おもてなし

『そうそう、言い忘れてたんだけどね。あれ、呪いのビデオなの。見た人は七日後に呪われちゃうってやつ』
 日本にいるユラの従妹は、電話でユラにそう告げた。
「は、はあ? ちょっと、冗談でしょう。もう見ちゃったよ。どうしてくれるの」
 件のビデオはつい先日、従妹が日本から送りつけてきた。留学したばかりでまだ友人も少ないだろうから、暇つぶしに見るといいといった内容の手紙付きで。
 友人も少しずつでき始めていたころだったが、まだ頻繁に遊ぶような仲のいい友人はいなかった。そのため、案の定暇を持て余していたユラは、従妹が送ってきたビデオを見てみることにしたのだった。日本からビデオデッキとDVDデッキを持ってきていたのは、元々映画好きだからであったためだ。そんなユラはずっとビデオの中身が気になっていた。
 いざビデオを再生してみると、よくわからない映像が続く作品で、全体的に不気味な雰囲気をまとっていた。
『そっかぁ、ちょうど見ちゃったころなんじゃないかなーと思って電話したんだ』
「どういうつもりなの?」
『いやー、最近調べてることがあってさ。呪いのビデオなんてありませんよって証明したいわけ。現に私も死ななかったし、呪いなんかないんじゃん? あんたの所に送ったのはオリジナルをダビングしたものなの。呪いの元凶は貞子っていう女なんだけど……』
「その貞子が外国にも現れるのかって実験? もう、勘弁してよ」
『そうそう、そういうこと。で、現れたら電話ちょうだい』
「ちょっと。呪いなんかないとか言ってなかった?」
『ま、まあ……そんなものはないはず、なんだけど……。とにかく、長い黒髪の白いドレスを着た女がでたら――』
 突然電話がぶつりと切れた。回線に異常でもあったのだろうか。それにしても不思議なのは、従妹が貞子がどんな女か詳しく知っている点だ。ユラの従妹は日本でオカルトライターなるものをやっている。呪いのビデオも仕事のネタの一つなのだろう。そのために詳しいのかもしれないが、まだ疑問は残る。なぜ、ユラがちょうどビデオを見終わったころに電話をしてきたのだろう? あまりにもタイミングが合いすぎている。
 ユラはため息をつきながら電話の受話器を置いた。そのとき、背後に人の気配を感じた。一人暮らしのアパート。合鍵を渡すような間柄の友人もいない。ユラは意を決してゆっくりと振り返ってみた。
 そこには、従妹の言っていた長い黒髪に白いドレスを着た女が立っていた。
「あ、あなたが貞子?」
 ユラは自分でもなぜ、人ならざる者にそんな風に声をかけたのかわからなかった。恐怖ですっかり混乱してしまっている。
「そのドレス……すごく可愛いね。とっても似合ってる」
 女は少し前かがみになって長い黒髪をたらーっと顔の前に垂らしている。その姿勢のまま、動かない。
「えっと……お茶でもどう? 紅茶しかないんだけど」
 貞子はゆっくりと頷いた。
「わかった。用意するから、向こうの椅子に座って待っててね」

 とんでもないことになってしまった。いったい、七日後にはどうなってしまうのだろう。そんなことを考えながら、ユラはお茶の用意をしていた。それが終わると、この前買ったばかりの木製のトレイにティーカップをふたつ乗せて、テーブルまで運んだ。
 驚いたことに、貞子はきちんと椅子に座って待っていた。ユラは内心いつの間にか消えていてくれることを望んでいたがために、すこしがっかりしたが、お茶に誘ったのは自分だ。しっかりともてなさなくては。
「はい、どうぞ。熱いと思うから、気を付けてね」
 貞子は目の前に置かれたティーカップに手を伸ばすことなく、じっとしたままだ。おそらく、少し冷めるのを待っているのだろう。
「ねぇ、私は七日後に死んじゃうの?」
 貞子は何も答えず、ゆっくりとティーカップに手を伸ばし、飲み始めた。
「……。気が変わったら、いつでも私のことを呪うのやめてくれていいからね」
 こんな風にだれかとおしゃべりしながら(といっても一方的にだが)、お茶をするのは久しぶりだった。慣れない外国、一人暮らし。きっと、そのせいで幽霊とお茶するのも悪くないなんて考えてしまうんだ。ユラは従妹に電話をするのも忘れて、お茶を楽しんだ。電話の呼び鈴が鳴り響いていたが、不思議なことにユラの耳には届かなかった。