恋縫捻克
「お妃様、陛下がお見舞いにいらしてます」
これで今日だけで3回目の見舞いである。私は寝台の上で身体を起こしたまま、陛下のお越しを告げた女官に「お通ししてください」と返事をする。するとすぐにいつもに増して眉間に皺の寄った宗王陛下が姿を現した。
「薬は効いてきたかね」
陛下が言う薬とは、先程医師が持ってきた痛み止めの事だろう。私はそういえば、と痛みが引いてきた脚をふと見ながら一つ頷いて返事をした。
「はい。今は痛みもほとんど感じません」
「足の具合を見ても?」
そんな事夫婦なのだから了承など取らなくていいのにと思いつつも、その辺りはきっと育ちの違いだ。私はまた返事をして自ら片足だけ見えるように布団を捲ると、陛下がおずおずと私の足を見た。包帯を静かに取って、くるぶしの辺りを見る。不自然に赤く腫れているそれを、陛下は涼しげな目をきつく細めてからそっと包帯を巻き直した。指先が冷たくて、熱を持った患部付近にとっては少し気持ちいい。
「まだ腫れは落ち着いていないのだから、痛みが引いてるのは薬の影響だろう。氷を女官に預けたからそれで冷やすのだよ」
「ありがとうございます陛下。申し訳ありません」
「君が謝る必要なんてない」
そう言った陛下は今度は眉を悲しそうに寄せたので、私はどちらかというと陛下の手を煩わせたことよりも、陛下を悲しませたことを謝りたかった。
それもこれも私が陛下と散歩中、つい足を滑らせて庭園の小さな階段を踏み外したせいである。あ、転ぶ。と思った瞬間横から確かな力強さで支えてもらったので無様にも地面に手をついて転ぶことはなかったけれど、見事に足を捻ってしまった。
痛みで捻った直後は動けなくて、でも陛下に心配させてはならないとなんとか立ち上がろうとした所を陛下が私を横抱きにして王宮を突っ切り、ほぼ担ぎ込む形で医官の元に駆け込んだのも記憶に新しい。「陛下おろしてください!」と叫ぶ私と、私を軽々抱えたまま「黙れ!」と叫ぶ陛下。王宮をこれでもかというほど賑わわせた後に、ただの捻挫であることがわかって逆に恥ずかしかった。
そして冒頭である。ただの捻挫なのに私は陛下から絶対安静を言い渡され、一日に何度も陛下は私の様子を見にきた。忙しいはずなのに合間を縫って時間を作っては、私が痛みで苦しんでいないかを確認しに来るのだ。これくらいの捻挫ならちょっと転べばよくある話だと私は思うけど、生まれた時から尊ばれるべき存在であった陛下にとっては一大事なのかもしれない。だから私は大袈裟だと笑う事はせずに、粛々と彼の手厚い看病を甘受しているのだ。
「陛下、そろそろおやつの時間ですし、少し食べていかれませんか?」
お見舞いに来てもらっている立場であるにも関わらずこう提案すれば、陛下は一度考え込むような仕草をしてから「まぁいいだろう」と呟いた。仕事もあるのに私が心配で更に忙しくしている陛下に、ゆっくり休む時間を過ごして欲しかった。
女官を呼んでおやつの用意を頼むと、女官は饅頭とお茶を二人分持ってきてくれた。私は寝台から降りようと身体をずらしたが、陛下が「ノンッ!」とそれを静止する。
「ですが陛下……」
陛下は寝台の近くに置いた椅子に座り、毒味済みの饅頭を女官から受け取るとそれを一つぱふっと割って、更に割って一口で食べられる大きさにすると、私の口元に持っていった。
「……え?」
「これなら寝台にこぼさずに済むだろう」
「で、でも」
「早く口を開けるのだよ」
言われるがまま口を開けると、饅頭の優しい甘さが口にそっと入ってきた。芋餡のそれは、私の好物である。
「おいひい、」
「口に入ってる時は話してはいけないよ」
おっといけない、と私は口を手を当てて頭を下げる。陛下は一応注意をしたけれど、大して気にしていないようだ。
そのまま饅頭一つを、陛下の手ずからゆっくりと食べた。昔の私ならきっと緊張して味なんてわからなかったかもしれないけれど、今なら彼の優しさごとしっかり味わうことが出来る。牛歩ながら、前に進めているようだ。
「ご馳走様でした陛下。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「構わないよ」
陛下も自分の分の饅頭を食べ終えると、また悲しそうに眉を下げながら私を見た。何かと思ったらそろそろ仕事に戻る時間らしい。
「何かあったらすぐ僕を呼ぶよう言ってある。些細な事でも呼ぶように」
そう言って席を立つ陛下の服の袖を、私はそっと握った。不意の事だったからか驚いたように目を丸くした陛下が、少し可愛らしく見える。
「陛下。私大丈夫です。このくらいなら何ともありませんから、そんなに心配しないでくださいませ」
「フン、心配など……」
「してるではないですか。私にはわかりますよ」
恥ずかしくなってそう言ってから照れ隠しに笑えば、陛下は今度は困ったように、でも頬を緩めながら私の頬を指の腹で擦るように撫でた。くすぐったくて身体を捩ると少し陛下がホッとした顔をする。
「次いらっしゃるのは、陛下のお手が完全に空いた時にしてくださいませ。夕餉の時間でも、寝る前でも、明日でも」
「……側にいたのに、怪我をさせてすまなかった」
すると突然陛下が謝ったので、私はびっくりして目を見開いた。まさか謝られるとは思わなくて、私はブンブンと首を横に振る。
「そんな!私の不注意です!陛下が謝ってはいけません!」
「あんなに近くにいたのに君を守れなかった事が、僕は悔しいのだよ」
確かに近くにはいてくれたけど、どう考えても予期せぬ事態だ。私は冷たい指先をしている陛下の手を握ってこう伝えた。
「陛下、大丈夫ですよ。私見た目通り頑丈に出来てますので。ちょっと足を捻るくらいなんでもありません」
ね?と念を押せば、陛下は少し笑って「そうだったね」と手を握り返してくれた。それだけで私は怪我した事などすっかり忘れてしまうのだ。
数日後私の足はみるみる回復し、すぐにまたチョロチョロと動けるようになったので、陛下はそんな私を心配そうに見ながらまた眉間に皺を寄せていた。
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