差し出す「I Love You」。


「私のどこがよかったの?」


目の前でチョコレートパフェを食べる手を止めて「はぁ?」と気の抜けた声を出すマイキーこと佐野万次郎くん。
顔をあげれば、おでこの出た端正な顔立ちに光る瞳が私を見つめて、「お前、それ何回目だよ」と少し眉間に皺を寄せる。さすがに暴走族の総長であるが故、その表情にちょっと怯えてしまって後悔するけど、どうしても不安になるのは許して欲しい。


先程も言ったように彼は中学生ながらにして、知らない人はいないほどのとても強い東京卍會の総長なのだ。
そんな彼が、どうして平凡な私と付き合ってるのか未だに分からない。


「お前が好きだから」


淡々と言って再びパフェのスプーンを動かして生クリームを頬張る万次郎くん。いつもそうだ。自分でもめんどくさい女だと思うけれど、この質問をした時、彼は何の恥じらいもなく、私が好きだと言う。言葉では伝えてくれる。それは嬉しい事なんだと思うけど。



でも何度も言うように彼は暴走族で、喧嘩か何か分からないけど、突然私の前から消えて、そして何事も無かったかのように、ふらっと再び目の前に現れる。猫みたいに。


今日もそう。
私の学校帰りに、校門の前に背を向けて待っていて、かれこれ1ヶ月ぶりなのに「よ。」と一言だけ。

それから当たり前のように私の隣を歩いて帰路につく。連絡だってマメじゃない。返信はちゃんと返ってくるけど、どこで何してるっていうのも、ケンちんとメシ。とか、パーのバイク直してる。とか、女からしたら冷たいって思ってしまうのも仕方ない文章で、初めはこまめに連絡したいって思っていたけど、ついに自発的に送るのをやめた。
どうせ彼からも連絡なんて滅多にこないから。

でも私は理由なんて聞けるわけもなかった。
彼には彼の世界があって、どうしても踏み込んでは行けない。部外者の私が聞くことでさえもマナー違反な気がして。


こんなんで本当に付き合ってるのかって思うけれども、結局、突然今みたいにふらっと会いに来て、「俺パフェ食いたい」って一緒にカフェに入って、帰りも家まで送ってくれるし、あ、デートか。ってなるもんだから別れよとかもならないのだ。






「私って、魅力ないのかな」



「はぁ?」と今度は低い声で呆れたように発したのは万次郎くんの友達兼保護者のドラケンくんだ。

たまたま休みの日にショッピングに出掛けるとばったり出会って、ついに良い機会だと相談に乗ってもらったわけだけれど、ドラケンくんは深いため息をついた。


「だって、…分かんないよ。私、可愛くないし、めんどくさいし、…良い女じゃない」


その辺にいるただの女子中学生として生きてきた。特に何がある訳でもなく、例えなくても普通。暴走族と関わることも絶対ないと思っていた。万次郎くんとも学校も違うし、会ったのもたったの1回。私が一方的に知っていたけど、うちの中学にカチコミに来た時に、周りのことなんてお構い無しに突然。


「あんた、俺の彼女になってよ」


そう言われて手を握られ、「今日からよろしく」なんて目を丸くしてされるがままになるしかなかった。


外を眺めて仲良さそうに歩くカップルを見てマイキーくん、ドラケンくん、その繋がりで知ったタケミチくんとヒナちゃんが重なった。
あの二人はとても強い愛で結ばれてるって伝わる。

「ヒナちゃんが羨ましいな」
「あ?」
「…タケミチくんみたいな人だったら」


タケミチくんみたいだったら、不安になんかさせず大事にしてくれそう。なんて。


「…アイツも、ほんと何も言ってねぇのな…」


ドラケンくんが、頭を抱えて深いため息をついた。


「それ、マイキーの前ではぜってぇ言うなよ」
「え?」
「アイツもお前が思ってる以上にベタ惚れしてんぞ」
「嘘だよ。そんなことない」
「いやマジだって。言ってねぇだけで、お前のことずっと前から知ってたぞ」
「…は?」
「お前、学校帰り河川敷通るだろ。あそこで1回不良からちっせぇ子供助けてただろ。そっからマイキーがえらい気に入ってよ」
「…なにそれ」
「いわゆるあれじゃね。一目惚れってやつ」


今度は私が頭を傾げる番だった。
一目惚れ?誰が?万次郎くんが?


「…ありえない」
「マイキーも付き合うとか恋愛とか全く無知だからどうしていいか分かんねぇんだろうけど、アイツもアイツなりに想ってっから。お前もちったぁ信じてやれ」



信じてやれ。か。
ドラケンくんの言葉を噛み締める。
始まりは最悪だったかもしれないけど、関わっていくにつれて、意外と優しいとこも、子供っぽいとこも、大人な強さがあるところも知って惹かれていったのも事実。
久しぶりに連絡でもしてみようかと思い立って携帯を取り出せば、画面には何十件のメッセージが入っていた。それも全て、万次郎くんで。
全く気付かなかった。今どこにいる。おい。返信しろ。
怒っている…?いや、彼はいつもぶっきらぼうだから普通か。


なんて思っていたら、目の前のドラケンくんがピタリと固まった。


「…?ドラケンくん?」
「楽しそうだね。名前」
「…へ」


聞きなれた声に恐る恐る振り向く。
案の定、笑ってるけど笑ってない万次郎くんが立っていた。何かを察したようにドラケンくんはお勘定だけ置いて颯爽と帰っていってしまった。


「返信ないって思ってたらケンちんと浮気?」
「なんで…」


なんでここに。そう言いたかったけど、少し汗ばんだシャツ、微かに上下する肩と、その広いおでこから滴る雫に何も言えなくなった。


「行くぞ」


ぐいっと手を掴まれてファミレスから外に出て、そのままスタスタと歩くけど、万次郎くんの歩幅があまりにも早くて足がもつれそうになりながら、着いていくのが精一杯。


「まって、…まって…!万次郎くん…っ!」


声が聞こえなくて、握る手も強くて、怖い。振り向いてくれない万次郎くんに涙が出そうになる。
フラフラと必死に動かす足が辛くて、どんっと歩行者にぶつかってしまって、倒れ込みそうになった。
あぁ、もう、なんでこんなことになったんだろう。人と付き合うのってこんなにも難しいんだな。タケミチくんだったら、ドラケンくんでも大切にしてくれそう。三ツ谷くんでもきっと優しかっただろうな。
変なことばかり考え始めて、そんな自分が惨めで涙が溢れてしまった。


「…名前!」


焦ったように名前を呼ばれた瞬間、地面には倒れこまなくて、ぐいっと手を引き寄せられた。
手、離さないでいてくれたんだ。

爽やかな柔軟剤の香りと、それに混じった汗の匂い。


私が顔をあげた瞬間、溜まった涙が一粒溢れて、万次郎くんが目を見開いたと思えば、私にぶつかった歩行者に殺気の篭ったメンチを切り出すので、今度は私が焦って止めたけれど。


ぎゅっと強く強く抱き締められて、万次郎くんの顔が見えなくなった。


「……ごめん」
「え?」


微かに震えた声だった。


「……不安にさせてた。ごめん」
「なんでそれを…」
「ケンちんに聞いた。俺がもっとちゃんとしろって」


ドラケンくんはとても仕事が早いんだな。


「…俺、こういうのどうすりゃいいのか分かんねぇから」
「…うん」
「それでも、俺なりに彼氏してるつもりだった」
「…うん」
「でも全然ダメだった」


顔を私の肩に埋めていく万次郎くん。
こんなに弱々しい万次郎くんなんか初めてで、今にも壊れてしまいそう。


「……好きだよ。だから、他のとこなんか行かねぇでくれ」


震える声でそう告げられて、今までの不安が一切消えていった。怖がることなんて何も無かった。先程の涙も、知らず知らずに嬉し涙に変わって溢れ出す。


「…うん。私も好きだよ。万次郎くん」


彼の厚く鍛えられた背中に手を回して抱きしめた。

心配なんてしなくても愛されてた。私の両手で受け止めきれないほど愛されてた。
愛情表現が不器用なだけで、彼からの好きはいつでもそばにあった。


「帰ろ、万次郎くん」
「はか。今こっち見んな」
「可愛いねマイキー」
「お前なんでそんな嬉しそうなの?」
「なんでも。今日も家まで送ってくれるんでしょ?」
「当たり前じゃん」
「ふふ、大好き」
「…っ」


その汗も私のために必死で走ってきてくれたんだよね。誰とどこにいるって言うのも、私に浮気してないよって伝えてくれてたんだよね。
毎日送ってくれるのも心配だからだよね。私が知らない間にたくさん愛をくれてた万次郎くん。
そっと少し背の高い彼の白い頬に口付けを落とした。不意打ちをくらって真っ赤に染まったその表情も私を安心させるには十分だった。



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