お絵描きタイム

「ヴィンセントって蝋人形はもちろん、絵もうまいじゃない?」
 夕食が終わったとき、ユラがそう切り出した。
「どうしたんだよ、急に」
 ボーが食後のオレンジジュースを飲みながら、そう聞く。
「お母さんは、芸術家だったのよね? じゃあ、ボーとレスターはどうなの?」
「……」
「おい、ユラ。なんとなーくわかるだろう? ボーをあんまり虐めんなよ」
「うっせーな、レスター! お前だってうまくはないだろうが」
 ヴィンセントはボーとレスターの言い合いに顔をしかめる。
「兄さんたち、いつも下手だっていうけど……、僕、兄さんたちの絵とか見たことないよ」
「ヴィンセントでさえ見たことないの? これはいい機会だわ。しかも偶然、ここに紙とペンが人数分あるの!」
 ボーは小声で「最初からそのつもりだったんだろうが」と漏らす。ユラは聞こえないふりをしながら、みんなに紙とペンを配っていく。
「なんか、お題を決めて描く?」
 レスターがにやにやと笑いながら「ユラの裸婦なんてどうだ?」といった瞬間、ボーがレスターの顔を思いっきり殴った。
「いてぇ……ったく、冗談が通じねえんだから……」
「ライオン……とか、どう?」
「そうね、ヴィンセント! ライオンにしましょう」

 それから少し経った後……。
「みんな、描き終わった?」
 みんなは顔を上げた。それぞれ描き終えたらしい。
「で? 誰から見せるんだ? 特に決まってないなら、俺からだな」
 そう言って、自信満々にレスターはライオンの絵を見せた。
 意外にも、レスターはまじめにライオンの絵をかいていた。しかも、少しファンシーでかわいい。
「おまえ……意外に可愛いもん描くんだな」
「うん…………可愛い。でも、このライオン、どこかで見たことがあるような」
 レスターはため息を吐いた。
「やれやれ。我が兄弟たち、情けねえな。わからねえか、この前ユラが履いてたパンツにプリントされてたライオンだぞ」
「っ!!!」
 その瞬間ユラが立ち上がって、レスターの胸ぐらをつかんだ。
「どういうつもり、レスター! 人が忘れたい記憶を……」
「へへへ、そう怒るなって。似合ってたぜ」
「この〜っ!!!」

 数日前……。
「きゃ〜〜〜っ!!!」
 絶叫が聞こえてからすぐ、お風呂に行ったはずのユラが下着姿で、リビングに転がり込むように入ってきた。
「ボ、ボー! ヴィンセント! レスター! 誰でもいいからバスルームに行って!」
 その慌てぶりに、シンクレア兄弟は何事かと思い、そばにあった武器を手にした。
「あいつが……!」
「なに? 覗きでもでたのか?」
「ちがう! あいつよ! 名前も出したくない、あいつ!」
 そこでヴィンセントがポンと手をたたき「あ、ゴ……」と言いかけたのを、ユラは慌ててヴィンセントの口を手で押さえて止めた。
「いいの、わかる〜? 名前なんか出さなくていいのよ……」
 ボーがけらけらと笑いながら「なんだよ、虫くらいでそんな大騒ぎしたのか?」とからかうように言う。
「嫌なものは嫌なの! ぞっとするのよ」
 先ほどからレスターがにやにや笑いながらユラを見ている。
「な、なによ、レスター」
「いやぁ、あんた着やせするんだな。なかなか出るところ出てるんだなぁと思ってさ」
 レスターにそう言われて、自分が下着のままリビングにきてしまったことを思い出したユラは廊下に飛び出した。
「と、とにかく! バスルームのアレ、なんとかしておいてよね!」

「こほん、それじゃ、気を取り直して……ボーはどんなの描いたの?」
「俺か? これだ」
 これまた自信満々に出したライオンはひどく柄が悪かった。
「昔、絵は描く人に似るなんて聞いて、そんなの嘘だろと思ってたけど、あながちそうでもねえのかもな」
「極悪な……ライオン」
「っ、おまえらどういう意味だよ!」
 ユラはじっとボ−の絵を見ながら、ライオンの横の生き物を指さした。
「ね、ねえ……ライオンの横にいるこれはなに?」
「あ? ウサギに決まってんだろ」
 ヴィンセントがその答えを聞いた途端、うつむいてしまった。レスターは気まずそうな表情を浮かべている。ウサギとは本来ファンシーな生き物のはずだ。ボーの描いたウサギがいたら正直言って怖い。少なくとも肉食動物にしか見えないし、狂暴そうだ。
「なんだよ、おまえら……で? ヴィンセントはどうなんだよ」
「僕のはこれ」
 そういってヴィンセントが見せたライオンは想像以上のものだった。ライオンだけでなく、絵の中にはサバンナが広がっている。木の下で4頭のライオンが昼寝をしている。そのうちの一頭だけが起きていて遠くのシマウマを見ている。
「さすがね、ヴィンセント!」
「ありがとう、この起きてるのが僕で、これがユラで、これがボーで、これがレスター」
「……」
 ボーが舌打ちをして「このだら〜んと寝てるのが俺だと?」と絵をにらみながらつぶやく。
 レスターは「俺は木に顔面めりこんでるぜ」とライオンを指さしながら笑っている。
「わ、私なんかおなか見せて寝ちゃってるじゃない!」
「すごくうまくかけた」
 ヴィンセントはとても満足そうだ。

「で? ユラ、お前はどうなんだよ」
「私のはこれだよ!」
 ユラも自信満々にライオンの絵を見せた。
 ボーがその絵を見て「なんだよこれ……すげえ怖い。おい、なんでライオンが目から血出してるんだよ」と真顔で聞いてくる。
「目から血なんか出してないよ! それはひげ! 見ればわかるでしょう」
「見てわかんねえから目から血が出てるのかと思ったんだよ……」
 レスターも首をかしげながら「これ……生きてるライオンか? なんか内臓が飛び出してるぞ」とつぶやく。
「それは内臓じゃないよ、しっぽ! わざわざ死んでるライオンなんて描かないし」
「じゃあ、死にそうなライオンか?」
 ヴィンセントはに穏やかな表情を浮かべてユラの肩にぽんと手を置いた。
「僕わかったよ。ゾンビライオンでしょ? 強そうだね」
 ユラは苦笑いするしかなかった……。