アクアリウムに雷
母がたまには実家でも料理を作りなさいと言うので渋々作ったハンバーグが思ったより好評だったので少し機嫌の良かった私のスマホに、突如見慣れないアイコンの人からメッセージが届いた。
『こんちは〜俺のこと覚えてる?』
そこには以前セナさんと一緒にいた、リッツさんからのメッセージ。あの時一応、と言った程度に連絡先を交換しておいたのだが、まさかメッセージが来るとは思わなかった。
『リッツさんですよね。勿論覚えてますよ〜お久しぶりです』
『そうそう俺だよ〜』
俺俺詐欺のようだ。
『突然で悪いんだけど、月ぴ〜の事でちょっと相談したい事があるから明日時間作れない?忙しければ予定を融通するから空いている日を教えて〜』
ん?と私は首を傾げる。一体なんの用事だろうか。しかも内容はレオくんについて、らしい。全く検討もつかない。しかも時間を融通すると言っているということはなるべく明日話がしたいのだろう。きっとリッツさんの方が多忙なのに譲歩してくれているのだろうから、私が予定を空っぽにすべきだ、と本当は半日バイトに入っていたが先輩にお願いして日にちを交換してもらってから、私は返信をした。
『わかりました。明日ならいつでも大丈夫です。』
『ほんと?助かる〜。じゃあ昼の十二時にこの前のカフェに来てね』
私は了解。のスタンプをぽこんと押す。するとリッツさんからもよろしく!というぶさかわいい猫のスタンプが送られてきた。男の人が使うにしてはなんか可愛いスタンプだ。
一体なんの用事だろうかと嫌な予感を巡らせながら私はベッドにぽい、とスマホを投げ、明日何を着ていこうかを少し悩んでいるうちにもう一度スマホがメッセージの着信を知らせた。リッツさんだ。
『そうだ』『明日の事、まだ月ぴ〜には言わないでね』
「……?」
元々言う気はあまりなかったが、向こうから念を押してくるなんて本当に何の用事なのだろう。私はますます嫌な予感を感じ取りながら、その日はまた短納期の仕事に追われているレオくんにおやすみの挨拶だけして眠ったのである。
次の日、以前レオくんに約束を忘れ去られた時にセナさんが呼んでくれたカフェに行くと、半分ほどしか目の開いてないリッツさんと、それを支えるようにしている背の大きな男の人が私を待ちかまえていた。私はリッツさんだけかと思っていたので、少し目を丸くする。けれどよく見ればテレビや雑誌で見たことがある顔だった。勿論レオくんからも名前を聞いたことがある。確か、
「鳴上嵐さんですよね?」
「あらァ、アタシの事知ってるなんて嬉しいわァ!初めましてなまえちゃん」
「こちら、ナッちゃんで〜す…。月ぴ〜はナルって呼んでるかも」
「そうですね。よろしくお願いします」
「よかったら名前じゃない方で呼んでくれると嬉しいわ。お姉ちゃんでもいいわよ!」
そうは言われても私の方が年上だった気がする。なので大人しく彼氏に従ってナルさんと呼ぶことにした。
テーブルに着いてランチセットを頼み終えてから、今回召集を掛けたリッツさんをチラッと見てどうして召集を掛けたのか教えて欲しいものだったが、リッツさんは眠たいのか、もはや半分ほど眠っている状態である。確か、昼間は眠くなってしまう体質だと聞いていたが本当なのか…と謎の感心をしてしまった。
「もう、凛月ちゃん起きて!…と言いたい所だけど、なまえちゃんと繋いでくれただけで十分よ。相談っていうのはアタシからなの。でもアタシはなまえちゃんの連絡先を知らなかったから、凛月ちゃんに繋いでもらったのよ」
「そうだったんですか…」
テレビで見るとおり、ナルさんは気さくで話やすそうで私は少しホッとする。そのままのんびりとした口調で私は本題に入った。
「それで、レオくんがどうかしましたか?」
「あぁ、そうなのよ、ちょっとなまえちゃんの方で叱ってやってくれないかしらァ?」
「えっ?」
ナルさんの話をまとめるとこうだ。
要は彼の口癖がいけなかった。レオくんは男女問わず「ありがとう!」の後に「愛してるよ!」と言いがちで、それこそ付き合って彼との捻れが解消するまでは私も彼のその軽い愛の台詞に疑心しか感じていなかった。けれどようやく本心が分かって、心の底から安心したのは私だけだったようだ。
レオくんはたとえアイドルをやめて作曲家という裏方に回ったと言ってもアイドルに引けを取らない顔面な上に、ぱっと見人なつっこい。かと思えばお兄ちゃん気質な部分もあるので何かミスをしてしまった女性スタッフをフォローすることも勿論あるという。そんな中、レオくんのそんな口癖を知らない女性スタッフやレオくんに曲を提供される側の女の子がレオくんに恋してしまうことも少なくない上に、そういった相談は大抵元同じグループだったよしみなのを調べ上げた女性から、ナルさんの方へ行ってしまうというのだ。
「あ、あぁ〜…」
なぜだかものすごく納得してしまった。レオくんがあのいい笑顔で「いいぞ!愛してるよっ」と言うのも想像出来るし、ナルさんは恋愛相談に大層親身になってくれそうだ。
「もう王さまはアイドルじゃないし、アタシもあの人彼女いるわよって毎回言うんだけど…ほら、自分に自信がある子だとなかなか引いてくれないのよねェ」
「う…っ、ご迷惑をお掛けします…」
「いいのよォ。悪いのは王さまだし、なんならこんな相談を彼女のアナタにしちゃうのも悪いなとは思ったのよ。でも王さまったらアタシ達が言ったことあんまり覚えててくれないし…」
もう、とナルさんがため息を吐いた所で、リッツさんがぱちりと目を開けてから「ふふ〜ん」と笑った。
「でもこの前、なまえちゃんの言うことは聞いてたっていうか、嫌われたら生きてけないって超へこんでたから、もしかしたらアンタの言うことなら聞くかなって思ったの」
「な、なるほど…」
私が来るまでにそんな話をしていたのか、と恥ずかしくなる反面、少しだけ顔がにやけてしまう。愛されるのはやはり嬉しいものだ。
「顔にやけてるわよォ」
「あっ、すみません」
「でも本当に、王さまその内ちょっと大変な子に好かれちゃいそうで心配なのよ。アタシも正直面倒になってきたし…ちょっとなまえちゃんから言ってもらえるかしら?」
「ご迷惑かけてすみません…でも一個聞いてもいいですか」
「安心して、浮気は絶対ないわ。だってアタシ達毎回会う度にナチュラルにノロケられるから」
「そ、それもやだ…」
「本人ノロケてる自覚無いから厄介だよねぇ…。セッちゃんがちゃんとご飯食べてんの?とか聞くとなまえが作った野菜炒め食べた!とか言ってるから」
「女子力ないメニューをチョイスして言わないで欲しいなぁ…」
もうKnightsの皆さんにこっちの事情が知られているのが恥ずかしくて仕方ない。あと申し訳なさでいっぱいだ。これはお二人の為にも私の為にも奴にがつんと言わなければならない。
実際、もしかしたら芸能界なんて煌びやかな世界で私なんかよりも好みの女の子を見つけてしまうかもしれなくて、そうなったら私だって生きていけるかもうわからないのだ。ならばキッチリ釘を刺して、手綱を引いておかなくては。
「とにかく話はわかりました。愛してるよ禁止令と、あと浮気すんなって釘刺しときます」
「…アタシ達が言っといてなんだけど、ほどほどにね…」
多分王さまアナタに嫌われたら病んじゃうわよ。なんて言いながら、運ばれてきたランチを食べる。食べる仕草まで可愛いナルさんに感心しつつ私もパスタをくるくる巻いて口に放り込んだ。
「え〜、いいよ。俺はなまえちゃんの気持ちわかるよ。ま〜くんもす〜ぐあちこちに首突っ込んじゃって俺のことないがしろにしてばっかりなんだから。たまにはきっちり言い聞かせておいた方がいいよねぇ」
「?はい」
「わかる〜。俺たち良い友達になれそう…」
ふふ、と妖しく笑うリッツさん。その紅い目をすっと細めるのが色っぽくて、思わずドキッとしてしまう。勿論私だってレオくん一筋だが、こうやって顔の綺麗な人に綺麗な表情をされたりもったいぶるような事を言われたらドキッとする、というよりも反射的にときめいてしまう事もある。
でもそれは一時的なものだし、永久的に続く感情なんかじゃない。恋の感情なんて全くない、いわば無意識のものだ。テレビの前の芸能人がかっこいいと思う感情とほとんど同じである。
レオくんはきっと無意識にその感情を女の子達に『越えさせて』しまったのだろう。
しかし無意識であろうとなんだろうと女の子をその気にさせてしまったというのなら、無責任な発言を飛ばすレオくんが悪い。ここはきちんとお灸を据えてやらねばと、今回の事を相談してくれた事に関してナルさんとリッツさんに礼を言ってその場は解散となったのだった。
「…というわけで釘を刺しに来た」
決して善ではないが善は急げ。というか私の気が落ち着かないから、私は早速レオくんに連絡を取り、その日に彼に会いにマンションを訪れた。一応今から家に行ってもいいか、と事前に連絡を入れたらちょうど納品を終えたタイミングだったらしくて喜んでくれたのはいいけれど、今の私は完全にレオくんお叱りモードだ。残念ながら彼には喜びより先に反省してもらう。
「釘?どこに刺すんだ?」
「そりゃ、レオくんにでしょ」
「おれに?」
「そう」
「なんで?」
そりゃあ気が付いていないだろう。と許容範囲内の彼のリアクションに一つため息を吐く。これはゆっくり話して聞かせるべきかと、私はリビングのローテーブルにきっちり座った。ここでレオくんはようやく何かを察して私の向かいではなく隣に座ってくる。彼のつり目がちな萌黄の目が真剣になったのは真面目に話を聞いてくれる合図だ。私も彼をきちんと知ることによって、ようやくその表情を知ることができた。
「えっとさ…単刀直入に言うけど」
「うん」
「浮気、してない?」
「えっっ!!??」
私の言葉があまりに予想外だったのだろう。驚いたあまり前のめりになったレオくんと頭がぶつかった。ゴン、といい音がして私の視界にチラチラと星が飛ぶ。
「い、いた〜い!!」
「わ!ごめん!」
レオくんの石頭!と叫べば、大丈夫かと焦ったように言いながらよしよしと頭を撫でてきた。が、よほど私の台詞に驚いたのだろう。目が泳ぎまくってて、もはや焦点が定まっていない。私の頭の方があまりにも石頭なせいで打っちゃいけない所でも打っていないだろうか。
「だ、だいじょうぶ…?」
「だいじょうぶじゃない!」
「えっうそ、頭痛い!?どうしよう変な所打ったかな…」
「そっちじゃない!!!」
そう叫ぶと、レオくんは私の両肩を思い切り掴んできた。今度は私が驚く番である。
「なんで急にそんな事言うんだ!?浮気なんてするはずないだろ!!」
あ、そうだそうだ。そういう話だった。と、私は動揺の極みにいるであろう彼とは正反対に冷静に言葉とそれを伝える方法を選ぶ。彼が無意識に言ってしまう『それ』が、いかに効果的なのかをきっちり教えてやらねばならないのだ。
「あのさ、例え話」
「な、なんだ?急に」
「例えば私が仁兎くんに学校の課題を手伝ってもらって、その時お礼に『ありがとう!愛してるよ!』って言ってたらどうする?」
我ながらここで仁兎くんを出すなんて卑怯だとは思うが、残念ながらレオくん以外に周囲に男の子の影などなかった私には彼に今の状況を知ってもらう為に仁兎くんを出すしかない。心の中でこっそり謝りつつ、今度食堂で彼に何か奢ることを勝手に決めた。
「えっなにそれ!いやだっ」
「はい、そうでしょ。私が言ってるのはそれです」
わざと敬語で言ってちょっと突き放してみれば、レオくんは目に見えて「????」という顔をした。やはり、あの言葉は完全に無意識に、しかも親愛を示す意味で言っているのだ。私は愛してるなんて言葉、レオくんにだって中々言えないのに。
「あのね、今日ナルさんとリッツさんから連絡があって会ってきたの」
という話を皮切りに、私はことの事情を話す。レオくんの愛してるよという台詞を本気にした女子がナルさんに相談を持ちかけてきたりしてナルさんにご迷惑が掛かってること。そもそも女の子に気軽に言ってはいけない台詞であること。レオくんにとっては親愛の台詞でも他の子には恋情の台詞である事に間違いないこと。その証拠に私が仁兎くんにその台詞を言うのは嫌でしょ?といえば彼は大きく頷いた。
「別にあれするなこれするなって言って、レオくんを縛るわけじゃないの。あと一般論を持ち込んでレオくんの個性を潰したいわけでもないよ。でも愛してるよって台詞は、女の子だったら期待しちゃう台詞だから。何か別のものに言い換えてくれるとありがたいなぁ…」
彼の目を見て、きちんとそう伝えた。私はふと彼の事がまだ全然わからなかった頃の事を思い出す。約束はすっぽかすわ勝手に帰るわ、色々とやりたい放題だったらレオくん。でもそれは全て仕事に重きを置き過ぎていただけで、彼はちゃんと彼なりに私を好きでいてくれた。仕方ない事だとは思うけど私はそこに目が行かなかった。それだけで本気で別れようと思うくらいすれ違ったのだから、こういうことは冗談抜きで真正面から話すべきだ。そうすれば、彼は必ず分かってくれる。
私の真剣な目に、レオくんは一度私にも分かるくらい喉をゴクリを鳴らしてから深く頷いた。それから真剣な声で言う。
「そっか。そうだよな。おれ、高校の頃ってほとんど男子校みたいな環境でそういう男女の齟齬とか、ちょっと鈍ってるのかもしれない。おれにはなまえがいるから、仕事仲間だからって女の子にもセナやリッツとかと同じ接し方してた。そっか、ダメだよな」
やっぱり分かってくれた。今度は私が大きく頷く。
「そうだよ。ただでさえレオくん綺麗な顔してるし、モテるんだからそういう思わせぶりな事しちゃダメだよ。私が心配しちゃう」
ね。と、彼の手をぎゅっと握る。珍しく手汗をかいている辺り、色々とヒヤヒヤしたりしたのだろう。
「う〜、ごめん!」
「まぁギリギリセーフかな」
本当は浮気だなんて微塵も思っていない。だってレオくんの好きな女の子は私(とルカちゃん)だけだという自負が、これでもあるのだ。
「ナルさんに今度お礼言ってね。あとナルさんと私を繋いでくれたリッツさんにも」
「うん!……ん?」
「?なに?」
「なぁ、いつリッツと連絡先交換なんてしたんだ?」
「え、」
そういえばレオくんにはリッツさんと連絡先を交換した事言ってなかったかもしれない。以前初めて会った時、たまたまレオくんが手洗いで席を外してる時に交換したのだ。
私は偶然…というか何も思っていなかったけれど、もしやリッツさんは確信犯かもしれない。
「なぁ!!いつ交換したの!?連絡頻繁に取り合ってたりしないよな?!」
「し、しないしない!今回初めて連絡取ったんだよ!!」
「ナルも?!もしかしてセナも?!」
「そりゃあ…レオくんの緊急連絡先として…」
「おまえのそれは浮気じゃないの?!」
「え、違くない?!別にセナさんのこともリッツさんのこともなんとも思ってないし!!」
「なんでだよ!!セナもリッツもナルもかっこいいだろ!?おれの自慢のKnightsだぞ?!」
「私にどんな答え望んでんのほんとに」
絶対に言えない。実は仁兎くんの連絡先もバッチリ入っていて、大学関係の事を主にそこそこ連絡を取っている事なんて。
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