恋針五歌

百年以上前は、この国にも大きな後宮が存在して、何百人もの才色兼備な妃が王の寵愛を得るために様々な手を使って王の興味を引いたという。
大体が貴族出身の高い教養を持った才女ばかりで構成された後宮は、妃達の競いの場でもあった。勉学は勿論の事、巧みな会話術。芸術に長けた妃は楽器や歌、舞踏で王を虜にし、寝所に侍る機会を狙ったという。

そして長い年月を経て、現在この国に後宮は存在せず、妃は庶民の出であるなまえ一人である。勿論貴族の娘のような教養もなければ王を満足させる会話術を持つはずもない。学も市井の子ども達が行く学校程度のものだし、楽器や舞踏など言語道断、歌などわらべ唄が限度だ。最近ようやく文官や女官の力を借りて多少の教養は身に付いてきたものの、貴族の娘に敵うわけがなかった。

最近、なまえの中で劣等感と焦りが増している。というのも以前に増して貴族の臣下が王である宗の元に、年頃の娘を連れてやってくるという。
勿論後宮制度は廃止されたが、庶民の出である娘をたった一人の妃に迎えた王など今だかつて存在しなかったという。それ故か、貴族たちはようやく安定してきた国の情勢をいいことに後宮制度を復活させようとしている、らしい。
臣下が囁いている噂話を手に入れるのは、今のなまえならば簡単な事なのである。

「う〜ん…」

なまえは自身が唸っている事に気が付かぬまま、書庫で内容の入ってこない本の頁をめくった。今日も宗には謁見予定が多く入っており、先程も貴族らしき中年の男性と綺麗な女の子が謁見の間に入っていくのがちらっとだけ見えた。娘を紹介するのは、形式上は『ついで』だ。しかし彼らはそうやってあわよくば宗が自分の娘を気に入って入宮を申し出てくることを狙っているのだろう。

なまえは全く頭に入ってこない本を閉じて、ぼんやり窓の外を見た。外は今日もいい天気で、相変わらず庭は美しく整っている。庭の花達ですら王を喜ばせる術を持っているのに…と一人暗い気持ちになりながら書庫を出ようとした所で、ちょうど書類を片づけに来たみかとはち合わせた。

「あれ、お妃さんこんな所におったん?女官長が探しとったよ」
「え?本当?何だろう」
「急いでる様子やなかったから、慌てなくてええと思う」
「そっか」

なら少し彼に相談してみよう。となまえは書類を片づけるみかに「少しお話してもいい?」とおずおず伝えてみる。

「ええよ〜。おれで役に立つかわからへんけど」
「ありがとう。あのね…」

入宮した頃は宗の事でみかと言い合いをしたこともあったが、今はすっかり仲の良い友人となっている。宗にはなかなか相談出来ないことも彼には気軽に話すことが出来た。
今抱えている不安をポロリとこぼすと、みかは少し困ったように言う。

「う〜ん…お師さんはお妃さんにそういう事は求めとらんっていうか…お妃さんがお妃さんのまま側にいればなんもいらんと思うんやけど…」
「で、でもわからないわ。私本当になにも出来ないから。教養の高い陛下が同じくらい教養の高い娘さんを好ましく感じることはあると思うの。お上品なものとかお好きだし」
「おれ頭悪いからお師さんが考えていることはわからんけど、お妃さんがお師さんの為に何かしたいって気持ちはわかるで」
「そうなの!ありがとうみかくん!」

するとみかは女官長に相談することを教えてくれた。この王宮にも芸術に秀でた臣下がいるというので、その者達から教えを請う事が出来るのでは、と言った。

「おれはお師さんの側仕えやしそういうのよくわからんから、女官長に聞くのがええと思う。きっとお妃さんの力になってくれるで」
「わかったわ。ありがとうみかくん。今度お時間空いたらお茶会しましょうね」

なまえはパッと顔を明るくすると、書庫から出ていった。

「お茶会もええけど、お師さんがやきもち妬いてまうからなぁ…」

みかのぽつりとした呟きが、空しく書庫に響いた。


「まぁ、それは良いことでございます」

なまえが早速女官長に相談すると、彼女はあっさりと芸術面に秀でた臣下を紹介してくれた。王宮楽師や式典で舞踏を踏む者。小さな王宮とはいえその道を極めた者が多く仕えていた。

「さぁお妃様、何から始められますか?何か触れたことがあるものはございますか?」
「……わらべ唄、程度なら……」
「……」

女官長が呆れている空気が伝わってきて、なまえの背に冷や汗が伝う。王宮で女官長をやっている彼女とて貴族の出身で、教養は高いのだろう。

「ま、まぁまずは色々とお試しになってみるのがよろしいと存じますわ。一通り体験してみてくださいまし」

女官長が手配した三人の師がなまえの前で丁寧に礼をしたので、なまえも深く頭を下げた。

「すみません。よろしくお願いします」
「お妃様。臣下相手にそんなに深く頭を下げてはいけません」
「あっ」


さて、その日は一日体験、という形で舞踏を。次の日に歌と楽器の体験をしてみた。それらを全て見た女官長が、思わずぽろりと口にした。

「お妃様…わらべ唄を唄ってらっしゃった、と…」
「うっ、」
「不敬を承知で申し上げますと、お歌が一番…苦手でございますね?」
「…そうなんです。妹たちにも姉ちゃん歌下手!なんて言われて…」

すると王宮楽師が苦笑いしながら言う。

「お妃様は舞踏はお上手です。舞踏が出来るということは拍は取れるということです。ならば練習すればお歌もお上手になりますわ」
「なんて褒め上手…ありがとうございます」

さて、何から学ぼう、となまえは思案する。何が上達すれば、宗に飽きられずに済むだろうか。なんてことを考えてから、ふと悟る。
そうか。自分は宗に飽きられたくないのだ。ずっと彼の妃は自分だけでいてほしいと、心から願っているのだ。
そう思うと一気に恥ずかしくなって、一人赤面してしまった。最近よく宗に謁見しにくる才色兼備な女性たち。生まれた時から教育を受けている彼女たちに付け焼き刃の自分が敵うはずもないのだけれど、それでもほんの一瞬だけでも宗の目をこちらに引きつけられたら、なんて思った。
高い教養はないけれど、自分には下町で鍛えた根性だけはある。食堂で何度も困った客を追い出し、酔っぱらった客に尻を触られたら容赦なくひっぱたき、狭い店内を身体がくたくたになるまで大声を出しながら駆け回っていたではないか。
こんな、王宮なんて今まで生きてきた世界とは全く違う場所で、少しずつ居場所を見つけてきたではないか。

その根性で、まずは苦手なものから克服しようと思った。まずは歌を習いたいと言えば女官長は一度表情を固めたが、かしこまりました。と頭を下げた。


「陛下。本日もご公務お疲れさまでした」

夕食の際に今日初めて宗と顔を合わせたなまえは、彼の機嫌があまりよくない事に気が付いていた。折角美しい容貌をしているのに、眉間のしわがすごい。
今日は特に謁見客が多く、目の回る忙しさだったのだろう。朝食も昼食も宗とは別だったのだ。

「あぁ…」

いつもより低い声に、彼の苛立ちが伝わってきた。そういった時は大人しくしているに限る。宗は繊細な性格をしている。万が一彼が気に入らない発言をなまえがしてしまいそれに宗が苛立ってしまった時、傷つくのは彼の方なのである。

いつもより静かな食卓。しかしたまにこういう事がある。いちいち気にしていてもしかたない、と割り切ったなまえは食事を楽しむことに集中した。それだけ疲れていて機嫌も悪いのに、わざわざなまえと食事を共にしてくれるだけで十分である。


「…もう休む」
「はい、お休みなさいませ。陛下」
「あぁ…君もゆっくり休みたまえ」

食事もそこそこに、宗は席を立った。ただでさえ細身な身体がもっと細く見える。彼がみかを連れて部屋を出ていくのを扉が閉まるまで見つめていると、女官長がそっと近づいてきた。

「最近謁見が多く、陛下もお疲れでございます」
「そうみたいね。私に何か出来ることはないかしら…」

ぽつりとなまえがそう言うと、女官長はパッと顔色を明るくした。

「お妃様がそうお考えになるのは至極真っ当な事でございますね。えぇ、えぇ。そうですとも」
「…?どうかされました?女官長」
「いえ…お妃様が入宮されていらっしゃった頃のことを思い出しておりました」
「…あはは、どう?私、少しはお妃様やれているかしら?」
「勿論でございます。お妃様は国の王妃である以前に陛下の奥方様です。御夫君である陛下を想うそのお気持ちは素晴らしいものですわ」

真っ直ぐに褒められて、なまえは思わずはにかむ。あの頃よりよい妻になれているのなら、なまえとしても嬉しい限りだ。

「お妃様が陛下に出来ること、ですわね……ではこういったもはいかがでしょう?」

女官長はしばし考えると、一つ提案をしてくれた。


次の日も謁見の数は絶えないのか、夕食に来た宗は昨日に増して疲労の色が濃いようだった。その疲労には苛立ちも混ざっているようで、指先でトントンと卓を叩いている。

「陛下。本日もお疲れ様でございました」
「あぁ…さすがに、疲れたね」

やや苛立った声。恐らくその矛先は謁見の予定を組み立てている宰相に向かってだろう。最近の謁見の多さには、貴族達が自分の娘を紹介したいが為のものがあるとわかっていて、宰相はその申し込みを受け入れているのだ。つまり宰相も、少なからずなまえ以外の妃を作る道に賛成という意味だ。

「お疲れでも、お食事はできるだけ召し上がってください陛下。倒れてしまいます」
「それはそうだが…あまり食欲がなくてね」

宗が目の前の椀に入った粥を微かに啜る。彼の食事はほとんど減っておらず、ただでさえ普段から少食気味なのに一層食が細くなっている。

「あまりお腹をからっぽのままにしても、体によくありませんよ」
「そうは言われても」

宗は困ったような顔をしたので、そうだ。となまえは自身の席を立ち、自身の椅子を彼の隣に持って行った。慌てたのは女官達、驚いたのは宗だ。

吃驚の周囲を放っておいて、なまえは宗の向かいから隣に回ってくると、そこで野菜の饅頭に手を伸ばす。わざと大きさを揃えずに割って、小さな方を彼に手渡した。

「はい陛下。どうぞ」
「あ、あぁ…」

あまりに突飛なことに驚いたのか、宗はそのまま饅頭を受け取り一口齧ると、ゆっくり咀嚼して飲み込んだ。

「羹はいかがですか?今日のは魚ですからあっさりしていますよ」

少しどうぞ。と小さな椀によそい直す。宗は無言で受け取ると、匙でそれを掬った。

「美味しいですね陛下」
「あぁ」
「はい、じゃあ次はどれにしますか?お肉少し召し上がれます?」
「そうだね…」

その日の王と王妃の食卓は、随分とゆっくりしたものになった。



「あ、みかくん」

食事を終えて先に私室に戻った宗を見送ってから、なまえはみかに声を掛けた。女官長が先日言っていたように、みかは手に盆のようなものを持っている。

「なんや、お妃さん。どないしたん?」
「あのね。女官長から聞いたんだけど、陛下最近寝る前にお香を焚いてるって」
「んあ、そうやで〜。よく眠れるお香を調合してもろて、それを焚いとるんや」

これな。と見せてきたのが盆の上に乗ったお香は、円錐形をした指先に乗るほど小さなものだった。摘まんで少し嗅いでみたものの、匂いは感じられない。

「火ぃ付けんと匂いせぇへんよ」
「どんな香りなのかしら…」

なまえはわざと興味深々めいたことを呟くと、彼の色の違う双眼をいたずらっぽく見つめた。

「ねぇみかくん。これ、私が陛下にお持ちしてもいいかしら?」
「へ?お妃さんが…?」
「も、勿論陛下が嫌がられたら戻ってくるわ。最近お疲れのようだから、私にも何か出来るかしらって…」

最後の方は恥ずかしくなって俯いてしまったが、みかは嬉々として香の焚き方を教えてくれた。

「お師さんもお妃さんが来てくれた方が喜ぶわぁ」
「そうだといいのだけど…ありがとうみかくん」

香の乗った盆を手にみかと別れると、なまえは宗の部屋へと向かうべく少し空気が冷たくなり始めている外に面した通路を歩いた。ふと、空を見れば雲に隠れぼんやりと霞む月が見えた。市井にいた頃の方が夜空を見上げる機会は多かったはずなのに、月がどう見えるかなんて気にした事なかった、けれど今の自分は宗に話す話題が一つ見つかった。と思うのだ。きっとそれは、夫である宗がどんなものを好むか知り始めているから。

宗は、静かな美しいものが好きだ。優美で可憐なものが好きだ。自分の芸術が理解できないものは俗物だと嫌悪する。争いが嫌いで、自分を守る為に人を傷つける事はせず、殻に閉じこもってしまう人だ。
優しい人だ。優しすぎる人、だと思う。

もっと知りたいと、思う。もっと知って欲しいとも、思った。


「陛下。なまえです。失礼致します」
「え、」
「失礼致しますね」

なまえが礼をしてから混乱している宗をそっちのけて部屋に入ると、宗は長椅子に身体を預けてぼんやりとしていたようであった。いつもきっちりきている王族服は既に脱ぎ、寝巻き姿である。それも彼自身の手作りなのか、意匠が凝っていて素晴らしい。

「ゆっくりお休みになれる香をお持ちしました」
「な、何故君が」
「あら、私陛下の妻ですもの。なんの問題もないでしょう」

しれっとそう言って、彼の座る長椅子の近くに香を一揃え置いた。みかに習った通りにてきぱきと香を香置きに固定し、そっと紙製のマッチを擦って火をつける。するとすぐに香から白い煙が立ち上った。少し甘い、花のような香りがする香である。

「あら、いい香りですね…花でしょうか」
「あぁ。ラベンダーという鎮静効果のある花の香、と聞いてるよ」
「ラベンダー…初めて聞く花です。どんな姿なんでしょうね」
「確か、薄い藤色をした花だと聞いている。香りがよく、香油にされる事が多いようだよ」
「へぇ…」

白く昇り立つ煙から香る柔らかい香りに、なまえは着てきた上衣の襟をぎゅ、と掴んだ。上衣の中には寝間着を着てきている。大胆な事をしてしまったと思ったけれど、自分は宗の妻だ。何も無礼なことではない。と思いながら香りを楽しむためかそっと目を閉じた宗が座る長椅子の隣に静かに座る。それに気が付いたのか宗が一度目を開けてこちらを見る気配がしたが、なまえも香りを楽しむように目を閉じてそんな宗を見ないふりをした。

すると、宗がおずおずと口を開いた。

「疲れてはいるのだが、いまいちよく眠れなくてね」
「そうなんですか…」
「あぁ。どうしても頭が休んだ気がしなくて…君にも不機嫌に接していたのなら、すまない」
「いいえ。そんな事はありません」

なまえは素直に首を横に振ると、宗が少しばかり安心したように小さく息を吐いた。自分に不快な思いをさせてしまったと心配していたのだろうか。と、いじらしさを感じてしまう。
なまえはふと、自分や妹たちが眠れない時はどんなことをしていただろうかと考える。街にある実家にはこんな高価そうな香なんてない。なまえは一度考えこんでから、するりと回答を見出した。

「陛下」
「なんだね」

なまえは宗を呼ぶと、長椅子から立ち上がり香を寝台の横に移した。

「なまえ…?」
「寝ましょう陛下。庶民が普段眠れない時どうしているか教えて差し上げます」

不可解な顔をして、宗が長椅子から立ち上がった。寝台近くに来たので、なまえはそっと上衣を脱ぐ。ぎょっとした宗をよそに、寝間着姿になったなまえは一度「失礼します」と深く礼をしてから寝台に上がった。王が眠る大きな寝台の真ん中まで這って行くと、なまえは足を崩して膝をぽんぽんと叩いた。

「はい陛下。ここへどうぞ」
「……!?」

案の定絶句しているので、なまえは更に無礼を重ねて王である宗を手招きして彼を呼ぶ。宗は怒りだすこともなく、何度か二の足を踏むように躊躇ってから寝台に上ってきた。彼の軽い生地の寝間着がふわりと動くたび寝台の近くに置いた香の煙が揺らいで寝台が香りで満たされていく。その空間が心地よくて、なまえは自分が眠たくなりそうな感覚をぐっと耐えて、戸惑っている宗ににこりと微笑んだ。

「陛下。頭ここに乗せて寝転んでください」

所謂膝枕だ。宗が混乱して動きを止めたので、彼の身体をそっと引いて寝転がせて、頭を膝の上に載せた。桃色の柔い髪が薄い寝間着越しに脚に触れるのが少しくすぐったい。落ち着かないのか、宗がもぞもぞと動くから余計である。そんな宗を柔らかい力で押し込めるように、なまえは寝転がった彼の肩の辺りをぽんぽんと優しく叩いてから、そっと子守唄を歌った。そう、無意識に。

「……っ、」

すると宗が肩を震わせているのに気が付いて、ようやくなまえはそこで自然に自身の口から漏れ出した子守唄で赤面した。そうだ。相手は自分の歌なんて聞き慣れた妹たちではなく、夫であり国王である宗だった。すっかりと最重要項目を忘れ去っており、頬が一気に熱くなった。

そう。女官長が頭を抱える程度には、なまえは歌が下手である。

「へ、へいか…どうぞ、大声で笑っていただいて構いません…」

恥ずかしくて消え入りそうな声でそう言えば、なまえの膝に頭を乗せたまま宗が国の象徴歌を歌い始めた。深く、ぴんと張ったような糸のような歌声が、王の部屋に響く。

「うわぁ…陛下、お上手…!!」
「そうかね…歌は嫌いではないよ」
「私はその、昔から歌が下手で…。今度王宮楽師に教えを頂くんです」
「ふむ、君が習いたいというならば止めないが、別に必要はないだろう」

そう宗に淡々と言われてなまえは小さく作り笑いを浮かべた。なぜ教養を身に着けようと思ったかという、根本に、宗がたどり着いてしまったのである。宗の頭を無意識にそっと撫でながら、なまえは呟いた。

「だって、私にも教養くらいありませんと。陛下に飽きられちゃったら嫌だなって…」
「そんなこと誰が言ったのかね」

不意に宗の声が鋭くなった。なまえが誰かに何か吹き込まれたのだと勘違いしたのだろう。なまえは慌ててそれを否定する

「あ、違います陛下。私自分で考えたんです。ほら、最近教養高いお嬢さんが……その…」
「あぁ…君にも知らされてしまっていたか。全く、不愉快なのだよ。そもそもこの国はもう後宮制度など二度と採用しないというのに」

苛立った声と共に、宗がまた身じろいだ。無意識の行動なのだろうか、寝心地のよい体勢を見つけたらしき膝の上に乗せた彼の頭が、にわかに重くなる。

「でもそもそもお妃様っていうのは教養がなくちゃって思ったんです。芸術の部分ならなんとかなるかしらって。でも歌が下手な事を歌うの久しぶりすぎて忘れていました」
「君の場合、歌いにくい音の領域があるだけな気がするのだがね」
「そうでしょうか?これから練習して上手くなってみせます。ちょうどいいわ。今のへたっぴだった私の歌、覚えていてくださいね」

なまえはそう笑うと、大きなあくびを一つした。宗の柔らかな髪を撫でていたらなまえの方が香に充てられてしまったのである。

「陛下。いかがですか。少し眠く…あれ、」

いつの間にか膝の上で細い寝息を立てている王に、なまえは何とも言えない気持ちを抱く。母性のような、恋のような、不思議な感覚。
あぁこれが愛おしいという感情なのかしら。と不意に泣きたくなりながら、大きな寝台の上、宗に布団を掛けた後、自分もその隣に潜り込んだのだった。


それ以降、王に謁見する臣下は減り、更に娘を連れてくる者はほとんどいなくなったという。王と王妃の仲睦まじさが女官や兵達の間で噂になったのが、最大の理由と言えよう。

「ノンッ!音程がずれた!声も腹から出せと何度言ったらわかるのかね!!」
「なぜ指南役が陛下になっているんですか!?」

こんな姿を女官達が目撃しているのも、恐らく理由の一つだろう。

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