恋するミントティー・3

「お帰りなさいませ零さん。お仕事大変お疲れ様でございました」

 16日目の夜。ようやく仕事から帰宅してきた零さんに私が反射的に深く頭を下げると、つむじの方から「こらこら」と彼の声が聞こえてきた。私は慌てて顔を上げると、目の前には少し困ったように笑う旦那様がいた。またいつもの癖が出てしまったことに気が付いて、私は慌てて謝る。

「すみませんでした零さん。もうあなたの妻なのにこんなに深く頭を下げたら侍女みたい、ですね」
「大正解。自分でそれが解るようになってきたのは大進歩じゃな」

 ほら、と零さんが屈んできたので慌てて目を閉じたら、暫く会えなかった穴を埋めるように沢山口付けしてくださった。
 外国に弟の凛月さんと仕事に行っていた私の元仕事先の主人であり現旦那様の零さんは、実に15日ぶりの帰宅を果たした。侍女として朔間の家で働いていた頃もたまにお二人の帰宅を迎えたことがあったけれど、今と全然立場が違う。出迎え方だって、侍女と妻では天地の差だ。

 ずっと密かに憧れていた零様、もとい零さんが私に結婚を申し出てくださった時は、腰を抜かしそうなほど驚いたものである。今となっては、少し懐かしくなったけれど。

「そうだ。お土産あるんじゃよ」
「わぁ、ありがとうございます」
「何にしたらいいか決まらなくってのう。結局色々買ってしまったんじゃが……」

そう言って零さんが片手に提げていた包みから色んな物を取り出し始めた。液体の入った小瓶、お茶、布、アクセサリーと、一体何人分のお土産なのかしら、という量が包みから出てくる。

「こんなに……すみませんありがとうございます」
「おぬしに合いそうなものを見つけては手当たり次第買ってしまってのう……凛月に嫁の事分かってない証拠じゃない?なんて言われてしまった」
「そ、そんなことはありません。布も私の好きな色ですし、お茶も大好きですし、アクセサリーも可愛いです。是非明日着けますね」

 零さんは愛する弟である凛月さんに刺されたトゲがまだ抜けていないようである。私はとにかくこの沢山のお土産に心からはしゃぐ事が一番彼を喜ばせる事になるだろうと思ったので、布を広げては新しい服を作る事を伝えたり、アクセサリーも試着してみたりした。次第に零さんの表情が和らいできたので、心の中で少しホッとする。

「この瓶はなんですか?」
「香油じゃよ。向こうでしか咲いていない花で作られているらしい。髪に付けるといいんじゃって」
「まぁ素敵…!少し付けてみていいですか?」

 零さんが笑って頷いたので、瓶から少し香油を出して手のひらに広げた。確かに嗅いだことない花の香りがする。

「いい香りですね」

 いそいそと髪に付けてみると、零さんが私の髪を一房取って顔を寄せた。少し恥ずかしいけれど、じっとしている。

「うむ。この香りはおぬしにぴったりじゃな。凛月も義妹に土産で買っていたから暫くお揃いじゃな」
「ふふ、嬉しいです。仲良しですから私たち」
「良い事じゃが、一番の仲良しは我輩でいておくれ」

 私はうっかり目を見開いて零さんを見た。まさかこんなにかわいい事を言うなんて、と驚いてしまってのだ。
侍女をしていた頃から零様にもかわいいところがある事は知っていたけれど、本当に心を許した相手にしか見せない態度が、私の何かをくすぐって止まない。私はくすくすと笑いながら思わず零さんの癖のある髪をくるくる指で弄んだ。

「もちろんですよ。私の一番は旦那様です」
「……は〜っ……」

 すると零さんが深く深くため息を吐いた。私が零さんの事を大好き過ぎて呆れられてしまったのかと、突如不安に心が燻りそうだったけれど、思い切り抱きしめてくれたのでどうやら杞憂のようだ。

「私、何か気に障ること言いましたか?」
「なんの。おぬしの元に帰ってきた〜って噛み締めていた所じゃ。全く新婚なのに外国まで行かせるなんて、うちの父も残酷じゃのう」
「お二人の手腕を発揮して頂きたかったんですよ。お義父様は」
「15日じゃよ?!長い……会えなくて寂しかったぞい……」
「最愛の凛月さんがいたのですから大丈夫でしょう?」

 ぺたんと絨毯の上に座ると、零さんが私を抱っこするように抱えた。お返しに、と私は彼の頭を撫でてみる。嬉しそうに目を細めているのを見ていると、こんなにかっこいい人なのにすごくかわいい見えてくるから本当に不思議だ。私しか知らない彼の一面が、たまらなく愛おしい。

「凛月への愛とおぬしへの愛は別じゃし……」
「ふふ、ありがとうございます」

 今度は私から零さんの頬に唇を寄せれば、零さんが一つ私の名前を呼んで、静かに抱えると布団へと押し倒した。

 あぁ、凛月さんのお嫁さんである義妹と一緒に零さんの服を作ったから見てもらおうと思ったのに、今夜は無理そうだ。
 また明日見てもらおう。明日も明後日も、大好きな人は隣にいるのだから。

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