何故だか知らないけれどここ最近がお店が大盛況になってしまってバタバタする日が続くようになった。ありがたいことに団子だけでなく他のケーキやら大福やらが好評を得てそれが周りに周り客層が大幅に伸びた、とご主人は言ってくれた。さすがはかぶき町。話のネタが早い。
それ故に、数日間沖田くんの姿も無く、人混み嫌いそうだもんなぁとちょっぴり寂しい気持ちになりながら仕事をしていた。お店を閉める時間は早い。ご主人方の体調も考えて夕時には暖簾を下ろす。今では大盛況なのでお昼過ぎのまったりした空間を味わうこともなくあっという間に閉店時間になるという日々を送っていた。
「あら、お店閉めちゃいますか?」
店先の暖簾に手をかけたところでやってきたお客さんに目を向けると、薄桃色の着物を着たポニーテールの可愛らしい女性が立っていた。
「はい。…ご入用ですか?」
「新ちゃんに貰ったお団子がすごく美味しかったもんだから。ずっと来たいと思ってたの」
でももう閉めちゃうならまた日を改めて来ます。と頬に手を当てて残念そうに笑った彼女。申し訳なくて暖簾は下ろしたけれど提案だけしてみた。
「あの、余り物みたいですけど、少しは残ってるので見ていかれますか?」
「いいの?じゃぁお言葉に甘えちゃおうかしら」
ごめんなさいね。と言いながら中に誘導してショーケースに入っているお菓子を眺める。だいたいは売り切れてしまったけれど僅かに残ったのはケーキだった。
「お団子はないのねぇ。でもケーキも美味しそう。じゃぁこのタルトとモンブランをもらおうかしら」
「かしこまりました」
指名された甘味を箱に詰めている時に、先程聞いた言葉の中で引っかかる名前にどこか見覚えのある面影とか重なった。
「あの、新ちゃんって」
「万事屋銀ちゃんの従業員の新八です。うちの弟で、…あなたがもしかして名前さん?」
「はい。そっか、新八くんのお姉さん」
「志村妙です。よろしくお願いします」
この前お登勢さんのところに顔を出しに行ったら私が持って行ったお団子を分けてもらったようでそれから私の話も聞いたらしい。今ではかぶき町一番の甘味屋だなんて新ちゃん達と話してたんですよ。とニコリと笑ったお妙さんに姉弟揃ってしっかり者で良い子だなぁなんて思った。
「お妙さん、少しお時間ありますか?」
「え?はい。大丈夫ですよ」
「ちょっと待っててください。すぐ終わりますので」
それだけ言って店内にこ急ぎで向かい、簡単にきな粉と今試作中の季節限定ほうじ茶のお団子を1つずつ箱に入れて持ってくる。
「これ、良かったら食べてください。せっかく来てくださったので。試作中のお団子ですが…」
そう言えば、ぱぁっと顔を明るくして、まぁ、いいんですか?と嬉しそうに受け取ったお妙さんに私も顔が綻ぶ。
今からお仕事だというお妙さんに、夜にお仕事なんてすごい、と驚いたが彼女はこれで頑張れます。と笑う。
「無理言ってすみません。また来ますね」
「いえ。こちらこそわざわざ来てくださってありがとうございました。お仕事頑張ってくださいね」
「はい。それじゃあ」
「お妙さァァァん!!」
ぺこりと綺麗にお辞儀をしたお妙さんをお店前まで見送ると、突然やってきた大声に肩が跳ねた。でもその後にもっと驚愕したのはあの綺麗で女性らしいお妙さんが一瞬でその現れた男の人を右拳ひとつで召してしまったからだ。何が起こったのか全く分からなかった。理解するのには時間がいるようだったけれど、現実は間違いではなかったらしい。反射的に起きた砂埃を払うお妙さん。
「しつけぇつってんだろゴリラ」
「お妙さん!今日も美しいですね!今から仕事ですか!?俺も行きますね!」
「だから来るなって言ってんだろーがァァ!!」
それよりも、あんなに吹き飛ぶほど殴られた男の人が頭から血を流しながらも元気に話している方に恐怖を感じた。ほ、ホントに人間…?お妙さんの様子を見るからに日常茶飯事のようで、2人の関係性にも察しがついた。お妙さん、大変だなぁ。確かにこんなに綺麗だったら追いかけたくなるのも分かる。
「お妙さん、時間大丈夫ですか…?」
「あら、ほんとだわ。ごめんなさい店先で」
「ん?もしかして君は甘味屋の看板娘ですか?そっかそっか!いやぁ、うちの隊内でも噂になってますよ!江戸一番の甘味屋でな!あの総悟がずっと足軽く通ってるようで!」
総悟、という単語に自分でも分かりやすく体が反応した。そう言えば彼の服装って沖田くんと同じだ。相変わらず頭から血が流れていながらも豪快に笑う。
「俺もずっと来たいと思ってたんですよ!あ、まだお団子ありますか!?総悟のやつ買ってくるのはいいけど絶対分けてくれねェもんだからまだ食えてなくて!あ!俺、あいつがこの前食ってたよもぎ団子がいいなァ!」
えっと、どうしようか。と迷っていると見かねたお妙さんが再び拳骨を落として、それじゃ。と今度こそ男の人の首根っこを掴んで壁にぶん投げたあと、ニコリと微笑んで去っていってしまった。それにしてもあんな大柄な男の人を片手で持ち上げられるなんて人は見かけによらないし同一人物なのかも疑わしくて怖い。手を振って見送った後、いつの間にか赤くなった空を見上げて息を吐いた。沖田くん、最近来てくれてないんだけどなぁ。今頃彼は何してるんだろう。警察だし、忙しいよね。仕方ない。私みたいな一般庶民みたいにのんびり生きてないだろう。何故かどんより沈む気持ちのまま帰り支度をしようと店内に入る足を進めようとした。
「おい、あんた」
聞き慣れない低い声に振り返ると、またもや沖田くん、先ほどの男の人と同じ服を着た人が立ってる。見るからにイケメンだ。この人って同期が騒いでた人なのでは。黒髪だし。今日は色んな人に会うなぁ。
「どうかされました?」
「いや、こっちに近藤さん来てねェか」
「近藤さん…?」
近藤さん?近藤さんって誰だろう。名前だけは聞いたことある。沖田くんの軽い話の中で結構な頻度で出てきた。
「近藤さんは分かりませんが、そこの壁に刺さっている方は同じ制服着てますけど…」
「それ近藤さんんんん!!!」
くたびれたように動かない方は近藤さんらしい。大丈夫だろうか。白目剥いてるけど。黒髪のイケメンはふう、と煙草を吐いて、おら、近藤さん帰るぞ。と声を掛けるので全く動じないあたりお妙さんと同じでいつもの事なんだろう。それから近藤さんは真選組局長ということを教えてもらった。え、局長って一番偉い人なのでは。
「悪かったな。手間ァとらせて」
「そんなことないです。あの、近藤さんが目を覚ましたら営業中にまた来てくださいとお伝えして頂けますか。よもぎ団子用意して待ってるので」
「団子ォ?…あぁ、あんたがあの甘味屋の女か」
仏頂面のまま、つま先からじっくりと見つめられて体が強ばった。表情も何も変えずただ煙草の煙がゆらゆらと揺れているだけ。
「…あの、殿方様もぜひお待ちしているので」
「土方十四郎だ」
土方さん。と名乗られた名前にも記憶が蘇る。沖田くんが話していた人だ。真選組の中でも近しい関係なのだろうか。
「考えておくが、総悟がここにサボりに来た時はあんまり甘やかすんじゃねェぞ」
「え?」
何故それを。沖田くんサボってるのバレてるじゃん。
「沖田くん、最近見ないので真面目に働いてるのかと思いました」
「あ?アイツが真面目に仕事するわけねェだろーが。相変わらず張り込み中にラーメン食うわ、どこ構わずバズーカぶっぱなして街中壊すわ、たまったもんじゃーよ」
そうなんだ。仕事中の沖田くんってそんな感じなんだ。土方さんの話を聞いてると新しいゲームを買ってもらった子供のような新鮮な気持ちになって嬉しくて笑ってしまう。
「何笑ってんだ」
「いや、なんか、私の知らない沖田くんばかりだなって」
私が知っている沖田くんは、少し意地悪だけど、年相応の男の子で、不器用なりに優しくて。
「…人って変わるもんなんだな」
ゆっくり瞬きをしてまた煙草を吹かした土方さんは斜め上の空を見た。でもそれなら顔くらい出してくれたらいいのに。と小さく呟いた私の言葉に土方さんはサラリと告げた。
「てめぇんとこの店が最近忙しいからって気ィ遣ってんじゃねェのか」
ぽかんとしてしまった私に気にすることなく、それだけ言うと土方さんは背を向けたので慌ててお気をつけて!と頭を下げる。口数も少なくて瞳孔は開きっぱなしだけど悪い人じゃなさそう。振り向くことは無かったが近藤さんを持っていない右手をひらりと上げてくれたので思わず顔が綻んだ。
さっきまで沈んでいた心が嘘のように帰り支度をして帰路に着いた。次来た時はとびっきり美味しい甘味を作っていよう。新作メニューを考えている時間がとてもワクワク感じた。
「えー!!名前あのイケメンと話したの?!」
「しかも別のイケメンは常連だって!なにその少女漫画的展開!」
目を輝かせながら食いついてくるのは言わずもなが恋バナ大好きの同期達だ。不定期ではあるが週に二日ある休日で過ごすのはだいたい家族か同期で、彼女たちとは職場は別れても時間が合えばこうして近況報告兼お茶会を開催する。内容はほとんど二度目になるが恋バナだけれど。今までなんにも話題がなかった私の突然なる変化に当人ではないのに頬を染めていいなぁ羨ましいと呟く二人。
「でも常連ってだけだし、最近は全然顔見てないし、それだけの関係だよ」
「もったいないなぁ」
「ねー。私なら絶対連絡先とか聞くのに」
「相手は警察だよ?連絡先なんて聞いたら迷惑になるから。このままでいいんだよ」
「うわぁ。独身まっしぐらの女が言うセリフだ…」
何故か遠回しに刺さる言葉を言われてぐうの音も出ず苦笑いしたらすぐに自分たちの彼氏の話になったので、コロコロ変わる彼女達の気分に救われる。結局1人は再就職せず彼氏と同棲していて、もう1人は正社員では無くフリーターでゆるく人生を謳歌しているそうだ。いろんな道があるんだと他人事のように思うけれど、今まで興味なかった恋愛話に聞き耳を立てている自分がいた。この前行った大江戸橋の近くの公園に咲く桜が綺麗だった。私もそこ行ったことある。なんて言う内容。そう言えばそろそろ桜の咲く時期か。これ彼氏と撮った写真。並んで映る男女二人は幸せそうに笑っていた。その時は、素敵だね。と言葉を送ったけれど、正直羨ましいと思ってしまった。ううん、ここ最近ずっとだ。街中をあるけば、仲睦まじそうに肩を寄り添うカップルにいいなぁ、と思っている。でもそんな未来は私には程遠いものだ。結局今日も1人、団子屋で働く私には。
「久しいですねィ」
でもそれは突然訪れた。
「来週末、空けといてくだせぇ。絶対ですよ」
んじゃ。ふらりと現れた沖田くんは、手短にその言葉と、ひとつ小さな紙切れを渡して私の返答も待たずに去っていった。