恋縫生華
この国の王の生誕祭は、他所よりも静かである。至極簡単な式典を行い、国の重鎮や貴族が王と王妃に祝いの言葉を伝え、広場に集まった民たちに軽く手を振り終わる。公式行事はこんなもので、あとは民たちは王の生誕にかこつけてお酒を飲み歌って踊る。その街の賑わいの気配だけを王宮で感じ取りながら、あとはゆっくりするのが慣例なのだ。
「まぁ!これみかくんからの贈り物ですか?!すごい……!」
その日、祝いにと宗の側仕えであるみかが宗に贈ったのは、刺繍の細かな帯だった。華やかな色使いに彼の個性が出ていて、宗は「及第点だね」とやや塩辛い評価を下したが、優しく微笑む表情を見る限りとても気に入ったようだった。
式典を終えた王宮は至って静かなもので、空気は普段と変わりない。晩餐は王の為に豪勢なものになるだろうが、おやつは王妃が作った焼き菓子である。至って普通の日常を王は好むのだ。
「まぁ、こういう色使いは独特で良いのではないかね。僕にはない感覚だ」
「これでしたら上衣は濃紺一色とかでも素敵ですね。いっそ黒でも」
「そうだね。せっかくもらったのだから、今度つけてみるよ」
もらった帯を丁重に箱に戻した宗は、王妃が入れたお茶を一口飲んだ。一瞬目を見開いて、王妃を見る。
「桂皮かね?」
「はい。さすが陛下!」
今日のお茶には東方から取り寄せた香料を入れてみたのだ。血の巡りを良くして、体の冷えを取り除く効果があるという。お茶やお菓子に合うというので入れてみたら非常に口に合った。宗も好きだろうと思ったら、案の定だったようで王妃は胸を撫で下ろす。
「美味しいよ」
「よかった。私もこれ好きなんです。くせになる味ですよね」
「好きならまた取り寄せておきたまえ」
「はい」
砂糖漬けの生姜にまぶすのも美味しいらしいですよ、と王妃が言うと宗は「では今度作ってくれるかね?」と言ってくれるので、王妃は笑顔で頷いた。宗に何か頼まれる事が、王妃にとっては嬉しい事この上ない。
焼き菓子とお茶でしばし談笑した後、王妃は緊張からか少し硬い声で宗に声をかける。
「あ、あの陛下」
「なんだね」
「実は私も……贈り物がございまして」
そう呟くように言うと、宗は目を見開いた。
「用意してくれたのか?」
「えぇその、すみません……」
「なぜ謝る」
なぜかモジモジとしている王妃とは裏腹に、宗は感動で思わず涙ぐみそうになった。なにせ、去年の誕生日の時は王妃とはほとんど会話すらできておらず、散々な関係だったのだ。そんな状態では生誕を祝ってもらうどころか、誕生日すら伝えることは出来なかった。宗が街で一目惚れをしてしまったがゆえにほとんど軟禁状態で入宮してきた王妃に後ろめたくて、手作りの衣を無言で贈り、それを否定され続けるすれ違いの日々だったのだ。
なのに今年はこうしておやつの時間に彼女が作った焼き菓子を食べ、彼女の好きな香料が入ったお茶を飲み、贈り物までもらえると言う。段々と王妃としての気品が身につき始めているが、まだ庶民の影が拭えない所が非常に愛らしい彼女からの贈り物を宗が喜ばないはずがない。
「あの、でも、うう……」
「いいから早く見せたまえよ」
期待が募り、つい急かすように言うと、王妃は一つの小箱に入った耳飾りを出した。紅玉と金の装飾が美しいそれは、職人が作ったものだろう。繊細な飾りが揺れて、髪の短い宗が付けるとよく映えそうである、
「まずこれは王妃としての私から、陛下に。腕利きの職人に作っていただきました」
「ほう、美しいね」
「これは自信あります!何度も打ち合わをして作っていただいたものなんですよ。是非陛下のお側に侍らせてあげてくださいね」
「気に入ったよ。ありがとう、と言っておく」
「はい!よかった」
すると王妃は口籠もりながら「それから……これも」と呟いて、小さな箱を取り出した。布貼りの箱で、刺繍が彩られたそれは小物入れのようだった。宗の好きな花を象った刺繍は、金糸と緋色の糸で丁寧に作られている。
「これは、」
「はい。これは……妻である私から、旦那さまである宗さんに。お誕生日おめでとうございます。私を妻にしてくださりありがとうございます」
「……」
一瞬緩みそうになった涙腺を、宗はなんとか締めた。今日は感傷的になっていけない。と己を奮い立たせる。
「これね、宗さんの大事なものを仕舞っていただけると嬉しいなって思って。あと、ほら」
王妃は恐る恐る袂から宗に贈ったものとは色違いの、銀糸と藍色で作られた箱を取り出した。
「これは私のなんです。お揃いで持ちたくて作ってしまいました。その、拙いものですみません。もしお気に召さなければ捨ててくださっても」
「……これに、君を仕舞っておきたい」
「へっ?」
大事なものを仕舞ってほしいと言われたのでついそうこぼすと、王妃は一瞬何のことだかわからなかったようだが後から朗らかに笑った。
「私はそれには入りませんから……そうですね、王宮という宝石箱にずっと仕舞っておいていただけますか?」
それで十分です。と笑う王妃に、宗は思わず彼女を抱きしめる為に席を立ち、卓の向かいに座る彼女へと駆け寄った。
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