのに、しっかり喉仏はあるし骨っぽい。

これはピンチだ。変な人に捕まってしまった。と、私は先ほどまでの善人の心をあっさり捨て去ると、早急に逃げる事を考えた。見た感じ年齢は同じくらいの若い男の人で、公園で寝るような変な人だ。怖い。ただの変質者だ。
私は一歩後ずさりすると、走って逃げる手筈を整える。が、それは叶わなかった。

「なぁ、ここどこ?!」

「きゃあ!!」

思い切り手首を掴まれた。怖い。怖い。

「や、やめてください…っ!!」

「あっごめん!」

しかし私が半泣きになると、アッサリ手を離してくれた。そして気まずそうにしている。

「ご、ごめん。怖がらせるつもりなかったんだ。おまえ、おれが倒れてると思って声掛けてくれたんだろ?ありがとな。おれ怪しくないからちょっと待って」

「……」

怪しくないわけない。が、向こうは必死な様子で弁明を繰り返す。私は警戒を怠らないまま、恐る恐る聞いてみた。

「…なんで、こんな所で寝てたんですか?」

「ん?おれ作曲家やってるんだけど、久しぶりに煮詰まっちゃって。高校生の頃、こうやって公園くると霊感が降りてくる事があったの思い出して来てみたんだけど、睡眠不足が祟って寝ちゃった…んだと思う。ここがどこの公園かわかんないけどっ!最近一人暮らし始めたから土地勘もないし」

この公園の最寄駅を答えると、それでも彼は首をひねった。やはりまだ土地勘がないらしい。仕方なく彼の家の最寄駅を聞いたら、ここから4駅離れた場所を言い出した。

「歩いて来たんですか?ここまで?」

「うん。公園探してたら」

やはり変な人だ。これ以上関わらない方がいい。と私は直感的に思った。帰り方を教えてからカバンを抱え直して、彼に背中を向ける。

「じゃあ、もう遅いし早く帰った方がいいですよ。それじゃあ」

「うんっ!ありがとな」

変質者の割に顔が綺麗で朗らかな人だったな…と思いつつ、今になって疲れがドッと襲って来た。引きずるように足を動かして家に帰るなり、私はご飯も食べずにさっさと眠ってしまったのである。


次の週私はまたもや彼を目撃する。しかも同じ公園で、彼は同じ体勢で眠っていた。

「あの!!起きてください!」

もうあの時のように動揺したりはしない。私は砂場に埋まる彼をぐらぐら揺さぶると、彼はやはりムニャムニャ言って目を覚ました。

「あれっここどこだ?」
「公園です」
「おまえだれ?」
「……」

この人先週会ったのに私のこと覚えてないのか。と呆れながら、そういえばこの人の名前を聞いていなかった。そして向こうも私の名前は知らないという状況だ。なんだろうか。この不可思議な関係は。

「…先週、ここで寝ていたあなたを起こした者ですけど、忘れちゃいました?」

でも私から名乗るのはシャクで、私はとにかく先週のことを思い出してもらおうとした。単に忘れっぽいのか、それとも私の事を疑っているのか知らないが名乗るならそっちから名乗ってほしいと思いつつ言葉を選ぶ。すると彼は「へ〜!」とまるで今初めて聞いた!みたいな反応をしてきた。

「そっかそっか!ごめん、おれすぐ忘れちゃうから!この前も起こしてくれたの?」
「そうですよ。女の子が倒れているのかと思って起こしたんです」
「なに!?おれは男だぞっ!」
「すみません。うつ伏せだったからわからなかったんです」
「え〜そうなの?それよりおまえ名前なんていうんだ?」

結局私から名乗るような展開になってしまった。私は少し口ごもりながら、それでも仕方なしに名前を告げた。

「ふ〜んなまえっていうのか!おれはね、月永レオ!知ってる?」
「えっ…し、しらない」

いきなり名前呼びでそこそこの馴れ馴れしさだが、なぜか不快じゃなかったので訂正はしない。でも唐突に知ってるか聞かれて私は戸惑った。聞いたことの無い名前であることは確かだ。

「なんだ〜知らないのか。まぁその方がいいか!おまえいくつ?大学生?」
「大学生です。月永さんは?」
「レオでいいぞ。おれは作曲家やってるんだ」
「あ、そういえばこの前言ってた気がしますね。とりあえず今日はもう帰った方がいいですよ。それじゃあ」

私はこれでもう彼と会うことはないだろうと踵を返して公園から出ようとした。が、レオさんが「あっ!!」と大きな声で言うものだから、思わずその声に振り返ってしまった。

「な、なんですか?」
「財布落とした!」
「……」

この人本当に大丈夫だろうか。とあまりよくわからない人なのに心配になる。

「…ほんとですか?」
「えっなんでほんとかどうか聞くの!?ウソついてなんになるんだよっ!」

私にお金をたかる常套句を言ったのはそっちだろう。と思ったが、彼の思考回路にそういった悪どいことはインプットされていないのか、もしくは気が付いていないかのどっちかだ。私はため息を吐きながら自分の財布を開くと、ちょうど500円玉が出てきた。500円あれば電車に乗って家に帰れるだろうし、なんならコンビニで何か買う余裕だってあるんだから十分だろう。私だってまだバイト代が入っていないので、すこぶるお金がない大学生なのである。

「…はいこれ。返さなくいいですから」
「えっ、いいの?」
「いいですよ。その代わりもう公園の砂場で寝ちゃだめですからね。それじゃあ」
「ありがとな〜!」

バイバイ!と財布を落としたにも関わらずあまりへこんでなさそうなレオさんの元気な声に押されながら家路についた。変な人ではあるけれど、悪い人には見えない不思議な人である。
そしてなにより顔がものすごく綺麗だ。実は彼の顔が結構好みな分なんで中身があんなに残念なのかと一人がっかりしながら、私は家の扉を開けたのだった。



「…なんてこともあったなぁ…」

公園のママさん達に遠巻きにひそひそされていたレオくんを後目に私はぼんやり彼と初めて会った時のことを思い出した。よくあんな奇怪な出会いをした人と恋人になったなぁと思いつつ、若いママさんが「あの子、アイドルやってなかった…?」みたいなことを言い出したのが聞こえたので、私は慌てて彼を回収に走った。

「ちょっとちょっと。子どもたちの遊ぶ所取っちゃだめだよ」
「あれっなまえ!なんでいるんだ?」
「脱走したのそっちでしょ。探しに来たよ」
「脱走とか言うな!あのままじゃ霊感が枯れて萎びる所だったんだっ!そんなのは世界の損失!あってはならないっ」
「おっけ〜。帰ろ」
「あっ引っ張るな!力はおれの方が強いんだからな!」

はいはい。と彼の言葉を右から左に流しながら、さりげなくママさん達に軽く頭を下げて私たちはその場を去った。どうやら煮詰まりは公園のおかげで解消出来たようで大人しくなったので、私も彼の腕を引っ張るのをやめて手をつなぐ方向にシフトチェンジした。

「なんか久々に初めて会った時の事思い出しちゃったよ」
「覚えてるぞ!なまえが砂場で寝てるおれを倒れてると勘違いしたやつ!」
「いや、ふつう勘違いするって…」
「あの時助けてくれたのがなまえでよかったって、おれはちゃんと思ってるよ」
「あはは、私も」

あの時勘違いしてよかったなぁとつくづく思う、うららかな昼下がり。

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