アクアリウム・ドライブイン

「サービスエリアのソフトクリーム食べたい」
そう作曲の神は宣った。
「えっ」

凡人は思わず振り返って、神の方を見る。神はテーブルにおいてあった車のキーを指でビュンビュン回しながら、悪戯っぽく笑った。

「行こう!今から!!」
「い、今から?!」

ちょっと待って待ってと言いながら、凡人は時計を見る。現時刻は午後3時。今からサービスエリアへ向かうとなると、時間が遅くなる気がした。が、今更である。財布とスマホとハンカチが入った小さな鞄を持って、凡人も彼の家から飛び出したのである。



「なんかさ〜、急に食べたくなるよな。ソフトクリームって」
「それはちょっとわかる…でもなかなかその辺に売ってないよね」
「なんでか美味しいんだよな。特にサービスエリアのやつって」
「うんそうだね」

感覚で生きている彼にはこういった刺激も必要なのだろうと、半ば諦めた私は助手席に座ってシートベルトを締めた。右隣でレオくんも同様にシートベルトを締めて、エンジンをかける。車が生き物のように唸ってから、彼はカーナビで近くのサービスエリアを検索しようとタッチパネルに手を伸ばしてから一度何かを考えるように腕を組んで、それから音声入力に切り替えると大きな声で言った。

「うみほたる!」
「えっ、そっち行くの?」
「海見たい!海見ながらソフトクリーム食べたいっ!霊感が湧いてきそうっ!!」

これはもう何を言っても彼は海を目指すだろうと諦めて、私は背もたれに体を預ける。

「ま、まぁいいや…運転お願いします」
「まかせろ!」

カーナビが『安全運転で走行してください』とお決まりの台詞を言ってから、私たちの小旅行はスタートしたのだった。

レオくんはこう見えて結構車を運転するタイプだ。主に仕事で外出する時や、妹のルカちゃんを送り迎えする時、あとは私の事もよく送り迎えしてくれたりと、仕事が立て込んでいない場合の彼のアクセルとフットワークはとても軽い。電車に乗ってどこかへ出かけることもあるけれど、基本彼の足は車なのである。

「どっかでコンビニ寄っていい?コーヒー買う」
「あ、私も飲みたい」
「ちょうどおやつの時間だ!お菓子も買おう!!」
「いいね〜チョコ食べたい」

じゃあ適当な場所で一旦停まるぞ。と少し真剣な声になったのはスクランブルを右に曲がる為だろう。あんなに破天荒なのに運転だけは丁寧なのは大変いいことである。

コンビニで無事にコーヒー二つと食べやすいタイプのチョコレートを買って、もう一度車は発信した。紙のスタンドに入れてもらったコーヒーを車のスタンドに入れ替えて、レオくんのコーヒーは飲みやすいように飲み口をレオくん側に向けて置いた。私はカフェモカ、レオくんはブラックをそれぞれ飲みながら、私は常々思っていたらことを口にした。

「レオくんがコーヒーブラック派なの、ちょっと意外なんだよね」
「そうか?」
「砂糖もミルクもいっぱい入れてそう」
「え〜、そんな甘いのやだ、おれ。頭スッキリしないじゃん」

カフェイン摂り過ぎも良くないんだよなぁ。なんて事を考えていたら、レオくんがおもむろに自分のコーヒーを口にした。あの紙カップの中身がミルクと砂糖がいっぱい入ったコーヒーではなく、何も入っていないブラックだというだけで何故かものすごくかっこよく見えて来る。恐らくギャップ、というやつだろう。私ってなんてチョロいのだろうか。

「ここのコンビニのコーヒー美味いよな」
「わかる。ここのが一番好き」
「おれも!」

なんてくだらない話をしているうちに、高速に入っていた。レオくんのハンドルを握る手がより慎重に、でも楽しそうに軽く弾む。

「ね、なんか音楽かけよ。Knightsの曲でいい?」
「おぉ、いいぞ!」

私はスマホを車の充電部分に繋ぎつつ、最近作ったプレイリストを流し始める。Knightsは学生アイドルの頃も結構な曲数があって、プレイリストの編集も少し大変だった。が、 どれもこれも好みど真ん中の曲ばかりでその曲の作曲者は全てレオくんだ。
流石だなぁ。と思わず嘆息してしまう。

「ふんふふ〜〜んふ〜ん」
「もっとちゃんと歌ってよ」
「また今度な」

なにそのお預け…と思ったけれど、レオくんは一つに集中すると他に目が入らなくなるタイプだ。今は運転に集中したいのだろう。仕方ないので私が歌うことにする。するとそれに気づいたレオくんが前を見ながら、わはは!と笑った。

「いいぞいいぞ!今日だけなまえをKnightsの特別メンバーに迎えてやるっ!歌え!踊れ!音程なんて気にするなっ!心のままに奏でろっ!!」

「踊るのは無理かな〜」

やがて私の好きな曲が流れてきた。まだレオくんがアイドルをやっていた頃の歌で、なにやらよくわからないが打倒Knightsの為にクラスメイトと即席で作ったグループ、らしい。そのわりには皆まとまってて即席なんてウソみたいだ。

「私この歌好き。メロディがかっこいい」
「そうか〜?」
「うん。…あれっ」

今まで聞いていたのに気が付かなかったが、レオくん以外の耳慣れた声がする気がする。

「ねぇ、もしかしてこの中に仁兎くんいない?」
「ナズ?どうだった…っけな〜」
「いや絶対覚えてるでしょ今の間。うわ〜ずっと気が付かなかった!」

仁兎くんは学校内で自分がアイドルだったという話をするのに良い顔をしないから、彼が歌う曲を聞いたことが無かった。こうして聞いてみると可愛さもあるしかっこよさもあるのですごくいい。と思う。
勿論レオくんの歌声が好きなのは当然だ。普段の声よりちょっと凛々しくなっている歌声が大好きである。

「おまえ、またナズの話してる!」

う〜!とレオくんがあからさまに唸った。恋人としての期間が長くなれば長くなるほど独占欲が増している気がする彼には申し訳ないが、正直とても嬉しい。

「またヤキモチ〜」
「うるさいっ!ノイズは消せ!綺麗な音だけ聞かせろ!」

折角の遠出なのに、このままでは拗ねてしまう。と感じた私はさっきコンビニで買ったチョコレートの封を開けた。一粒一粒食べやすくなっているそれを一つ摘まむと、むすっとしてしまったレオくんに向けて差し出した。

「ほら、ごめんってば。これあげるから」
「……」
「あいたっ」

ハンドルで手が空かないレオくんがさっと私の手ずからチョコを食べたのはいいのだけれど、指も食べた。ついでに噛まれた。

「今日はもうナズの話はだめ!もししたらソフトクリームはなまえのおごりだ!今日の夕飯も!明日の朝ご飯も!!」

罰が軽すぎる。そして彼は本気である。

「ごめん。折角のデートなのに私が悪いよね」
「わかってくれればいいよ。指ごめんな」
「いたって言ったのは咄嗟に出ちゃっただけ。痛くないよ」

そして私にはとっても甘い。
隙を見てブラックコーヒーをすすった彼の端正な横顔を後目に、私はそっと次の曲を流したのだった。


「…あれ、混んできた」
「駐車するのに時間かかるからな」

レオくんが言うように、駐車スペースを前の車が探してウロウロするからか道路が少し混み始める。やがてゆっくり車が道に停まった。横の車線ではうみほたるに寄らない車がビュンビュンと飛ばしていくのをぼんやり見てから、ふとスマホで時計を見た。太陽の傾き具合からも分かっていたが、すっかり夕方である。

「海、きれいだよな〜」

ふと、レオくんが呟いた。ゆっくりと空が赤くなり、その色が海に反射しているのが道路越しに見える。今日が晴れていてよかったと、心から思える景色だ。

「きれいだね。来て良かったよ」

急だったけど。とは言わない。いつものことだ。

するとレオくんが指でハンドルとんとん叩いている事に気が付いた。恐らく霊感とやらが降りてきて、作曲がしたいのだろう。でも今は運転中だからそれが出来ないでいる。なんだか見ている方がもどかしい。

「ね、私車の免許取ろうかな」
「えっなんで」

予想外にも驚かれた。私が免許を持っていればこういう時に運転を代わることも出来るし、作曲したいときに出来るのではないかと思った。いや、ちょっと前から思ってたのだ。それを伝えると、レオくんはちょっとだけ複雑そうな顔をした。思わず私は首を傾げる。

「んん〜、免許取るのは、その、なまえの自由だけど…」
「あ、初心者にマイカーで運転されるの嫌だよね。大丈夫。まともに運転出来るようになるまでは実家の車使うし!」
「そうじゃなくて…なんか寂しいから、やだ。免許取っても良いけど」

車あったら、おれが忙しいときでも一人で遠くに行っちゃいそう。と呟いたレオくんが、前が空いた分わずかにアクセルを踏む。ゆっくりと、車は私たちを乗せて前進した。

「…行かないよ。この位置が逆になるだけだよ」
「だって、なまえが車運転出来るようになったら学校とか、バイト先とかに迎えに行くこともなくなるだろ?やだな。おれの特権なんだぞ。それ」
「あはは、優しいなぁ」

自由奔放でいつも振り回されてばっかりだけど、彼の独占欲はどこまでも寂しがりだ。
私は結構、そういうところに弱い。

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