02
伊月と名乗る見目麗しい女鬼は、その美貌も去ることながら、健気な非の打ち所もない純粋な女性であった。彼女の姿を見た者は、老若男女問わずまずその容姿に引き込まれ、心を奪われ、そうして我が手に落ちぬのだと理解すると自ら命を断っていったという。幾多の命が伊月という一人の女性の存在によって散っていくと、人々は次第に伊月を畏れるようになっていく。
伊月という彼女は後の縊鬼の始祖となる人物である。これは平安時代より始り、現在に芽を吹かす戯言話の序章。
縊鬼は嘗てより人に憑き、操り、首を縊らせてきた。人は好きになるものではない。ただ我々の餌なのだ。
同族たちは皆が口を揃えてそう言うから、何も疑問に思うこと無くそれが当たり前なのだと、異論を唱える事が可笑しいのだと、そう理解し人に憑き、操り、首を縊らせてきた。
同族の中でも稀少とされるこの時代の女鬼は、たった今自らの畏れにより木の丈夫な枝から吊るした縄で首を縊った男をぼんやりと見上げた。
「─お主、名は何と申す?俺はだな──」
気紛れに憑いた人に、あろうことか思いを寄せることになろうとは。そしてその人との間に子を設けることになろうとは。
悲しいのか、悔しいのか、たったひとつの感情だけではない渦巻く胸中を晒す様に端正な顔を歪める女性。
どのくらいの時男を見上げていたのか、近くで烏が一鳴きしたのを合図に女性は動き出した。嘗て思いを寄せた男性の変わり果てた姿から目を反らすように背を向けて。だが数歩歩き、ふと女性は足を止める。
顔だけを振り向け再度男を見つめ
「ああそうだ、最期にこの男の声を聞いておけばよかったな」
思い出せぬ。弱々しい声でそう呟くと、今度こそ男に背を向け歩き出した。もう振り返る事はしない。
男の首に巻かれていた縄が風に踊ってはらりと解けると、女性の首ともに弧を描くように落ち着く。それを指で触れると女性は空を仰いだ。
――目的の場所などありはしない
――ただ
餌が在るところに
――ああ、そうだ。やや子を産める場所を探さねば
――貴重な "三つ児" だ
――誰もが丁重に丁重に扱ってくれる
まだ膨らみもしていない腹を一撫でし、女性は姿を消した。
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