どっと全身の力が抜ける。
頭がクラクラする。
呼吸が浅くなる。
人間の体温が冷えていく感覚。
横たわる市川くんの身体に触れて苦しくなった。
あぁ、まただ。大切な人が亡くなる記憶──
「レノ……」
「あの、市川は…!」
そばに居た伊春くんは呆然と立ち尽くし、日比野さんの慌てた声で私も自分の意志を再確認した。
「大丈夫だよ。必ず助けるから」
そうだ。救うんだ。だから私は医療班になったんだ。
ゆっくりと目を覚ましたレノにカフカも喜んで声を上げる。
病室に入るとこちらを向いた市川くんに目頭が熱くなった。
「体調はどう?」
「はい、大丈夫です」
「よかった。血圧測るから腕出して」
じっと見つめるレノ。
「古橋くんもそのまま安静にね」
「はい!!ありがとうございます!!」
「どうしたんすか伊春くん……」
「名前さんに看病されて喜んでるんだよ」
「バッカみたい」
「お前も、モタモタしてっととられるぞ」
「は」
意味深に笑うカフカにレノはふいっとそっぽを向いた。
「お前も男だねぇ」
「うるさいです先輩」
ただ、レノは気になっていた。だんだんと隈がひどくなる彼女の姿。自分が怪我をしてからだ。
何か隠しているような感じ。
「保科副隊長」
「何や、あんまかんくぐってもええことないで」
彼女も昔は隊員だった。
最前線に立って、迷いなく皆を引っ張っていってた。だけど、一度の怪獣殲滅の際に、みんな彼女を庇って死んだ。
何度も隊員を辞めようとしていた。だけど背負わされた命の重さに逃げることもできなかった。
プレッシャーに押し潰されながらも、何度も自分を奮い立たせてきた。
「お前が必要だ」
そう亜白隊長に声をかけられて、医療技術を勉強した。
「あいつは誰もが認める努力家や。せやけど、一番認めてあげてほしい人が、認めてあげてないんや」
、
「失礼します…名前さん?」
医療室に入ると、机の上で寝息を立てる彼女。
レノは静かに近づいて近くの毛布を肩にかけた。
「…ん、わ!寝てた…」
「…す、すみません、起こしましたか…」
「…え、!?レノくん!?」
寝顔…見られた…、と頬に手を当てて赤くなる彼女にレノは口が緩む。
「疲れてるならちゃんと寝てくださいよ」
「大丈夫だよ、それより何かあった?」
「あぁ、大したことじゃ」
「そっか、…また無理してトレーニングしてない?少し腕が張ってるよ」
「無理してるのは名前さんの方でしょう。くま、できてます」
「!」
こんなだめな私、市川くんにも引かれちゃうな。そう下を向く私に市川くんは手を取る。
「食事も抜いてますよね。」
図星だった。
どうして。
そんなに見ているの。
そう思ってしまうくらい。
全部当たっていた。
「私は……。」
言葉が続かない。
心配を掛けたくない。
隊員の前では笑っていたい。
そう決めていたのに。
「俺。」
レノが静かに口を開く。
「保科副隊長から聞きました。」
その言葉だけで。
胸が締め付けられる。
「昔のこと。」
「……。」
あの日。
怪獣討伐。
目の前で倒れていく仲間。
冷たくなっていく手。
何度呼んでも返事をしない声。
あの日だけは。
忘れたことなんて、一度もない。
「俺が倒れた時。」
「班長。」
「泣きそうでした。」
「!」
心臓が大きく鳴る。
見られていた。
あんな情けない顔を。
「ごめんね。」
自然と出た言葉だった。
「思い出しちゃって。」
「……。」
「私、昔。」
声が震える。
「守れなかった人がいて。」
「だから。」
「また同じことになるんじゃないかって。」
「怖かった。」
その瞬間だった。
レノはそっと李灯の手を包んだ。
温かかった。
怪我だらけの手。
訓練を重ねてきた手。
それでも優しかった。
「杜鵑班長。」
「……。」
「俺はまだ弱いです。」
李灯はゆっくり顔を上げる。
レノは真っ直ぐだった。
少しも迷いのない瞳。
「だから今は。」
「班長を守れるなんて言えません。」
「でも。」
拳を握る。
「強くなります。」
その一言に。
呼吸が止まりそうになる。
「班長が。」
「安心して笑えるくらい。」
「誰も失わなくて済むくらい。」
「俺が強くなります。」
真っ直ぐだった。
どこまでも。
眩しいくらい。
「だから。」
少しだけ照れたように笑う。
「その時まで。」
「無理だけは、しないでください。」
⸻
言葉が出なかった。
胸の奥が熱い。
どうして。
どうしてこの子は。
こんなにも真っ直ぐなんだろう。
手を握られたまま。
彼を見つめる。
心臓がうるさい。
(……だめ。)
そう思う。
(この子は新人。)
(私は班長。)
(年上で。)
(支える側。)
なのに。
『強くなります。』
その一言だけで。
胸がいっぱいになる。
目頭が熱くなる。
(あぁ。)
ゆっくりと。
どうしようもないくらい自然に。
答えが胸へ落ちた。
(……好き。)
その瞬間。
自分の恋に気付いてしまった。
だけど同時に。
(だめ。)
その想いもまた、強く胸を締め付ける。
(私は大人だから。)
(この子の未来を邪魔しちゃいけない。)
だから李灯は、いつものように優しく笑う。
何事もなかったように。
班長として。
ただ一人、その恋心だけを胸の奥へしまい込むのだった。
「名字さんのこと、知りたいんです」
「え?」
「俺、尊敬してるし、でも無理して辛そうな名字さんを見るのも嫌なんです。だから」
自然と目頭が熱くなる。真っ直ぐで真剣な市川くんの瞳に吸い込まれそうに。
「だから俺に名字さんのこと護らせてください」
どうしてそんなにかっこいいのだろう。これ以上私を好きにさせないでほしい。