愛しのアールグレイ・前日譚
凛月になりますように。凛月になりますように。凛月…凛月…凛月…
私はそろそろ真上に昇る太陽に向かって熱心に祈りながら、心臓を逸らせつつ父の帰りを待っていた。話は今日中にまとまるだろう。なのでこの陽が沈む頃には、私の人生が決まる。
有り体に言うと、結婚相手が決まるのである。
この国では、結婚相手は父が見つけてきて、当人同士は結婚式当日に顔を会わせることも少なくなかった。持参金の兼ね合いや、実家同士の結びつきが上手くいくか。当人同士の気は合いそうか。そういうものを全て父が鑑みて、娘たちは嫁に行く。
私の場合この辺りの大家である朔間の家と結婚するのだろうと、昔から漠然と思っていた。両親たちは小さな頃から朔間の兄弟と私をよく遊ばせていたし、周囲からもそんな話を聞いたことがある。大きな家に嫁げるのは幸福なことだし、朔間の兄弟は二人揃って眩しすぎてこちらの目が潰れるほどの美男である。友人たちには羨ましがられ、時折やっかまれ、やっぱり羨ましがられた。
けれど正直彼らの体質を知らないで嫁いでも大変だろうから、その辺は小さな頃から彼らを知っている私に軍配が上がるだろう。
ただ私には一つ大きな問題があった。
そう、私は弟の凛月の事が好きなのである。それも小さな頃から。
勿論零さんの事も好きだけれど、それは兄のような親愛の愛情だ。彼に対しては異性と言うよりもはや好きな人の兄、という感覚しかない。昔から私は凛月一択なのだ。
なのでもし父が兄の零さんとの縁談を持ってきたらどうしようと、私は太陽に向かって黙々と祈っていた。彼らが苦手としているものに向かって祈るのも変な話だが、とにかく私は何にでもいいから縋っていたかった。勿論零さんとの縁談が決まった、と言われても私が拒否する権利はない。父が決めたのだから仕方のない話だし、零さんなら絶対に私を大事にしてくれるだろう。
けれどその屋敷に一緒に凛月も住んでいて、更にゆくゆくは彼のお嫁さんが来るとなると、私はどんな表情をしてしまうかわかららない。
「お願いお父さん〜凛月、凛月凛月……」
そんな事をぶつぶつ呟きながら、私は朔間の家に縁談の話をする為に出かけた父を待った。
そうして結果はこの通り。父は凛月との縁談をまとめてきた。兄の零さんから先に結婚させるのではないかと思っていたが、朔間の家は長兄に家を継がせるかもわからないらしく、当人たちの相性を見てなんとなく決めた。と父は言っていたが、詳しいところはよくわからない。
もしかしたら日頃私が凛月好き好きオーラでも出していて、それを父さえも察知してしまっていたのなら恥ずかしさの極みだけれど、よくやった私、と言わざるを得ない。
そして私は結婚してから、凛月も自分の父に私との結婚を望んでくれていたと知るのだ。知るのが遅すぎである。
けれど一夫多妻が許されているこの国で、今日も凛月は私以外の妻を取らずに過ごしてくれている。妻を平等に愛するのが条件ではあるが、複数の妻を持つのは大きな家のステイタスでもあるのに、彼は私以外の誰とも縁談を結ぼうとしなかった。
正直ものすごく嬉しいし以前もう一人嫁を取ろうかな、などと言ってからかわれた時は本気で泣いたけれど、きっと周囲にもよりいっそう朔間家が奇異に映る程度には不可思議では、ある。
「ねぇ凛月」
「ん?なぁに〜?」
夜、彼の気に入りの香を焚いて微睡んでいるときに、なんとなく聞いてみた。
「あのさ、本当にもう一人くらいお嫁さんが来たりしないの?」
「え〜、それで大泣きして飲めもしない大酒飲んで大変だったの誰だっけ…」
「う、私、だけど、本当にこれでいいのかなって、ちょっと思って…」
結婚は愛情だけじゃない。家同士の契約だ。それは彼の仕事を順風満帆にすることだってある。
「ま〜くんならお嫁に来てもらってもいいかな〜」
「いや何言ってんの…ていうか真緒くんこの前結婚してたじゃん」
ふふ、冗談。と目を細めて笑うその顔は夜の月みたいに綺麗である。
「べつに〜、もう一人お嫁さんいたらあれこれ気にしなきゃいけないの、面倒だし…」
「……」
私は黙る。だって万が一新しいお嫁さんが来ても「新婚さんになるんだし…」なんて遠慮するつもりはない。凛月にはきちんと、平等に、愛してもらわなければ困る。
「自分で言い出しておいてまたヤキモチ妬いてる、俺のことが大好きな嫁が一人いるから、それで十分」
ほら、と自分はまだ眠らないくせに先に布団に入って、彼は隣を空けてくれた。私はそこにすごすごと入り込むと、凛月の胸にしがみつくように体を丸める。
「もし俺がもう一人嫁を取ったら、こういう風に寝る日が半分になるんだよ。それでもいいの?」
「やだ…」
「そうだねぇ。俺も嫌かな…」
凛月が小さく呟いた声はだんだん遠くなる。きっと私はいつでもこの疑問を持ちながら、彼の言葉に安心し続けるのだろう。
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