八話

「なんや、ぬしはんはそないに余裕あるっち、言うんか」

 拗ねたように唇を尖らせたこはくさまの表情はまるで拗ねた子どものように可愛らしいのに、布団の上で私に跨る姿はおよそ子どもの行動とは言えなくて、私は一人心の臓の動きをはくはくと早めながら、なにやら大層な勘違いをされている彼の骨張った指が近付いてくるのを待つだけなのである。

夫婦なのですから、当然でございます。いずれは桜河を継ぐ子どもを作るのも私とこはくさまのお役目であり、縁談を組んだ最大の理由でもあるのですから。

 それをきちんと理解していても、行動が一緒くたになるのは到底難しい話で、私たちはきっと、夫婦にしては床での交わりが少ない方なのだと思っておりました。でもこはくさまはまだお若いし、私も子どもを産む年齢には達しているものの、そこまで急ぐ歳ではない。何より暫くは二人の生活を楽しむのも乙じゃと話すこはくさまとの時間を大切にしたくて、本格的な子作りには至ってないのが私たち、桜河夫婦の現状だったのです。

「あ、こはくさま、待って待って」
「ええで。いくらでも待ったる」
「えぇっと、そのう……」
「ほら、待ったるから早よ心の準備せぇ」

 私の浴衣の襟元から手を入れ、今まさに指を這わせんばかりのこはくさまは、そこでぴたりと動きを止める。本当に待ってくださっているのだろうけれど、私が発した「待って」は、そこでそのまま待たれても困るのだ。

 私はちらと、こはくさまを見る。普段の床の上ではどこまでも誠実な彼にしては早急で、焦るような動きはきっと、お仕事帰りに飲まれてきたお酒のせいだろう。どれだけ飲んでも酔わないように訓練しているこはくさまがこんなに酔っているという事は、お酒の席の相手は間違いなく同僚であり相棒の三毛縞さまだ。お互いに訓練しているからこそ、本格的に酔うのはかなりの時間とお酒の量が必要だったはずである。

 嗚呼きっと三毛縞さまのお家でも、奥さまが苦労なさっているのではと勝手に思考を飛ばしてると、不意に視界にやはり拗ねたような顔のこはくさまが入り込んできた。

「なんで、上の空やねん。……嫌やった?」

 そこでようやく、私は私の上に跨がるこはくさまの存在を思い出した。ついでに彼の指が埋まる自身の胸元のことも思い出して、ハッと息を呑む。

「あの、すみませんこはくさま」
「この状況で謝るっち、わしには酷じゃ。なぁ、今夜はあかんの?」

 私は上の空だったことを謝ったのだけれど、こはくさまは違う風に捉えたようだった。指が這っている私の胸元を、指を曲げるように撫でたこはくさまが私から手を離そうとしているのに気がついて、私は思わずその手首を掴んだ。その勢いで、彼の指が私の胸を思い切り掴む。

「きゃっ痛っ!ちがいます!」
「なっ、なんや、急に手首掴むなや」

 いつまで経っても色気のある行動が出来ない自分を恥じつつ、枕元のランプ一つが灯る薄明るい部屋で、彼の藤色の瞳を見つめた。ランプの橙の光が、こはくさまの瞳を柔い飴色に変えるのが美しくて見つめれば、少し恥ずかしそうに彼が視線を外す。その拍子に、私の辛うじて肩で引っ掛かっていた浴衣がパサリと音を立てて布団に落ちた。春の暖かな空気の中、それよりも熱いこはくさまの吐息が肌に触れて、私も思わず息を漏らす。
 無言の時間が、部屋の空気の密度をより濃くしていく気がした。

「なぁなぁ、……もうえぇ?」
「えっと、」
「わしじゃって、男じゃ。こんな妻の姿を前に、我慢出来ん」

 普段は年下であることを気にして、おねだりするような言葉を絶対言わないこはくさまは、お酒の力を借りた上での床の上ではどこまでもおねだり上手だった。私の上にどっかりと乗っているのに甘えたような声と瞳には、はしたなくも、私だって我慢が効かないのです。

「お好きにしてくださいませ」

 そっと、両腕を彼の背に回すようにすると、ぐっと距離が近づいた。経験が少ない私に余裕があるなんて私自身も到底思えないけれど、甘えている愛おしい旦那さまを可愛がりたくなるのは、きっと私の、女性としての本分なのでしょう。

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