アクアリウムとルビーの好奇心

時間は、ほんの少しだけ遡る。



仁兎なずなは、現在は一般人でありたかった。アイドル業を一応『無期限』休業ということにして、人生の選択肢を広げるために入った大学。最初は元アイドルの名前がずるずると煩わしく足下にまとわりついてきたけれど、毎日真面目に授業を受けているのが功を奏したのか、最近は騒がれなくなっていた。それに関しては認められたみたいで嬉しい。今は、アイドルではないのだから。

けれどそんななずなでも開いた口がふさがらない事態に遭遇した。同じゼミに、高校時代同じクラスだった月永レオの彼女がいる事を知ったのだ。

きっかけはなんてことない。校門近くでなまえを見かけて、ついでに彼女を迎えに来た車の運転手がどう見ても軽く変装をしているレオだったのだ。周りは騙せても、殆ど学校に来なかったとはいえクラスメイトの顔を間違えることはない。ので、次の日、なずなは彼女に思い切って聞いてみた。彼女に怪しまれないように自分がレオのクラスメイトだったことを明かして、先日偶然見かけた旨も説明した。その上でもしかしてレオと付き合っているのか。と聞いてみたのだ。
彼女はあまりにもあっさり「うん」と答えた。これでなずなの疑問は解決したのである。

「って、いやいや、そんなはずないらりょ…」

一応人気のない講堂に来てもらって話をしたのだが、彼の疑問は解決したようで全くしていなかった。

いつから?
どういった経緯で?
なんでレオ?

疑問が湧いてはあふれ出してくるのは、仕方ない事だと思う。これがたとえば鬼龍や蓮巳のようなまともな人物なら納得がいくし、羽風のような軟派な人物なら彼女が泣くことにならないか心配するだけなのだが、よりによって『あの』月永レオである。しかも卒業してそこまで時間も経っていないのに、一般人(彼は作曲家の道に進んだから危うい部分だが)としてもう恋人がいるのも不思議で仕方なかった。

気になる。けれど同じゼミとはいえ彼女と仲がいいわけではない。これ以上聞くのも失礼な気がして、なずなはそのまま『そういうことなのだ』と閉口して、無理矢理その話にピリオドを打ったのだった。



「なぁなぁなまえちん。課題、また一緒にやらないか?」
「あ、私も誘おうと思ってた。もちろん!」

しかし数ヶ月前なずな自身が打ったピリオドは、こうしてあっさりと外れる事になる。やはりなまえは女子の友人に恋人の詳しい話はしないようにしているようだし、近くにレオがいるからか、なずなの微妙な存在を深く理解してくれた。おかげで高校の頃は後輩の転校生くらいしか親しく話す女子なんていなかったのに、仲のいい女子の友人が出来たのである。

勿論、なまえに恋愛感情はない。レオと張り合う気なんて毛頭ない。
ただ彼女から聞くレオのイメージがあまりに自分が見てきたレオと違うので、それが少し楽しかった。あのレオも彼女の前ではしっかり男なのだ。と思うとなんだかくすぐったいのである。


「なぁ、なまえちんとレオちんてどうやって知り合ったんだ?」

課題の休憩の隙間、大学の図書館でなずなは何気なくなまえに問いを投げてみた。以前無理矢理閉じた話を広げられる程度にはもう彼女と仲がよい自負があるからである。
すると彼女は一瞬ぽかんとしてから、一人楽しそうに笑ってから答えてくれた。

「あのね、大学入りたての時に、夜公園に人が倒れてたから助けようと思って声かけたの」

そこですでに、なずなはピンときた。

「も、もしかして…」
「レオくんだね。髪結んでなかったから女の子だと思ったの」

その後同じ事が何度か続いたりして結局恋人のポジションに収まった。と彼女は言った。

「…こう言ったら怒るかもだけど、よくそれで付き合うことになったな…」
「あはは、私もそう思う」

ずっと前から思っていたが、恐らくなまえも少し変わっているのだろう。良い意味で、だが。

「でも最初の数ヶ月は付き合ってないようなもんだよ。ほぼ会わないし、レオくんはデートの途中で帰るし、約束すっぽかすし、それで私もう別れるって言いにいったんだけど、スレスレで関係修復した感じ」
「え、そうなのか!?よ、よかった〜」
「まぁね。でもレオくんなりに色々考えた結果か知らないけど、すごいヤキモチ妬いたりするようになったよ。今の方が付き合いたてみたい」
「なんかむずむずするな〜。そもそもレオちんに彼女がいること自体、うちの学校のみんなびっくりしそうだからな」
「う〜んやっぱ変人枠か」
「その辺は大丈夫だ。うちのクラス、変人ばっかりだったから」

懐かしき3年B組は、3奇人に加えて月永レオとほぼ授業に出ない者ばかりだったことを思い出した。その中でも自分は比較的真面目に授業に出ていたから、こうして大学にも進めたわけだが。

「夢ノ咲学園のこと正直よくわからないんだけど、じゃあレオくんみたいなのがいっぱいいるって認識でいいの?」
「いや、それはやめてくれ!」

とんだ勘違いに、なずなは彼女に向かって手のひらを見せて『STOP』の形ジェスチャーをする。なまえは楽しそうに笑った。

「だよね〜。あんなのがいっぱいとか、芸能界大変だよね」
「ま、まぁ…でも楽しい場所ではあるぞ、その分厳しいけど」

個性があればあるほど輝ける場所。未練がないわけではないけれど、人生は長い。いくつも可能性を見出しておいて、損なんて一つもないのである。

「さて、そろそろ真面目に課題やるぞ!なまえちんは話し始めると手が止まるからな〜」
「うっ、すみません…」

正直なところなずなもなまえに聞きたいことは沢山ある。けれど早く課題を終わらせて彼女を解放しないと、あの頃はきっと歯牙にもかけられていなかった相手に敵意を持った目で見られてしまうのだ。

不意に、彼女のスマホがブルブルと震え始めた。

「あれ、レオくんだ…」

ちょっと電話してくる。と、彼女が席を立つのをぼんやり見ながら、なずなは一つ息を吐いた。

いつか自分にも彼女が出来たりするのだろうか。そうしたら、レオの連絡先を聞いて彼に相談してもいいのかもしれない。
もし学園にいた頃より仲良く出来るのなら、それは僥倖だ
。それにはまず、自分は嫉妬の対象ではないということをいい加減レオに分かってもらわなければならないな。と思う。
けれどあの強豪グループだったKnightsの王の弱点にそっと触れているような感覚がなんとなく心地よいと思うのは、決して歪んだ感情ではない。

単なる好奇心。それに尽きるのだ。

.