それは単純なことなのです。

「いらっしゃいませ」


初出勤から早ひと月が経とうとしていた。仕事も簡単に慣れてきて、店番から、たまには厨房の経験を生かしてお店の団子を作ることもあった。
ありがたいことにそれはお客さんから好評をもらい、暇つぶしに作っていた他のケーキやら大福やらを店頭に並ばせてもらうようにもなった。


今までは貸切やらなんやらで、バタバタと厨房を行き来する仕事だったので、こうしてのんびり働くのも悪くないと日々感じていた。


「また新作増えてらァ。この大福2つ」


そんな私の変わった日常の中のひとつに加わったのは、ここひと月足蹴もなく通ってくれている沖田くんの存在。もともとこの甘味屋には常連だったらしいけれど、最近は週2.3日の高頻度で顔を出してくれるようになった。私が仕事も慣れたおかげで接客はほとんど自分がやっている。故に沖田くんとも他愛ない世間話をするほどの関係にはなっていた。男慣れしていない私でも、彼はそんな気を張らなくていいほど話しやすい。


「その箱はなんですかぃ」
「これは万事屋さんにお届けするものです」
「万事屋?」
「はい。この大福も中身がいちごで銀さんのリクエストなんですよ」


銀さん、そう言った瞬間沖田くんの眉がピクリと動いた。少し雰囲気の変わった沖田くんだけれど気にせず彼が頼んだいちご大福を用意しながら話しかける。


「今日もサボりですか?」
「だから見回り中だって言ってんでしょう」
「はいはい。それをサボりって言うんですよ」
「アンタもあのオヤジさんに似てきていけねぇや」


真選組という組織のことは詳しくは分からないが、沖田くんのことは少しは分かったことがある。正統派な顔に似合わずちょっと不真面目なとことか、結構毒混じりの言葉を吐くとこや、最初は取っ付きにくい感情の汲み取れない表情をしていたけど、意外と話せば年相応の反応を見せることがある。


「ほら、これやる」
「え?」
「昼メシまだなんでしょう。食べなせェ」


自分の隣をぽんぽんと叩く。座れという意味なんだろうか。幸いお客さんも沖田くんしかいない昼過ぎの時間。彼はいつも狙ってか忙しくないこの時間帯にやってくる。主人達もニコリと笑って休みなさいと促されたのでお言葉に甘えて隣に座らせて頂いた。


「私、自分で用意して来ますよ」
「いいんでぃ。俺の奢りでさァ」
「ありがとうございます…」


申し訳ないけれど、沖田くんが注文したみたらし団子をひとつ頂く。相変わらず美味しい。そう、彼はたまにこうして優しい時もある。だいたい私が作った新作を食べてくれるし、オススメって言ったやつを注文してくれる。サボっちゃダメだよって何回か釘をさしたのは全て無視され、今日も清々しく仕事はサボるけど良い子なんだよなぁって思っていた。


「!?か、ら、?!」
「……ぷっ」


二口目、口に含んだ瞬間、強い刺激がやってきて傍にあったお茶を一気に飲み込んだ。けほ、と咳込んでいれば隣の沖田くんがけたけたと肩を震わせて笑う。


「ちょ、何か入れましたね!?」
「タバスコ」
「なんてことするんですか!私が辛いの苦手なの知ってるくせに!」
「知ってれば尚更食べさせたくなるもんでさァ」
「………」


前言撤回だ。彼が優しいなんてことは無かった。私が手で熱くなった口内を仰いでいれば、ずっと隣から性格の悪い笑い声が聞こえてくる。年下にこうも弄られるなんて情けない。辛味が収まらないので救いを求めて店内にある甘い団子を食べようと席を立とうとすれば、がし、と思い切り左腕を掴まれた。
沖田くん?と名前を呼べば、これ食えば良いだろぃと私たちの間にある大福を目線で指された。


「また何か仕組んでるでしょ…」
「ひでぇな名前さん。俺がそんな心無ェやつに見えやすかぃ?」
「さっきタバスコ入れたの誰の仕業と思ってるの…」
「まぁまぁ。名前で呼んでくれたら許してやってもいいですけど」
「え?」


彼はなんて言っただろう。私の聞き間違いじゃなければ名前を呼べと言った。何にも表情は変わらずに未だ腕は掴まれたまま彼の綺麗な双眸が私を見つめる。何故そんなことを言うのだろう。これは絶対逃げられない。数日の付き合いだが分かった結果に私はゆっくりとそのまま腰を下ろした。


「名前、呼んでくだせェ」


教えたでしょう。急かすように紡いだ沖田くんの言葉に心臓がドキドキ鳴って、腕も微かに震えた。掴んでいる沖田くんにもそれが伝わったのか、軽く握っていた手が再びぎゅっと痛くないほどに力を加えられて、あぁ、これは覚悟しないとダメだなんて思う。それにしても意外と骨ばった大きな手なんてふわふわと考えていた頃にはもう口内の辛さなんてどっかへ消えていた。


「…そ、総悟、くん」
「総悟」
「そ、総悟」
「ん」


満足したのか、握っていた腕をするりと離して、ほら、と大福を差し出した。お皿の中に2つある大福を見つめながら、私が顔を真っ赤にして言ったのに、そんなことはなんてことないみたいにいるからなんだか拍子抜けだ。


「まだ疑ってるんですかィ」
「え、いや別に…」
「じゃ名前さんが先にどっちか選んでいいですぜ」


そういうことで見てたわけじゃないんだけどなぁ。と思いながらも、言われた通り、こっち、と指差せば、はい。と和菓子用の楊枝を手渡される。


「うま」


もたもたしているうちに沖田くんは大福をすでに完食していた。もう一度頷いて、うん、うめぇ。と呟いた言葉に、私も楊枝で大福を半分割って口に運んだ。うん。我ながら美味しい。


「勿体ねぇ。大福は一口で食うのが乙ってもんでしょう」
「沖田くんみたいに口大きくないですもん」
「総悟」
「う…」


どうしても名前で呼んで欲しい沖田くんにたじろぐ。なんでそこまでして呼んで欲しいんだろう。真相は彼にしか分からないけれど今の私にはあの1回が精一杯だった。頬杖をついて見つめる沖田くんに負けじと首を横に振った。


「も、もう呼びません!」
「なんでぃ、つまんね」
「遊んでましたね?!」
「おもしれぇじゃねぇですかぃ」
「大人をからかわないでください!」
「ちぇ、まぁ今日はこの辺にしといてやりまさァ」


食べないんですかぃ。食べます!そんなやり取りをして少しムキに残りの大福を頬張るとやっぱり甘くて美味しい。相変わらず何を考えているのか分からないけれど、目の前の彼はそんな私を見て口角を緩めていた。その表情に再び心臓がドキリと跳ねる。分からない。沖田くんのことは分からないけど。知りたい。何を考えているのか。そして同期たちに聞いた話を思い出した。彼氏とのデートって、こんな感じなのかな。なんて。がらにもなく、仕事に戻らず沖田くんともう少しこうして過ごしたいなんて思った。





しばらくして沖田くんは仕事に戻り、私はバイトを終えて甘味を詰めた箱を持ち銀さんの家に向かう。足取りはずっと遅くてその間考えているのも沖田くんのこと。なんだかんだこうして仲良くなってしまった。人生分からないもんだな。
万事屋さんの前に着いて看板を見上げる。1階はスナックで既に看板に火が付いていた。階段を登ってインターホンを鳴らせば、はーい。と聞きなれた声が聞こえてきた。


「名前さん。どうしたんですか?」
「えと、これ銀さんのリクエストで新作できたのでおすそ分けです」
「わぁ!ありがとうございます。銀さん今1階で飲んでていないんですよ」
「1階ってスナックですか?」
「はい。あ、よかったら一緒に行きますか?」
「え?いやいやいや!そんな!ご迷惑になるので」
「平気ネ。どうせマダオとババアしかいないアル」


いつの間にか出迎えてくれた神楽ちゃんに背中を押されて玄関を出た。


「おや、珍しい客だね」
「名前じゃねーか」


スナックお登勢と書いた看板を横目に少し古い扉を開ければカウンターに佇む店主であろうママさんの他に猫耳の女性と緑髪の綺麗な女の子。そして銀さん、サングラスをかけた男の人がいた。


「銀さん、わざわざ新作のお菓子持ってきてくれましたよ」
「マジでか?!俺のリクエスト!?」
「はい。いちご大福で」
「いただきまーす!」
「神楽ァァァ!!!」


私が説明する前に新八くんから箱を奪い取り、それを神楽ちゃんがまた横取り、大福が吸い込まれていった。ぎゃーぎゃーと喧嘩し始めた2人にワタワタしていると何も動じないママさんが煙草を吹かして、少しハスキーな声に話しかけられた。


「いつものことさね。気にするんじゃないよ。それよりアンタも飲んでいくかい?」
「え、いや私は…」
「そうそう!ちょっと飲んでいきなよ。君あれでしょ。銀さんが最近言ってる甘味屋のお嬢さんでしょ?」


こっちに座りなよ。とカウンターにいたサングラスの男の人に手招きされて戸惑う。飲めと言われてもお酒はあんまり飲まない方だし、しかもこういうスナックなんてのも初めてだ。まぁ銀さんとは知り合いみたいだし悪い人では無いだろうけど。1杯だけならいいかな、と足を進めた時、銀さんの大きな悲鳴に動きが止まった。


「どーしてくれんだ!俺の糖分がァァァ!!」
「名前美味かったネ!」


勝負は全て神楽ちゃんの圧勝だったらしく、箱の中身は綺麗になくなり満足気な笑顔を向けられた。なんだかここの上下関係がひしひしと伝わった気がする。隣で派手に落ち込む銀さんを見て少し心痛くなった私は苦笑いをしてそっと声をかけた。


「まだ余りありますから落ち込まないでください。こっちは、少し歪なやつですけど、味は大丈夫だと思うので」


店頭に並べられなかったものは、家に帰って食べようと思っていたやつを差し出す。すると分かりやすく目を輝かせた銀さんは神楽ちゃんに食べられる前に飛びついた。みなさんにも分けてくださいね、と釘をさして席に座る。


「お嬢さん優しいね。おじさんこんなに良い子久しぶりに見たよ」
「早々に口説いてんじゃねぇよオッサン」


銀さんに紹介されたサングラスの長谷川さんは既に顔が赤くなっていて、カタンとグラスを差し出してくれたのはお登勢さん。あとはキャサリンさんとたまさん。ここのスナックはとても居心地がよかった。


「あんた彼氏いないのかい」
「はぁ、…そうですね」
「まぁ恋愛なんて無理にするもんじゃないけどねえ」


世の中の男は見る目がないね。とお登勢さんは言ってくれた。
世の中の男は見る目がないね。とお登勢さんは言ってくれた。いや、私なんてきっと世の中の殿方に釣り合う女でもない。もらっていただけるなんて絶対ご迷惑ばかりかけるだろうし。



「こんな頑固娘もらったら手が焼けていけねーよ」
「どういう意味ですか!」
「顔に似合わず気がつえーのなんの」


そう思っていたら銀さんから直球に言われてさすがにグサリと刺さった。私だって自覚あるんだからわざわざ言わなくてもいいじゃないか。ひどい。少しの抵抗としてペシペシとその広い背中を叩いてやった。いてっと零したけれど再びグラスを傾けた銀さんは全然反省してない。
お登勢さんは何かを見透かして表情は変えずに意味深に煙草の煙と一緒に言葉を吐いた。


「まぁでも、今のあんたはそゆいう顔、してるけどねえ」


少し酔いが回った私にはどういう意味か理解できなかった。自覚の問題だね。と付け加えた言葉を繋ぎ合わせても答えは出なくて、その日は意識が飛ばない程度の状態で帰った。団子ありがとうね、とお登勢さんや新八くんたちも最後お礼を言ってくれて、私もまた来ます、と頭を下げる。そゆいう顔。どういう顔だろう。久しぶりにお酒を飲んですぐにでも寝たいほどの睡魔に襲われたのでその日は家に帰ってからの記憶はない。ただ最後に浮かんだ顔はやっぱり沖田くんの顔だった。

prev list next
top
ALICE+