恋を始める僕たちに。

「えー!?!付き合ったの?!」
「あのイケメンと?!」


言わずもなが同期に驚愕された後、羨ましいだのなんだのと質問攻めにあった。どんなことよりも驚いてるのは私自身だ。沖田くんが私の何に惚れたのか全くもって理解できない。いいなぁ。と赤らめた頬に手を置いてウットリしている同期に笑うしかなかった。


「で!?どこまでいったの?!」
「っ!?けほっ、…ん、ぇ?」
「だーかーら、恋人になったらすることなんか決まってるのじゃない」
「え…と、」


目を輝かせて答えを待つ同期には申し訳ないが期待に添える返しができない。付き合ったといっても頻繁にデートなんかしてないし、最初の頃は沖田くんが必死に休みを合わせてくれてたんだと察して恐縮してしまうレベル。無理して合わせなくてもいいよと私が念押ししているので彼はただサボり中に会いに来るくらいの程度だ。


「1日中デートしたのは…1回だけ…で、手繋いだ、よ」
「は?」
「…信じらんない」


頭を抱え出した同期に顔があげられない。ですよね。そうなりますよね。私だって馬鹿じゃないから分かっている。でも勘弁してほしい。今まで経験もなかった私には手を繋ぐだけでも精一杯だったのだから。


「あのイケメンも案外奥手なの?」
「チャラそうに見えて意気地無しね」
「ち、違うよ!たぶん私に気を使ってくれて…それに警察だし休みも合わないし」
「あんたそれじゃ自然消滅も時間の問題よ!」


机をバンっと叩かれて置いてあったお茶がカタカタと揺れた。慌てて倒れないように湯呑みを置き直して胸を撫で下ろせば目の前には同期の顔が。これは何やら嫌な予感がする。


「そうだ!今月末に大江戸夏祭りがあるから一緒に行ってきなさいよ!」
「えっ」
「いいじゃない!浴衣姿で行けばイチコロよ!」
「えっ」
「私達も行くから大丈夫!」
「えっ」
「彼氏にも連絡しとくね!当日は絶対浴衣よ!いいわね!」
「何が大丈夫なの?!」


有無を言わさず告げられた約束に今度は私が頭を抱える番だった。彼女達は言い出したら止まらないし決めたら譲らない。そこが羨ましいと思うところもあるけれど。


「…どうしよう」


1人になった帰り道、考えるのは夏祭りのことだけ。浴衣なんて幼少期から着てないし、そもそも沖田くんが一緒に行けるかどうも分からない。大江戸夏祭りはこの江戸1番のお祭りで花火も上がる。ほとんどはカップルで行く夏の風物詩イベントだ。彼女達は毎年彼氏と行っているのを何回も話で聞いた。私は、…そう。家の窓から小さな花火を見るだけの日々だったが。
沖田くん、どんな浴衣が好みなんだろう。なんてくだらないことを考えていれば一軒の浴衣屋に足が止まった。


「あら?名前さん?」


声をかけられた方を見ると同時に体に抱き着いてきたお団子の髪飾りと赤い頭が視界に映った。


「久しぶりアルな〜!!」
「今日はお休みですか?」


体から離れたのは神楽ちゃんと、視線を上げるとお妙さんと新八くん。その後ろにいた黒髪の中性的な方と目が合って軽く会釈をする。


「九ちゃん。この方が以前話した団子屋の名前さんよ」
「あぁ君が。妙ちゃんから話は聞いているよ。九兵衛だ。よろしく頼む」
「はい。名字名前です。こちらこそよろしくお願いします」


きりりとした目を細めて差し出してくれた手を取る。端正な顔と男のような格好をしていたためか少し胸がドキリとした。


「今日は九ちゃんの浴衣見に来たの。こんな格好してるけどちゃんとした女の子よ。きっと仲良くなれるわ」
「そうなんですね。腰に刀差してたから…」
「訳ありで男として育てられてな。これでも柳生一門の当主だ」
「わぁ。かっこいいですね」
「名前も浴衣買いに来たアルか?」
「えっ…いや、たまたま通りかかって」


顔を逸らした私に何かを察したのは志村姉弟だった。何せこの大江戸は話のネタが早い。私と沖田くんが付き合ってるということは確実に耳に入っている…だろう。あの笑みは。後ろに冷や汗が伝った。


「さ、選んであげるから入りましょ」
「善は急げですよ名前さん」


首を傾げたままの神楽ちゃんと九兵衛さんも流れで再び店に入りなぜか着せ替え大会が始まってしまった。



「へぇ。あの真選組の彼と。彼は人の心を持っていたんだな」
「私はまだ名前をあげると許した覚えはないネ!あんなサド野郎にこんな良い子が釣り合うとでも思ったアルか!」
「お父さん?!お父さんなの神楽ちゃん!?」
「まぁまぁ。にしても沖田さんも年頃の男の子だったのねぇ。何だか意外だわ」
「本当ですよね。一歩間違えたら殺人鬼になってたような男が、ちゃんと名前さんみたいな素敵な女性を選んでくれて。見る目あって良かったです」
「…みんな沖田くんを何だと思ってるんだろう」


確かに日頃耳にする彼の行いは褒められるものでは無いけれど、口を開けばディスられている沖田くんの人格が疑わしい。神楽ちゃんは顔を合わせれば喧嘩ばかりしていると聞いたのでずっと殺意丸出しだが、あの新八くんでさえ笑顔で棘のある言葉を連ねるのでお妙さんの血が入っていることにすごく納得した。
そんなこんなで続いている浴衣選び。時間が経つにつれて、ルンルンで選んでくれているお妙さんたちには言い出せなかった。まだ約束はしてないんだということを。


「やっぱり沖田さんの好みっていうよりは名前さんらしさを出した方がいいと思うのよ」


その意見に賛同してくれたみんなは夏らしい紺を基調とした浴衣に決めてくれた。流れでお会計まで済ませてしまったけれど、煮え切らない私の表情に指摘されて、また約束を取りつけてないことを伝えた。


「…ごめんなさい、言い出せなくて。沖田くん忙しいし…」
「さ、これで一緒に行ってらっしゃい!」


ぽんっと背中を押してくれたお妙さんたちは、有無を言わさずガッツポーズをしてその場から離れない。


「…いや、でも…」
「さっさと電話しろ」
「ハイ」


黒い笑顔のままのお妙さんに背筋が伸びたまままま近くの公衆電話に入る。自分から電話するのなんて何だかんだ初めてかもしれない。出てくれるだろうか。震える指で彼の電話番号を押すと、数回のコールが耳で鳴る度に不安だけが募っていった。


「もしもし」


低く気だるげな声が聞こえた途端、飛び出そうな心臓を落ち着かせるために、深呼吸した後ギュッと受話器を握りしめた。


「…あ、も、もしもし」
「へぃ。その声名前さんですかぃ」
「…うん。急にごめんなさい。今大丈夫ですか…?」
「大丈夫ですぜ」
「山崎ィィ!!!!」
「うわぁぁ!!沖田隊長ォォォ!!!」
「…大丈夫じゃなさそうなんですけど」
「あー気のせい気のせい」


電話越しに聞こえる騒がしい声に、明らか土方さんの仕事しろという怒声が響いてくる。沖田くんは完全スルーをかまして少し嬉しそうな声音で気にせず話せと声をかけてくれた。


「で?どうしたんですかぃ」
「…あ、えっと、」


長引く沈黙に慌てて制限時間の音が鳴り10円を投入したところで覚悟を決めた。


「…今月末って、空いてますか…?」
「今月末?……あー、あいて」
「空いてねぇよ。夏祭りの警備だバカヤロウ」


遮られた土方さんの言葉に胸が止まった。警備か。そっか。そうだよね。忙しいとは分かっていたけれどイベントまでも会えないことに正直落胆した。


「警備ィ?そんなもん土方さんだけで十分でしょう」
「ふざけんな。毎年窃盗だ迷子だで休む暇もねェくらいだろーが」
「ったく、おいザキィ。俺の分まで働け」
「えぇぇ?!ちょ、今も沖田隊長の始末書書くの代わりにやってるんですけどォォ!?」
「…沖田くん!いいの!」
「え?」
「聞いてみただけだから!別に何も無いので!お仕事頑張ってくださいね!それじゃ」
「え、ちょ」


ガチャン。緑色の受話器を元に戻してしばらくその場に立ち尽くした。どうしよう。せっかく選んでくれた浴衣。背中を押してくれた同期やお妙さんたちに申し訳ない。


「名前?どうしたアルか?」


戻ってみれば、神楽ちゃんが心配そうに駆け寄ってきた。


「…やっぱり忙しいみたい。せっかく選んでくれたのに、ごめんなさい」


心配かけまいと笑顔でそう告げれば、眉を下げて新八くんがそうですか、と残念そうに呟いた。

「じゃぁ私たちと一緒に行くネ!あんなサド野郎忘れて私とデートアル!」
「そうですね。せっかく選んだんですから着て行きましょうよ」


屈託のない笑みで神楽ちゃんに両手を握られると寂しい気持ちが小さくなっていく。嬉しいなぁ。いいの?と返せば、後ろのお妙さんや九兵衛さんも笑って頷いてくれた。










同期達には申し訳ないけれど、浴衣はちゃんと着たし今日は神楽ちゃん達と精一杯遊ぶことに決めた。
新品の服を着るのはとてもワクワクして新鮮な気持ちになる。浴衣を着て夏祭りなんて何年ぶりだろう。せっかくだしちゃんと髪型もお化粧もして、待ち合わせの時間より早めに着いて待っていれば元気な足音と共に待っていた面々がやってきた。


「名前ー!お待たせアル!」
「ごめんなさい。神楽ちゃんの着付けにも手間取っちゃって」
「浴衣ごっさ似合ってるアルな!私とお揃いネ!」
「うん。神楽ちゃん達もすごく可愛いね」


いつものチャイナ服とは別に神楽ちゃんも浴衣を着てとても可愛い。美少女がさらに美少女だ。こんな顔面偏差値の高い面々と一緒に歩いていいのだろうか。後ろでは無理やり連れて来させられたつまらなそうにする銀さん。お妙さんは九兵衛さんと2人で回るからと一旦別れて万事屋3人とお祭りへ向かった。


そこでとにかく驚いたのは神楽ちゃんの食欲だ。片っ端から屋台飯を食らい毎回銀さんと財布の喧嘩が欠かされなかった。お前はりんご飴の飴の部分だけ食ってろ!その天然パーマ綿菓子にすっぞ!という謎の喧嘩である。結果は手が出た神楽ちゃんの勝利。新八くん曰くこれはいつものことらしい。財布をぶんどられ、食べるものが無くなった銀さんにクレープを奢れば機嫌は直してくれた。単純だ。


「お前よかったのかよ」
「え?」
「俺はお前らが上手くやれねぇとは思えないけど、名前ちゃんがワガママになるくらいがバランスいいと思うぜ」
「はぁ」
「男ってもんは甘えられてなんぼだ。単純だからよ」
「確かに銀さんは単純ですね」
「あ、いま銀さんのハート傷ついたかんね」
「褒めたんですよ」
「ほぉー言うようになったじゃねーの」


クレープを食べながら走っていった神楽ちゃん達を見守る。騒がしい夏祭りが万事屋といるともっと騒がしくなるけれど、こんな夏祭りもいいなと思う。家族みたい。昔、家族みんなで祭りに行った時のことを思い出して不思議と懐かしくなった。


「お嬢ちゃん?!それおじさんのグラサンだからァ!」
「名前ー!見てみてグラサンゲットアル!」
「おいダメだって神楽。金になんねーもんとっても意味ねェだろうが」


以前出会った長谷川さんがボロボロの姿でお店に立っていた。駆け寄ってきた神楽ちゃんが何しているのかと思えばそこは射的屋でどうやら店主は長谷川さんらしい。彼の職種は一体何なんだ。という心の声は隣の銀さんに、マダオだから。と返されてしまい益々謎が深まった。とりあえず何も触れないでおこう。

その可愛い容姿とは裏腹に片手にピストルを持って手を振る神楽ちゃん。床には大量に積まれたお菓子やおもちゃがあって、容赦なく景品をとっていく彼女が恐ろしい。ほとんどなくなったんじゃ…と眺めていれば、ふと目に入ったのは栗色の少し小さなクマのぬいぐるみ。遠くからでも分かるその赤い綺麗な瞳がどこか彼と重なった。


「何かほしいものあるんですか?」


突然、一点を見つめる私に新八くんが問いかけてきて肩が震えたけれど必死に首を横に振る。


「私がとってあげるネ!」
「あのクマのぬいぐるみですか?」


前から思ってたけど新八くんはよく人のことを見てるな。大丈夫だから、という声も届かず神楽ちゃんは片っ端からある景品を命中させていった。長谷川さんが涙目だ。


「お前そんなもんほしかったのかよ。まだまだガキだねェ」
「お、女の子はみんな可愛いものが好きなんですよ!」


倒れたくまさんを拾い上げると銀さんはニヤニヤと私を見ていた。子供扱いされているようでちょっとムカつく。神楽ちゃんは食べれるものだけ根こそぎ腕に抱えて新八くんと次のお店へ走っていった。元気だなぁ。可哀想な長谷川さんに気持ちだけお金を置いていけば今度は目から大量の涙を流していた。
ふとその時、長谷川さんの声と重なる甲高い泣き声が私の耳に届いた。


「…?銀さん、」
「あ?どした?」
「…泣き声…子供の」
「?んなもん聞こえねぇけど」
「迷子じゃないですか?あっちのほうから」
「ちょ、おい!」


気が付けば体が勝手に動いていた。泣き声がする方へ向かえば、ちらりと見えたのは大人に埋もれて立ちすくむ女の子。人混みをかき分けて近付くと、女の子は声は出さずともその大きな瞳から涙が溢れていた。ゆっくりとしゃがんで目線を合わせる。さっきとってもらった沖田くん似のクマのぬいぐるみを渡せば少し怯えながらも受け取って泣き止んでくれた。そこからそっと右手を差し出すと私よりも一回り小さな手が握り返してくれたことでほっと胸を撫で下ろした。


「…あ、銀さ、」


振り返ればもう銀さんの姿も見えない。神楽ちゃんや新八くんも。まずい。やってしまった。私一人でどうすれば。見上げてきた女の子に不安が伝わらないように必死で笑顔を取り繕って大丈夫だよと声をかける。とにかく、もう一度長谷川さんのお店に行けば、何とかなるだろう。人混み嫌いって言ってた銀さんはそんなにウロウロしないだろうし。うん。そうしよう。戻ろうと足を向けた。

ところが、簡単なことではなかった。花火の時間が迫り人が多くなってくる。もはや自分の足で歩くと言うより人に押されて進んでいるような状況。こんなの人探しなんかできる余裕は無い。とにかく女の子を離さないように抱き締めながら最善の注意を払って思いっきり横道に踏み出した。
パッと大通り外れの道に出て人混みからは逃れられたけれど完全に長谷川さんのお店も見失った。幸いここは私と同様に人混みを嫌がる人達が同じように歩いていた。別に誰もいない訳じゃないし、戻る方が危険だと考えてこのまましばらく道外れにいようと女の子の手を握れば不安そうにクマのぬいぐるみを抱える少女に胸が痛む。近くの人に聞けば、迷子を預かってくれる本部の場所を教えてくれたのでそこへ向かうことにした。


「はい。どうぞ」
「…いいの?」
「うん」


通りすがりにぽつぽつと佇んでいた屋台からいちご飴を購入して渡せば今日初めて表情を明るくして食べてくれた。


「今日は誰と来たの?」
「ママとパパとお兄ちゃんだよ」
「4人家族なんだ。仲良いんだね」
「うん!」


慣れてくれたのか普通に話してくれる女の子に私も安堵した。よかった。ちなみに少女は6歳らしい。この歳で迷子なんて怖いよね。自分が一度経験した迷子の記憶が蘇る。涙が止まらなくて、心細くて、どうしようもなかった。私でいいなら助けてあげたい。


「お姉ちゃん、私あれやりたい!」
「え?」


突然指指したのはまたもや景品が並ぶ射的屋。え、ここにもあるの射的屋。流行ってるのこれ。にしても期待の眼差しで見られたら断れない。この子が元気になるならいいか。と財布からお金を差し出した。


「おしかったねお嬢ちゃん」


小さな体で一生懸命ピストルを構えていたけれど、どれも当たりはしなかった。まだ6歳の女の子には難しいそうで。涙目になる少女にスルーなんかできないじゃないか。1回だけ。やってみよう。再び財布を開けた私に隣の少女は目を輝かせた。いや、お願いだから期待はしないでほしい。狙うはうさぎのぬいぐるみ。


「…また外れた」


取れない。絶対取れない。神楽ちゃんどんだけ上手なの。残念だったね。と笑われてとてつもなく悔しい。これはあれだ。とれるまで帰れませんだ。覚悟を決めて10回分纏めた料金を差し出してコルクを構えるとおじさんが困ったように笑った。


「姉ちゃん顔に見合わず頑固だねェ。でもいいのかい?そろそろ花火の時間だけど」
「…あ」


腕時計を見ればもう花火まで時間が迫っていた。せっかく来た花火大会を家族と見れないなんていくら何でも可哀想だ。おじさんにお礼を言って本部まで急ぐ。素足に下駄を履いているため親指の間がピリッと痛むけれど気にしている暇なんかない。この子のために。家族のために。そこまで運動は得意ではないけれど、女の子を抱き抱えて全力で走った。


「オネーチャンそんな急いでどこ行くのー?」
「もうすぐ花火上がるんだってよ。俺たちと見ねェ?」
「…い、急いでるので大丈夫です」


運の悪いことに人が居なくなった場所でガラの悪い不良に遭遇する。街灯しかない道で顔は良く見えないけれどニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていることは分かる。絶対に逃がしてくれないやつだ。浴衣越しに分かる少女の震えが私を動かした。走ろう。全力で。そう強行突破しようかと身構えた瞬間だった。


「いてェ!」
「な、なんだ?!」


私の後ろからとてつもなく早いものが横切って、気付けば男は頭に赤い跡を付けて倒れた。ゆっくりと歩いてくる足音は少し気だるげで、私の隣で止まった。


「テメェらだけで寂しく夜闇でも見てなァ」


聞きなれた声だった。聞きたかった声だった。視線を向ければ沖田くんは片手にピストルを持っていた。ちなみにそれは先程私がやっていた射的屋のもので、立ち上がった男たちの額に赤い跡が付いていたのはたぶんコルクだろう。真選組だと理解した男たちはしっぽを巻いてその場から逃げていく。


「…沖田くん」
「こっち」


チラリとこちらを一瞥した後それだけ言って歩き出すから慌てて着いていくと、そこはものの数分で目指していた本部へ到着した。


「ったく、迷子を保護してテメェが迷子になるなんざ訳ねェな」
「ていうか名前さん意外と方向音痴なんですね。すごい遠回りしてましたよ」
「…面目ないです」


警備のため本部には数名の真選組もいて、土方さんと山崎さんには事情を説明すると呆れ笑いされた。とても恥ずかしい。方向音痴なんて自覚はなかった。うん。普通に地図感覚あると思っていたもの。なのにあの射的屋からほぼ一角で辿り着いた本部がこんなに近かったなんて。


「まま!」


既に捜索願は出てたらしく、女の子のご両親が目に涙を浮かべながらぎゅっと抱き締めていた。よかった。本当にありがとうございました。と深々頭を下げられて恐縮する。花火もあるしみんなで見てきてくださいと背を押せば、女の子は家族で手を繋いで行ってしまった。


「お前はいいのか」
「何がですか?」
「花火」
「あぁ…1人で見ても寂しいので、ここで銀さん達待ってます」


椅子に座って言えば、土方さんの表情は何も変わらなかった。静かに煙草をふかしている。


「おい山崎ィ。そういやうちの局長も迷子だったなァ。あのメスゴリラのところまで迎えいくとするか」
「え?あ、は、はい!」
「今なら上司いねーなー。よおしあとは任せたぞ総悟ー」


何も表情は変えず、ただ最後の言葉は誰が聞いても分かるほど棒読みだったけれど。去り際に肩をポンと置かれて土方さんと山崎さんは行ってしまった。近くにいた沖田くんから、死ね土方。と呟きが聞こえたのは気にしないでおく。


「ほら」
「え?」
「足。見せなせェ」
「…なんで」
「歩くのも限界なんだろ」


確かに一人で見るのも寂しいと思っていたけれど、あの時全力疾走したから下駄を履いていた足は既に皮も剥けて血が滲んでいた。沖田くんには全てバレていたらしい。自分でやると言ったけど、さすがに浴衣を着たまま足を手当するのは難易度が高かった。屈めない。恥ずかしいけれどお言葉に甘えてお願いすると、沖田くんはしゃがみこんで本部にあった救急箱で手際よく手当てしてくれた。


「上手ですね」
「まぁ生傷絶えねぇ仕事なんで。こんくれぇ朝飯前でさァ」
「…そっか」


少しだけ沖田くんの知りたくない部分を見てしまった気がする。私の知らない世界のこと。沖田くんからすればこんな傷、当たり前なのだろうか。


「立てやすか」
「はい。大丈夫です」
「ま、めんどくせェんで担がせてもらいやすけど」
「え?ちょ、!」


ふわりと浮いた体に驚く。背中と膝下に回された腕。沖田くんが私をお姫様抱っこで歩き出したからだ。


「は、恥ずかしいから下ろして!」
「やだ。花火まで時間もねェでしょう」
「でも!重いから!」
「あーあー。うるせぇ」


聞く耳を持たない沖田くんは少し歩いて人が居ないある場所で下ろしてくれた。そこは道から外れた丘の上。近くにはお寺があって階段も見えた。え、私を担いで登ってきたの。どんだけ丈夫なの。そんな沖田くんは息切れひとつしていない。体力が末恐ろしい。


「俺、毎年夏祭りとか警備でどうでもいい日でした」
「…?うん、」
「花火とかも正直どうでもよかった」
「うん…ごめんなさい、お仕事の邪魔して」
「だから、そういうんじゃねェって」


前を向いていた沖田くんはゆっくり視線をこちらに向けた。


「…嬉しかった」


あんなに広かった街の大通りが小さく見える。人の笑い声、流れる音楽、祭りの賑わい全てが耳に届かなくなった。


「初めてあんたから誘ってもらえて、嬉しかった」


沖田くんの手が、そっと頬に触れた。夏のせいか少し汗ばんだ手。赤らむ肌。彼のその端正な顔がゆっくり近付くのと比例するように心臓の音が破裂しそうなくらい高鳴っていく。


刹那、打ち上がった花火に肩が震えた。と同時にいつまでも迫ってくる感覚がやってこなくて、呆気に取られていると目の前に映る沖田くんはふっと笑って現実に引き戻された。


「やっぱまだあんたには早ェわ」
「なっ…」


けたけたと楽しそうに笑う沖田くんに恥ずかしくなって軽く叩けば簡単にあしらわれた。そうこうしている間にも花火はどんどんと打ち上がり、私たちを照らしてくれた。視界いっぱいに広がる花火に心奪われる。こんなに近くで見たのなんかいつぶりだろう。花火って、こんなにも綺麗だったんだ。


「見て沖田くん!今のうさぎの形してましたよ!」
「へいへい。ホント見てて飽きないねェ名前さんは」


隣で沖田くんがどんな表情をしていたのかは分からない。それでもすごく安心できた気持ちになれたのはきっと彼のおかげだ。こんなにも綺麗な花火を見れたのは彼のおかげだ。



夜空に咲く花火が散ってしまって、降りる時も頑なにお姫様抱っこされた。抵抗する間もなく本部へ連れ戻される。逆に彼に反抗できる人がいたら知りたいくらい。


「お姉ちゃん!」


可愛らしい足音と共にやってきたのはあの時の女の子。私と沖田くんを交互に見て、王子様みたい!と目を輝かせられたので速攻で下ろしてもらった。否、下りた。強制的に。


「これ!返すね」


手渡されたのは私があげたクマのぬいぐるみ。いらないの?と問えば、これもらったから!と見せられたのは私が取り損ねたうさぎのぬいぐるみだった。


「そのお兄ちゃんがくれたの!」
「え?!いつの間に」
「たまたま取れただけでさァ。どっかの下手くそな女が惨めに頑張ってたんで」


ふいっと顔を背けたのは素直じゃない沖田くんならではだ。ていうか見られてたの。私が射的してたの。


「これは大事なものなんだよね。お姉ちゃんの」
「えと…うん」
「お兄ちゃんに似てるから?」
「ちが!友達がとってくれたからだよ!」
「えへへ。私はこのうさぎさんお姉ちゃんに似てるから!大事にするね!」


最近の子供がおませさんという話はどこかで聞いたけれど、この子も何かを見透かしたかのように笑って家族の元へ走っていった。手を振り返せば両親も頭を下げてくれて姿が見えなくなるまで見送る。一体あの子はどんな子に育つんだろう。絶対すぐ彼氏できそう。手渡されたクマのぬいぐるみを見つめる。するとパッと沖田くんに取られてしまった。


「女ってのはこういうの好きですよねェ」
「いいじゃないですか可愛いんだから」
「ただの毛玉ですよこんなん」
「私にとっては特別なんです」
「へぇ。その心は」
「え」


ジト目で私を見つめる沖田くん。なんかこの顔は不機嫌な時にみるあれだ。早く答えろと言わんばかりに何も言ってこないけれど、率直に沖田くんに似てたからなんて言えるわけもなく。


「か、神楽ちゃんがとってくれたから…」
「チッ。クソチャイナが」
「わー!まってまって!」


今にもぬいぐるみを投げ飛ばしそうな沖田くんを必死に止める。何とか阻止して返してもらった。沖田くんが沖田くんを投げるみたいで心が痛い。


「名前アル!」
「ったくよぉ、心配かけんじゃねーっつの」


無事で良かった。と安堵してくれた3人に謝ると銀さんには軽くお説教くらった。やっぱり子供扱いされてるみたい。今回は私が悪いけれど。時間はまだあるし神楽ちゃんたちと残りの時間出ている屋台を回ることにした。治療してくれた足は慣れれば問題無いのに相変わらず沖田くんに担がれてしまう。


「名前!やっと見つけたぁ」


再び声をかけられたのは同期だった。2人の隣には少し背の高い好青年と、もう1人は背はあまり高くないけれど人目見て分かるほどの優しい顔立ちをしていた。何度か写真で見た彼氏さんだ。目を合わすと2人とも笑顔で会釈してくれた。

「ごめんね、足怪我しちゃって」
「あんたのことだからまた無茶したんでしょ」
「あはは…まぁ。でも、沖田くんが処置してくれて」

沖田くんは同期達の彼氏とは正反対にいつもの真顔で挨拶を返す。せめて笑顔ではいておくれ。当たり障りのない会釈でよかったのに。あんなに期待されたイケメンの沖田くんに幻滅されたかと思えば、同期は意外にも優しく笑っていた。


「名前、大切にされてるのね」


その後に、後ろに立つ沖田くんを見て、じゃ、また話聞かせてね。と手を振って去っていく。仲睦まじそうに帰る彼女達の姿は何度も見た写真のままだった。

大切にされてるのね。あの沖田くんの態度を見てそう思う要素があっただろうか。それなら彼女達の彼氏さんの方がよっぽと大切にしていると第三者の私でも分かるほどだ。チラリと隣にいる彼を見れば、相変わらずダルそうに欠伸をしていた。


しばらくしてお妙さんや九兵衛さんも合流して、長谷川さんの射的屋に舞い戻ってくる。ストーカーをしていた近藤さんやそれを連れて帰ってきた土方さんまでも何故か参戦して楽しいお祭り第2次会が始まった。もうほとんどお店の景品はないけれど。


「ほんと下手くそだな名前さんは」
「そういう沖田くんは上手ですね」
「当たり前でィ。俺は昔スナイパーっていうあだ名で呼ばれてたらいいのになー」
「願望!?」


私には射的のセンスが無いと知りながらも現在行われているトーナメント戦に加わった。なんかほしいもんないんですかィ。と沖田くんに問われれば、別にないと答える。このクマのぬいぐるみだけで十分だし。すると相変わらず神楽ちゃんがとってくれたぬいぐるみに敵対心剥き出しの沖田くんは、ちっ。と舌打ちして射的に参加した。ずっと機嫌を損ねている彼の袖をそっと掴んだ。


「…さっき、なんで特別かって聞いたよね」
「チャイナがとったからだろ」
「それも無くはないけど…」
「分かった分かった。じゃ俺が取ってくるからそれに変えろ」
「似てたから」
「は?なにが」
「このぬいぐるみが、沖田くんに似てたから…特別なの」
「……」


そう言った途端、沖田くんはその大きな目をまたひとつ丸くして驚いていた。さらさらな髪に隠れた耳が赤くなっているのが分かる。あの彼が不意をつかれたように、少し取り乱した表情をするのが私は新鮮だった。


誰かが言ってた。一緒にいて楽しい人とではなくて、離れていて寂しい人を選びなさいと。


「仕事で忙しいし、会えない時はこの子が沖田くんだって思えば寂しくないから」


笑って言えばおでこに一つ痛みが走る。さっきとは変わっていつもの沖田くんが私にデコピンをしたのだ。ちょっと痛い。


「ばーか。んなぬいぐるみで穴埋められたらざまぁねぇや。仕事なんか抜けていつだって会いに行ってやらァ」


今日みたいに。呟いた沖田くんに今度は私が驚く番だった。


「だから変な気回さねェで、ちゃんと言ってくだせェ。会いたいって。いつでも電話でるから」


優しく頭を撫でられて、同期の言葉が脳内に響く。大切にされてるのね。心から実感せざるを得なかった。こんなことされなら。こんなこと言われたら。自惚れるしかないじゃんか。


「大切にしてるのね、沖田さん」
「そうですね」


そして志村姉弟の言葉と土方さんや銀さんの見守る視線には気付くことはなく、ただその幸せに心を委ねた。


「おーい名前ー!次名前の番アルよ!」
「うん!今行くね」


他の屋台がお店を閉めている中、その射的屋だけは夜遅くまで賑やかな声が響いていた。いくつもの楽しい笑い声だ。


「あ、名前さん」
「どうしたの?」
「言い忘れてやした」


そっと耳元で囁かれた言葉に今日全ての思い出が大切なものになったと言えるだろう。


「浴衣、似合ってますぜ」


叶うならば、この先ずっと沖田くんと、みんなと過ごせる夏祭りが来ることを、私はあの綺麗な夏の夜空に願った。

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