三話

「結婚生活はどうだあ?」

 気の抜けそうな質問に隣にいる男を軽く睨んでやると、斑は珍しくも毒気のない顔でこはくを見ていた。特に悪意のない質問なのだろうが、どうにもこの男が何か投げかけてくるとその裏側に何百もの罠がありそうな気がしてしまう。

「まあ、ぼちぼち」

 無難な返事をして、こはくは服の襟元を少し緩めた。湿気がじっとりと篭る場所で、詰襟はやはり苦しい。

「お嫁さん、綺麗な人だったなあ。式の最中も静かに目を伏せてて、楚々とした感じで」
「よう見とるな」
「祝言に行ったら見るのは花嫁と花婿だろう?」

 その通りなので、こはくは一瞬閉口するが、斑の勘違いを無意識に払拭しようと口を開いた。

「式の時は衣装の締め付けが苦しくて、喋られへんかったんやて」
「んん?」
「よく笑うしちょこまか動くし、なんやぴよぴよしたお人や」
「ぴよぴよ」

 斑が復唱してから目を丸くしたが、今のところこはくの中で彼女の印象に最もしっくりくるのがこの言葉なので、特に訂正はしない。

「そうかあ。やはり人って一度見ただけではよくわからないなあ。今度こはくさんのお家に食事のお呼ばれでもしようか」
「なんでぬしが提案しといて呼ばれる側やねん」

 手袋が汚れたので、その辺に転がっている手近な布で拭く。空気が悪い。早く新鮮な空気を吸いたいが、この空気も体に馴染むと言えば馴染むのだ。嫁には絶対に吸わせたくない空気ではあるが。

「べつにうちでもいいぞ。俺の奥さんも料理上手だしなあ」
「斑はんの嫁はん……どんな感じのお人なん?」

 小刀を持ち替えて、目前の標的の急所一点を狙う。呻き声を上げる間も無く、男は絶命した。

「んん?まぁ、出来た人だなあ。昔から決まっていた縁でそのままもらっただけだが」
「……さよけ」

 斑の言い方がなんとなく引っかかったが、あまり深く聞かない方がいいような気がした。こはくは結果的にぴよぴよとしたかわいい嫁に来てもらえたが、斑の場合も家などとのしがらみがあれこれとある上での結婚なのかもしれないからだ。

 よくある話ではあるので、同情もしないし詮索もしないのが一番である。

「向こうには多分、他に好きな人がいたみたいなんだがなあ」

 こはくの背後で小爆発でも起きたかのような打撃音が聞こえた。得物を使えばいいのに、斑が苛立ちを標的にぶつけたのだろう。少し珍しいが、こはくは黙って自分に振り下ろされている刀を白刃で受けて、そのまま手を捻り折った。相手が怯んだ好きに、折れた刀をそのまま相手の肩に突き刺してやる。断末魔で、一度会話が途切れた。

「…………嫁はんは、暗い顔してるんか?」
「そんな事はないなあ。よく出来た人だから、きちんと家を守ってくれている」
「なら、その生活守ってやるんが道理ってもんなんやない?」
「破顔一笑!こはくさんの方が俺よりずっと良い旦那だなあ!あっはっは!」

 斑が思い切り回し蹴りした相手が、こはくの背後から吹っ飛んできた。そのまま壁に激しくぶつかり、二度と起き上がってこなくなる。
 これでようやく全員の始末が終わった。こはくは一つ息を吐いて、背後にいる斑を見た。ほとんど息を乱さずに死んだふりをしている敵がいないかを綿密に調べている。

「ひい、ふう、みぃ……全員だな」
「せやな。仕舞いじゃ」

 後から特殊な班が死体処理をしにくるだろうからと、そのまま二人はその場を離れる。大した返り血は付いていないが、こはくの嫁はこはくをたっぷり労いながら丁寧に血の染み抜きをしてくれるだろう。

「軍への報告は俺がやっておくからこはくさんは帰っていいぞお」

 お嫁さんが待ってるだろう。と付け加えられたので、こはくは斑の嫁の代わりにムッと顔をしかめた。

「斑はんの嫁はんかて、そうなんやないん?」
「……どうだろうなあ。俺にはわからない」
「なんでわからんくせに勝手に決めつけとるんじゃ。そういうのが迷惑な話っちこと、気づかんかい」

 報告はわしがやっておく。とこはくは踵を返す。斑が少し困っている顔をしていたのを無視して、軍用の車に乗り込むと軍本部を目指した。
 ぴよぴよした嫁は恐らく健気にこはくを待っているだろうが、仕事への理解も深い。早く帰りたいのは本心だけれど帰る家に自分を待っていてくれる人がいる幸福感を斑も純粋に知ればいいのだと、こはくは滅多に焼かないお節介を焼いてみたりするのである。

 ほぼ確実に、嫁の影響だろう。

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