街中が甘い匂いに溢れ出すこの季節。
数日前から街中はピンクや茶色やハート等可愛らしい装飾で彩られていた。
かく言ううちのお店も例外ではなく、このバレンタインシーズンは大盛況であった。なので本番である今日も早めから準備で出勤しようと早朝から家を出た。忙しいけれど渡したい人がいたからだ。一応真選組の皆さんの分も作っているのでまとめて渡せば恥ずかしさも紛れるし。
コンコンと軽くノックして扉を開ける。
「おはようございます〜…」
静けさと肌寒さも残る朝。人の気配もあまりなくて、このまま置き手紙をして置いておこうかと思っていると、片手に煙草を加えた土方さんがやってきた。
「よぉ。どした」
「あ、土方さん。おはようございます」
「はよ。なんだその荷物」
凛々しい土方さんはこんな朝早くからもきっちりと隊服に身を包んでいるけれど、腰に刀はない。
起きてから一服していたのだろうか。貴重なお時間を割いて申し訳ない。
「えっと、皆さんにチョコレートです。いつもお世話になっているので」
「チョコォ?あぁ、もうそんな季節か」
毎日見回りしているから街の雰囲気は感じとっているのだろう。思い出したかのように呟いて、「ったく世間はホントお気楽なもんだよな」と煙を吹かせた。
「ふふ、たまには土方さんも息抜きしてくださいね。好みがあると思うので何種類か詰めました。これが甘いのと、苦めと、チョコじゃなくてケーキバージョンと、和菓子バージョンと…それから、」
「どんだけ作ってきてんだよ!!出張販売店か!!!Uberしてねぇからんないらねぇよ!!」
「わぁ!デリバリーとかいいですね!参考にさせてもらいます!」
「おい変なとこだけ汲み取るなよお前も働きすぎた休め!!!」
何やかんや一息ついて土方さんは私の荷物を受け取ってくれた。
「ま、みんな喜ぶだろうよ。あんがとな」
「はい。ありがとうございます」
「なんでてめぇが礼言うんだ。……つーか、アイツならまだ寝てっけど。部屋行って顔出してこいよ」
「あ……そうですよね、寝てますよね。もう出勤しないといけなくて、そのチョコ渡しておいて貰えますか」
「はぁ?俺から渡したら殺されるわ。それ別で作ってんじゃねえのかよ」
「そうなんですけど…今日も忙しくて来れるか分からないし…」
ここ数日で休憩も束の間の日々だ。今日は必ず大変な一日になる。薄暗かった空が段々と日が昇ってきて左手の腕時計を見た。
「…!すみません、もう行かなきゃ!」
「は?おい」
「また来れたら来ます!それじゃ…!」
土方さんの声を背にお辞儀をして屯所を後にした。
この当日は朝からずっとお客さんが途切れることなく大繁盛だった。
数週間前から考えた新作のチョコレートやカカオを使った和菓子などあらゆるメニューを考えて有難いことに全て人気商品となり、常連しか来なかったこの団子屋も若い女の子から子連れの家族、マダム方の幅広い年齢層までやってきてくれた。
ご主人達も手伝ってくれて私は休憩もとることなく時間が過ぎていく。お昼も過ぎてあっという間に夕方近い時間。
「名前!久しぶりネ!」
「神楽ちゃん!」
ひょっと顔を出した神楽ちゃんの後ろに綺麗な女の人もいた。
「神楽ちゃんもバレンタインですか?もしかして銀さん達に?」
「え……いやー私じゃなくてツッキーが」
「違うじゃろ!主の希望じゃろうが!」
わいわい言い合う神楽ちゃん達の対応が照れ隠しだと分かると微笑ましい。
「ふふ、銀さんたち喜ぶと思いますよ。オススメはこの生チョコ大福です。あ、苺入りもありますよ」
「おー!美味そうアルな!」
「もちろんです!」
「おーい、こっちの注文頼むよ」
「はい!ごめんなさい、少し待っててね」
目を輝かせて選ぶ神楽ちゃん達。そんな中で他に呼ばれて駆けていく。
「名前忙しそうアルな。一緒にチョコ渡して欲しかったネ」
「この状況だと難しいだろう。無理を言うな」
「ごめんなさい、今お店を開ける訳にはいかなくて…」
月詠さんも気をつかってくれて声をかけてくれる。
「ありがとうございます、あ!これは私から神楽ちゃん達にです!あと銀さんの分も入っているので一緒なら渡しやすいと思うんですけど」
「うおー!ありがとネ!」
「月詠さんもよかったら食べてくださいね」
「ほう、見事な出来栄えじゃな。有難くいただくぞ」
にこりと笑ってくれた月詠さん。
「名前はアイツにはあげないアルか?」
「…作ってはいるんですけど、なかなか難しくて」
「アイツならねちっこく言ってきそうアルよ」
「大丈夫です。一応今朝真選組の皆さんの分はお渡ししたので、なんとかなるかと、」
忙しいだろうと想定して今朝出勤前にはまとめて渡した。沖田くんは起きていなかったから、会ってはないけれど。
そうして日も沈んで片付けをしていた。
でもやっぱり会いたいな。
帰り際、橋の上でチョコまみれになっていた神楽ちゃん達。
「あ、名前ちゃん。これは私から」
「お妙さん、ありがとうございます。私もよかったら」
「まぁありがとう。それで、彼には渡したの?」
「えっと…今から行こうかと」
「きっと喜ぶと思うわ」
「そうでしょうか…」
屯所に向かう。
「あの、ごめんくださ…」
「名前さーーーん!!」
一斉に隊士達が押し寄せてきた。
「チョコ!ありがとう!!」
「もう超美味かった!!!」
「俺この歳になってもまだ女の子からチョコ貰えるなんて……」
「天使だ名前さん!!!」
ドカーン!と大きな爆発音と共に焦げ落ちた隊士さん。
そのまま誰かに強く手を引かれて屯所の入口から外へ連れ出された。
「あの……沖田くん……、」
しばらく歩いて沖田くんは立ち止まった。
夜も落ちてきて周りも人がいない。
月が照らす夜。ゆっくりと振り向いて沖田くんは何も言わない。
「本命、待ってんだけど」
ぽつりと呟いて沖田くんは笑う。
「えと……」
そっと頬に手を添えられて上を向く。
沖田くんの端正な顔と男の子にしては大きくて綺麗な目と目が合う。
月の光で少しだけ瞳に熱が差しているのが分かった。
逸らせられなくて、それが肯定と受け取った沖田くんの瞳は少しだけ揺れた。そのままゆっくりと瞳を閉じると、唇に柔らかい感触が伝わった。
胸が高鳴って、呼吸が浅くなって、しばらくして離れた感触に目を開けると同時に呼吸を吸う。
「ん、甘ェ」
満足そうににこりと笑った沖田くん。
恥ずかしさのあまり顔を下に向けると、添えられたままの沖田くんの手が私の唇をなぞる。
目を細めて、愛おしそうだと見つめるその表情が私の胸をいっぱいにするには十分だった。