アクアリウム・ファンサービス

「だ、誰だこれ…」

思わず声に出せば、レオ君は不服だとばかりに口を尖らせて抗議した。否、はっきりと声に出して「不服だ!」と伝えてきた。ごめん。と、一度謝ってからもう一度『それ』を見るけれど、どう見ても目の前で頬を膨らませている人物とは同じ人間には見えない。いや、顔は紛れもなくレオ君なのだが、背負うオーラが違いすぎる。

きっかけは、いつものようにレオ君の家に遊びに行った所から始まった。インターフォンを押しても全然出てくる気配がなかったので仕方なしに合い鍵で家へと入れば、レオ君はテレビにかじりつくように座り込んでいた。一体今度は何に集中しちゃってんだと思えばどうやら彼が学生の頃に出演していたライブ映像のようで、テレビラックの棚をひっくり返したかのように周囲にディスクの山を作りながら食い入るようにその映像を見つめては何かメモを取り、そのまま机に向かい始めたので邪魔にならないよう部屋の隅っこで昼寝をしながら彼を待った。
それから一時間後に私の存在に気が付いたようで部屋の隅で倒れる(眠りこける)私に大層驚いていたが、今更も今更である。

過去のライブ映像で何かを掴んだらしい彼のお仕事はすっかり納期に間に合ったらしく、私が言い出した「私もライブ映像見たい」という願望を叶えてくれる事にはなったものの、いざ見てみれば「誰だこれ」という感想しか浮かばないのである。

「おれだろおれ!ていうかなまえってKnights一回も見たことないの!?それはそれでショックだっていうかびっくりだな!わはは」

「ご、ごめん…高校生の頃はちょっと…とあるバンドに全身全霊を注いでたから」

高校生の頃にどっぷりとハマっていたバンドの曲以外、ほとんど音楽シーンという物に目を向けていなかった私のお音楽面に関する視野は驚くほど狭い。今はレンタルDVDショップでアルバイトをしているから色んなアーティストのCDジャケットを見る機会もあるし、店内でしきりに流れるランキング上位の曲も覚えたけれどその大好きだったバンドがあえなく解散するまで、私はほぼ100%そのバンドの曲しか聞いていなかったのだ。そんな私だからもちろん男性アイドルなど一ミリもわからない上に、正直興味などなかった。
何の運命か今はかつてアイドルだった人が彼氏だが、素の彼が驚くほど元アイドルの片鱗を見せないのであまり実感が湧かない。私の中のレオ君は、アイドルというよりもどちらかと言えば作曲しか頭にないクレイジーである。

「え、初耳だぞそれ。なんてバンド…」
「ちょっと待って今の曲よかった。もっかい見たい」

何か言い掛けてたレオ君を食い気味に押し込んで、私はリモコンを手に一度「早戻し」を押す。サクサクと戻っていく映像をとある部分で止めて、また再生をするとテレビ画面の中には騎士を模したかっこいいアイドル衣装を着ている男の子五人が、大勢のファンの前で歌って踊って会場を盛り上げていた。

きらきらと眩しい笑顔と弾けるウインクが視線をぐっと引きつける。万華鏡のように変わるフォーメーションは一糸も乱れぬ美しさで、歌声も極上である。

「うっわ…今のウインクよくカメラ抜いたなー。この子だれだっけ?」

「リッツ」

「そうだリッツ君だリッツ君」

「…その隣で踊ってんのおれだよ」

「わかってるってば」

リッツ君てなんか色っぽいよねぇと言いながらもセンターポジションで一際シャープに踊る橙色の髪の男の子をじっと見れば、今よりもほんの少しだけ幼さが残るものの間違いなくレオ君そのものである。アイドルは愛をばらまく職業とはよく言ったもので、歌の合間やMCで彼らはとことん観客達に愛を囁いたり、ウインクや投げキスを惜しげもなく振る舞っていた。なんというか、愛が飽和している。

「私アイドルのライブって行ったことないんだけど、こんなにファンの熱い期待に応えてくれんの?」

「Knightsはファンサに沢山応えるユニットだから」

「へぇ…まぁでも、ファンにとっては嬉しいよねこれ」

なんかメンバー達がキャッキャと仲良くしているのすらファンサービスに思えてくる。というか、確実にリッツ君はわざとやっていそうだ。そういう所になんとなく色気を感じるのだろう。

「この子かわいいいなぁ初々しい感じで。えーっと、スオー君」

「かわいいって、そりゃこの映像の時は一年生だからかわいいけど、実際は年二つしか離れてないからな」

「はいはい。この二人もなんか迫力あるよね。カメラ慣れしてるっていうか、よく雑誌出てるよね?えーっと…あ、瀬名泉君だ。あと鳴上嵐君」

「うん…」

「へー」

私がレオ君と出会ったのが、彼がアイドルではなく作曲家として進むと決めた後だったから、ファンの女の子達に向かって投げキスを送ったり「お姫様」などと呼ぶ彼が新鮮で仕方ないし、お仕事とはいえこんな甘い台詞を惜しげもなく出しまくる人なのか…と、なんか変な感じがして居心地が悪い。

私の知ってるレオ君は普段からよく喋る方だがここぞという時の言葉が少ない分、少しわかりにくい人というイメージである。そのせいで喧嘩もするし。

「へーじゃないってば!おれは!?おれへの感想ないの?!」

「うわっびっくりした。急におっきい声出さないでよ」

急に人の耳元で叫ぶ、納期終えたばっかりで若干へろへろな隣の人と、かっこいい衣装を着てキレッキレのダンスを踊る画面の向こうの人物を同一視しろだなんて、なかなか酷な事を言ってくるものである。

「だって、なまえがみんなの事ばっかり見るから…いや、わかる!おれのKnightsはいつだって最高だ!だからわかる!!わかるけど!!なんか悔しい!!」

「あはは」

「笑うなっ!おれは真剣なんだぞ!真剣な人間を笑うなんてたとえ神が許してもおれが許さない!芸術家はいつだって生前は道化として笑われてきたけどあいつらだって何も願って笑われてきたわけじゃないんだぞ!!もちろんおれもだ!わかるっ?!」

ぐいぐいと迫ってくるレオ君に「ごめんごめん」と言いながら改めて画面の向こうの彼に視線を移せば、つり目なのも相まって元々キリッとした表情が似合うというのに、女の子達の歓声を受けてより男らしく見える。素人目中の素人目、加えて贔屓目も混ざるが正直グループの中で一番ダンスが上手い、ように目に映ってしまって、正直恥ずかしいのと、それから少し寂しいのだ。

レオ君が知らない私もまだまだ沢山いるのだけれど、私が知らないレオ君をこんなに沢山の女の子達が知っていたのだなぁと思うと、何故かすごく悔しくて、うっかり色々と誤魔化したくなってしまったのである。

「そりゃ、歌はそんなに得意じゃないし背だってナルとかに隣に来られちゃうと低いのばれちゃうし…スオーにだってこの前身長抜かされてたけど…」

彼の感情線はいつだってジェットコースターだ。急に上がっては急に落ち込んで、こちらが慌てている間にすっかり笑顔を取り戻している。
けれどそんな所が、私が彼から目が離せない理由の一つなことをきっとレオ君は知らないのだろう。

「おれはもうアイドルじゃないけど、おまえにかっこいいって言われるのが一番嬉しいんだよ」

ほら、急に懐に潜り込んでくるような事を言う。画面の向こうでは騎士を演じて恭しく礼をしているレオ君の現在の姿をかつてのファンの子はきっと知らないのだろう。そんな所に優越感を感じる私はきっと、意地の悪い女である。が、改善しようなんて微塵も思わない。

「かっこいいよレオ君は」

「へ?」

さて、画面の向こうで大量のファンサービスをしていた彼に、今日くらいは私もファンサービスをしてみてもいいだろう。と、ちょっと変なテンションになった私は彼の手を取って指先にキスをしてみた。そのままじっと、黄緑色の綺麗な瞳を見つめてみる。

「アイドルのあなたもかっこいいけど、今こうして私の隣にいてくれるレオ君はもっとかっこいいよ。これからも沢山、私だけにかっこいい所見せてね」

このテンションのまま言ってしまえ!とばかりに「大好きです」と、普段思っていることをありのまま伝えてみれば、不意を突かれたのか顔を真っ赤にしてうろたえるレオ君がいた。さっきまで驚きの早さで回っていた舌はもつれたのかと思うほど「あ、ああ、あの、」なんて日本語として成立しないことばかり吐き出すし、キスをするために握った彼の手はだんだんと汗ばんでいる。画面の向こうでは未だ「愛してるぞ〜お姫様たち!」なんて甘すぎるファンサービスが絶えないというのに、目の前のサービスには耐え切れていないのが少し面白い。
しかし私のこれはファンサービスでもなんでもなく、ただ恋人を口説いているだけだから、仕方ないのかもしれないけれど。

「おれも、なまえのこと大すき」

やがて小さな声で返ってきた愛の言葉と、先ほどの狼狽えっぷりからは想像も出来ない力で押し倒してきた強引さに、あっという間にひっくり返された私はただただ彼以上に狼狽えるしかないのだった。




「でさ、おまえが高校の頃ハマってたバンドってなんて名前?おれが知ってるグループ?」

「…大丈夫だよV系とかヘビメタとかそういうコアな感じじゃないし…ちょっと出演するラジオは欠かさず聞いてたとか、ボーカルが連載してたコラムの為に雑誌毎月買ってたとか、新曲出たら初回限定版と通常版買うってくらいのライトなファンだったから…」

「ライトじゃないじゃん!!なにそれ!!」

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