アクアリウム・バスタイム

「こんにちは〜…」

いつものように合い鍵を使ってレオくんの家に入ると、家の中の空気はどんよりと籠っていて、とてもじゃないけれど爽やかとは言い難かった。

「ありゃ…」

私は小さく呟くと、買い物袋を持ってリビングへと歩を進める。そこには今にもソファから落っこちそうになっているレオくんが眠っているのかだらりと脱力していた。

「レオく〜ん…?」

一応小さな声で名前を呼んでみたけれど応答はない。どうやら完全に眠っているようなので私は先に冷蔵庫に入れるべきものを入れるべく、キッチンに向かう。適当に買ってきた食材とスポーツドリンク、それから冷凍庫にアイスをぽいぽいと放り込んで、寝室からブランケットを持ってきた。ソファから落ちている足をよいしょとソファの上に上げてやり、ブランケットを掛ける。一度「うぅ」と唸ったので起きてしまったかと思ったがただの寝言だったようだ。

私は廊下や寝室を軽く掃除しようとそっとリビングを出た。。仕事が忙しかったレオくんのことだ。確実に長い時間掃除をしていない。と、思ったが寝室からトイレに至るまできれいだった。もしかしたらお母さんでも来たのかな、なんて思いつつやることがなくなったのでリビングに戻る。レオくんを起こさないようにソファに背を預けて本を読んでいると、ある事に気が付いた。私は思わず顔をしかめる。

「なまえ…?」

するとレオくんが少しばかり声を嗄らしながら私の名前を呼んだ。

「おはよ〜」
「おはよ…」
「まだ寝る?寝てていいよ」
「何時…?」
「昼の2時。何時に寝たの?」
「んっと…わかんないけど朝だから結構寝たし起きる…」

体を起こしたレオくんがあくびをしながら大きく伸びをした。私はもう一度、少し顔をしかめる。

「は〜!よく寝た!ちょっと体痛いけどっ」
「それはよかった…」

いや、彼は時間を惜しんで仕事を頑張っただけだ。あと以前私が叱ったことをちゃんと守っただけだ。そこについては褒めてあげないといけない。

それにしても。

「ねぇレオくん…最後にお風呂入ったの、いつ?」
「ん〜…」

やっぱり。覚えてないくらいお風呂に入ってない、ということだ。仕方ないことだが、1日2日入ってないレベルではないことがわかる。
でも仕事で寝ていない時に一人でお風呂に入ったら危ないからだめって言ってあるので、彼はそれをちゃんと守っただけだ。多分掃除をしにきたレオくんのお母さんは慣れちゃってるので「元気なうちにお風呂入りなさいよ〜」と声だけ掛けて帰ったに違いない。

「先お風呂入ってきたら?お湯入れといてあげるから」
「うん…おれ、くさい?」
「まぁ、それなりに…」

ここで嘘を吐いても意味がない。私が正直に言うと、レオくんは「入る」と素直に言ってくれた。なんだかんだ私の前では格好つけたいようで、それがちょっとかわいい所でもある。

「じゃあ待ってて」

私は立ち上がってお風呂にお湯を入れる。

「すぐ沸くから先に水分でも摂ってね」

はい。とスポーツドリンクを手渡すと大人しくそれを飲み始めたと思ったら、レオくんが「なぁなぁ」と無邪気に言ってきた。

「なまえも一緒に入ろ」
「は…?」
「お風呂。一緒に入ろ」
「なんで」
「寝起きでぼーっとしてるから、頭洗って」
「え、えぇ〜…」

喋りははっきりしているくせに。と少し呆れた目でレオくんを見れば、「なぁなぁいいだろ〜」と手をつかんでプラプラ揺らしてくる。

「おれ風呂面倒だから、適当に洗うかも」
「う、」
「何日も入ってないのに、頭適当に洗うかも」
「え〜…」

なんで同じようなことを二回も言うんだ。と思いつつレオくんを見るとツッコミを入れたいくらいに真剣な表情をしていた。

「なぁなまえ。おれ今回の仕事頑張ったからご褒美ちょうだい」
「んん…ん〜」

悩んでいるうちにお風呂が沸いたアラームの音がする。私の悩む時間はなくなったようだ。
あぁもう、仕方ないなぁ。

「わかった。頭洗ったげるから先に入ってて」
「うん!」

彼が足取り軽く風呂場に行ったので私は寝室へと行って、勝手にレオくんの洋服箪笥からTシャツとジャージのズボンを拝借し、ズボンをまくって裸足になる。別に裸になって一緒に入れとは言われていない。

お風呂場からシャワーの音が聞こえるので、私は脱衣所からレオくんに声を掛ける。

「レオく〜ん。入るよ」
「いいぞ〜!」

声が躍っている。お湯をかぶって完全に目が醒めたようなので、私は風呂場の扉を開けると、湯気の立つ中でシャワーを浴びて全身びちゃびちゃなレオくんがいい笑顔で待っていた、が、すぐにガッカリしたように表情を歪める。そしてそれは、私もきっと同じだっただろう。

「え〜、さすがにタオルくらい巻いといてよ…」
「え〜!なんで服着てんの!?風呂だぞ!?」

二人して同時に「え〜」と叫び、真逆なことを言った。

「頭洗ってあげるだけなんだから裸になる必要ないでしょ」
「おれは猫や犬でもないしちっちゃい子どもでもないぞ!」
「わかってるわかってるはい彼氏様椅子に座ってちょうだい」

彼がしぶしぶ椅子に座ったので、膝にぽいっとタオルをかける。なんとなく目のやり場に困るからだ。

「はい、お湯掛けるよ〜」

声をかけてお湯を掛けながら髪に触れると、汚れのせいで指がすっと通らない。いくら顔面が綺麗な元アイドルでも、何日もお風呂に入らないとこうなるのである。
私は丹念にお湯で頭を流してから、シャンプーをプッシュして頭を泡立て始める。

「あんま泡立たないよね…そりゃ」
「きもち〜…」
「口に泡入るよ」

それにしても後頭部が真ん丸で綺麗な形をしている。そこそこ不健康な生活をしているのに髪も傷んでないのはなんでだろう。と純粋に疑問が湧いてくる。
一度軽く洗ってから簡単に流して、もう一度シャンプーをしたら今度はちゃんと泡立った。頭皮をもむみたいにわしわしと頭を洗って、毛先の方も丁寧に洗っていたら、だんだん楽しくなってきた。

「はい、流すよ〜目瞑ってね」
「ん〜…」

シャワーでシャンプーを流して、今度はコンディショナーを手に取る。レオくんは髪が長いし私も高頻度でこの家に泊まるようになったので以前私が買ってきたものだが、ちゃんと継続して買ってくれているようだ。

「かゆい所ない〜?」
「ない〜」

自分の手でレオくんがぴかぴかになっていくのが楽しくて、私はジャージやTシャツを少し濡らしてることにも気が付かず、彼の髪を丁寧に洗った。最後に流して、髪を後ろに流すようにして水をきった。

「はいおわり〜」
「ありがと!」
「後は自分で洗ってね」

そう言って私は風呂場から出ようとした。が、

「うりゃ!」
「ひゃあ!」

彼に背中を見せたのが失敗だった。レオくんは私の背中に思いきりシャワーを掛けると、Tシャツからジャージまでびちょびちょにしてきた。

「あ〜!もう!」
「わはは!隙ありっ!風邪ひくからそれ脱いできて!」

後ろを振り返るとレオはそれはそれはいい笑顔で笑っていたので、私だって一矢報いたくなる。私はどうにでもなれ、と彼の前でTシャツを脱ぎ、下着を取り、下も同様にその場で脱いで服を外に放った。一旦脱衣所に出て脱いでくるのだろうと思っていたのかぽかんとしているレオくんの手からシャワーを奪い体を流して湯舟に入る。

「は〜お風呂気持ちいい。昼間に入るのもなかなかだね」

わざとそう言えば、レオくんはこちらに吸い寄せられるようにふらふらと湯舟に近づいてくる。自惚れだけど久々の彼女の脱衣シーンは効果抜群だったようで、こうなることには予測がついていた私はカウンターを食らわせるようにいい笑顔で言ってやった。

「体、ちゃんと、綺麗に洗ってね」

適当に洗ったらやり直しね。と言って私は温かい湯舟でのんびりする。触りたいだろう。でも触らせてやるかと言わんばかりの私の行動に、レオくんは一度悔しそうに唸るとわしわしと体を洗い始めたのである。

「終わり!!おれも一緒に入る!」
「だめ〜。足の指の間ちゃんと洗って」
「洗った!!」
「うそ〜」

仕事をせっかく終えたのに流石にかわいそうだったので、ダメ出しは一回だけにしておいた。

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