「ところでさ、名前はどこまでいったの?」
「え?」
同期たちとの定期連絡。毎回聞かれることは何となく決まっていた。そして私の返答も決まっていた。
同期たちの少しディープな話も段々と慣れてきたが最近は進み具合が遅い自分に自信がなくなってきた。
日も落ちて来た中で少し路地裏を見れば男女の世界。
私は歌舞伎町に住んでいるというのにその夜の街のことは詳しく知らなかったのかもしれない。そしてこれは勉強する機会かもしれない。
「もう少し人がほしいのよね…」
「身近な女性って他に誰がいますかね」
「あ、あいつ…」
頭を抱えていたお妙さん達に声を掛ける。
「私でよければ何か力になりますよ」
両手でガッツポーズした後に、お妙さんに真顔で拒否された。
「ダメです」
「ど、どうしてですか…」
「ぜったいにダメです」
「わたし…そんなに頼りないでしょうか…」
「わー!ちがう違う!違いますよ名前さん!」
本気で落ち込む私に新八くんが全力で励ましてくれる。
「銀さん。何考えてるんですか。純度100パーセントの純白純情娘を夜の街に連れ出せるわけないでしょう」
「なに果汁100パーセントみたいに言ってんの」
「純白純情娘が汚らわしい男の相手できるわけないでしょう」
「いやまぁでも白って200色あるし純白も200パターンあるってことで大丈夫だろ」
「何が大丈夫なんですか!何も解決してないし意味わかんねぇよ!」
「大丈夫だって。あいつ仕事人間だしパターン184番になったら夜の女になんだよ」
「デタラメ言ってんじゃねぇよ!200パターン人格変わるみたいじゃんかよ!それもそれでこえーよ!あんたは名前さんの何を知ってんだよ!」
「ずっと殻に籠ってても成長できねぇ。少し夜を知ってるくらいが良い女になれんだよ」
なんやかんや銀さん達が話してる中で私はどうしたらいいのだろうか。
「まあ確かに…僕の知ってる中で唯一まともで女性らしい女性の名前さんが…いやでもビジュアルで言っても男性人気は間違いないだろし…いやでもこの夜の街に染まってしまうのも…」
「おい新八が壊れたぞ」
「まじキモイアル」
すると奥から厚化粧した神楽ちゃんと、様々な女性達が…女性…??たち…??
「きゅ、九兵衛さんですか!わぁ!とっても可愛いです!」
「…あ、ありがとう」
「えっと、それから…」
眼鏡をかけた胸の大きな女性。変な格好をしているがこれもキャバクラの特性なのだろうか。
「あの!どうしたらその大きさになりますか!教えてください!」
「ちょ!?何言い出してんの名前さん!」
「あらあなた。銀さんがよく通ってる団子屋の娘じゃない。なーに私に良い女の教えを乞いたいの?いい度胸ね。でも勘違いしないで。それで銀さんは何も揺らがないから。私にしか揺らがないから。私と銀さんは切っても切れない深い繋がりが……」
「わぁそうなんですか…」
「違うからァァァ!!!!勘違いすんなそいつが勝手にストーカーしてるだけだから!!」
銀さんもこんな美女にストーカーされるとはさすがだ。
「私、沖田くんに意識してほしくて……ほら、沖田くんってあまり感情を出さないというか、いつも涼しい顔して王子様見たいじゃないですか…だから、私自身もっと魅力的な女性になりたくて、」
ぽつりぽつりと話し出すと銀さんやお妙さん達は何故かぽかんと口を開けていた。
「いや…別にンなことしなくてもアイツは…」
「なんって健気なの!いいわ。私が手とり足とり教えてあげる。それじゃまずこのSM嬢の衣装に着替え……」
「やめろ変態女ァァァ!!!!」
さっちゃんさんは今度はお妙さんに蹴り飛ばされてしまった。
「お妙ちゃん!どうしたのその子!完璧だよ!ちょっと今すぐこれに着替えてきて!!」
「店長!私許してませんから!」
「こっちの方じゃなくていいんですか?」
「いいのよまずキャバ嬢なんかやらなくて」
「いえ!私…みなさんの力になりたいです!私にできることなら!」
「名前ちゃん…」
それから普通の着物に着替えてお店が開いた。
「あ、私料理も運んできます」
昔の名残だろうか。たくさんのお客さんがいて、わいわい賑やかな広場。何度も行き来して笑顔を振りまいて、笑顔でありがとうと返されるこの状況に、少しばかり懐かしも楽しさを感じていた。
「おい」
いつの間に来ていたのだろうか。腰に刀を差したまま私を見つめる彼に手が止まった。
「沖田くん…」
「何やってんでぃコノヤロウ」
真顔で発する言葉は少し棘がある気がした。
「…あ、私、お妙さんのお手伝いで、料理、とか…お酒とか運んでて」
「んなめかしこんでか」
「…はい」
「チッ」
こんなにあからさまに舌打ちされることなんてあるだろうか。普通に傷付く。
「こっちで酒注げや」
「あ、はい。この料理運んでから…」
「さっさとしろぃ」
「…ハイ」
怖い…。こんなに怒ってる沖田くん初めてかもしれない。隣に座らせられてちらりと横を見ても沖田くんは何も話さなかった。
「えと、…お酒、注ぎますね」
「ん」
黙ってグラスを差し出した沖田くんに何の躊躇もなくウイスキーの瓶を持った。
「っておい名前。そいつに飲ませんな」
私の腕を掴んだのは土方さん。
「なにナチュラルに飲もうとしてんだ。お前飲めねぇだろ」
あっと思いついた。そっか、年齢的に…。
行き場の失ったウイスキーを隣に座った土方さんに差し出す。
「えと、じゃあ土方さん飲みますか?」
「仕事中だ」
その言葉だけで私はウイスキー瓶に蓋をしてテーブルに直した。なんだか沖田くんの不機嫌も増した気がしていたたまれないので、簡単なお冷だけ2人分作り出す。
「つーかお前何してんだこんなところで」
「お妙さんのお手伝いです」
「ふーん」
あまり興味無さそうに煙草に火をつけて吐き出す土方さんに出来上がったお冷を差し出した。
「ま、たまにはめかしこむのもいいんじゃねぇの」
ドン、と土方さんの言葉と同時に私が置いたお冷が沖田くんの手によって潰された。
益々不機嫌が爆上がりだ。土方さんも空気を読んで近藤さんの元へ旅立った。
「沖田くん…あ、お冷じゃなくて何か他の飲みますか…?」
「いらねぇ」
「えと、食べ物にしますか…?フルーツ盛り合わせとか…私、作ってきますよ。こう見えても料理の盛り付けとか得意で!実は以前は高級料亭で働いてたんですよ!意外って思うかもですけど…!」
お前が?って茶化されると思っていた。
それでも話さない沖田くんに不安が募る。私、何か彼にしてしまっただろうか。
「知ってまさぁ」
「…え?」
「お前が働いてたこと。あの大江戸4丁目の料亭だろ」
「え、どうして…」
「何度か俺も護衛で行ってたんで」
まさか、やっぱり。あのイケメンだと噂していた男の子は沖田くんだったんだ。それが沖田くんも認識してくれていたなんて。
「…あ、そうなんですか。私も一度だけ。見た気がしてました。たぶん、やっぱり沖田くんってその、かっこいいから…目立ってたし」
同期たちも一度見ただけなのに鮮明にずっとイケメンだと騒いでるしそれほど惹き付ける男の子だ。
「思ってたよりもずっとかっこよくて、素敵なんです。沖田くん。だから…もし何かまた傷付けてたら…嫌なんです」
隣に座る女はいつも俺のことを完璧だと素直に褒める。だけどそんなんじゃない。自分でも引くくらいちっさくてダサい男だ。
ひと目見ただけ。あの時お偉いさんの護衛で高級料亭に出向いた時に、若いなりにせっせと動き回って、疲れた顔もせず笑顔で誰にでも当たり障りのない顔で、声で、楽しそうに働くあの時からずっと。頭から離れず、ようやく自分のものにできたというのに、そんな女だからほっとくと変なもんに引っかかるし、誰からも好かれて、誰かのために動いて、ただ他の奴と笑いあってるだけでこんなにも胸が渦巻くような感情になる。俺は彼女が思ってるほど余裕がある人間じゃない。完璧な男じゃない。
そんなことを知られるのも怖いとさえ思っている。
「…沖田くん…?」
「悪ぃ。ちょっと頭の整理がつかねぇんでぃ」
眉を下げて俺を見つめる。これはきっと自分を責めてる。またきっと謝る。こいつは悪くないのに。俺がもっと、近藤さんのように、器のデカイ男になれたらいいだけのことなのに。
「ごめんなさい…」
ほらね。すぐ謝る。なんでも自分のせいにして、自己犠牲にも程があんだろ。もっと自分を大事にしろ。こんな顔させたいわけじゃないのに。
「俺、そんなに良い男じゃねぇ」
「…え?」
「あんたが思ってるより、余裕もねぇし、カッコよくもねぇ」
右手でその綺麗なサラサラな髪をくしゃりと握る。
「…楽しそうに働いてたアンタが目から離れなかった。でも、俺のもんになってから他の奴らに笑顔振りまくアンタを、独占したいって、笑いかけて欲しくねぇ、俺だけにしたいって思っちまった。だけど、誰にでも優しくて笑ってるアンタも好きなんでぃ。感情がぐちゃぐちゃで、ダセェんでさァ、俺は、」
ギュッと手を握った。それは私の心がギュッと締め付けられたと同じように。
「嬉しいです、沖田くん」
は、と口を開けて私を見つめる。
「沖田くんにそう思ってもらえて、嬉しいです。1人で悩まないでください。沖田くんが思ってる以上に、私はずっと独占されてますよ」
にこりと微笑んだ彼女に止まらないくらい胸が高鳴る。初めて彼女を見た時からこの高鳴りは忘れられない。何度も、何度見ても気持ちが増すばかりだ。