04.彼女の努力

 さて、どこから探そう。男が一人逃げた。それが致命的なミスだとあの兄弟はわかっているのだろうか。それとも、この街から男が逃げ出さないという確信でもあるのだろうか。先程からユラは、歩きながら物陰をチェックしてみているのだが、それらしき男はいない。あの兄弟たちが見つけられずにいるのだから、簡単にみつかるはずもないだろう。ユラにひとつの考えが浮かんだ。見つけることが難しいのならば、あちらから出て来てもらえばよいのだ。

 森に行くと、ユラはその場に横になるとそのまま転がり、身体に土をつけた。背中にもついたことだろう。懐からナイフを取り出すと、太ももを切り付けた。
「ぅうっ!」
 鋭い痛みに思わず声が出た。ユラはナイフでシャツの裾を切ると、切り付けた太ももに巻き付け、ぎゅっと結んだ。うまい具合に布に血がにじんできた。これで誰がどう見ても、被害者側に見えるはずだ。ユラはナイフを服にうまいこと隠すと、立ち上がった。太ももが痛む。これで、下手な演技をせずともすむ。実際に痛いのだから。
 街に戻ると、ユラは足を少し引きずりながら「だれか!」と声をあげた。
「だれかいませんか! 助けて!」
 無人のはずの住宅のカーテンが揺れたのをユラは見逃さなかった。
「だれか!! 殺されてしまうわ!!!」
 一層声を大きくする。
 すると、とっくの昔に住民が出て行ったはずの家から男が出てきた。予想以上に屈強なその男にユラは少しひるんだが、「よかった、人がいたのね!」という言葉をなんとか口にした。体格的に非常に不利な状況だが、油断した時を狙えばなんとかなるかもしれない。
「君、お願いだから静かにして。こっちに来るんだ」
「わ、わかったわ!」
 男に連れられ、ユラは先ほど男が出てきた家に一緒に入った。男は鍵を壊して家に入ったらしい。扉が木製だったからこそ、なせたことであろう。他にも木製の扉の家があったはずだ。今度付け替えておかなくては――そんなことを考えながら、ユラは埃だらけのソファに腰を下ろした。
「君はどうしてこの街に?」
 疑っているのか単に好奇心か。なにか怪しまれないためにもそれらしい話をしなくてはいけない。
「田舎に帰る途中だったの。車がエンストしてしまって……。携帯のバッテリーもなかったし。それで、そばを歩いていたら男に声をかけられて……親切な人だと思ったのに」
「その足は……」
「そう。いきなり切りつけられて……。言うことを聞くふりして隙を見て逃げ出したの」
「君、やけに喋るね。それに冷静だ」
 ユラは嫌な汗が背中を伝っていくのを感じた。ばれたのだろうか。
「冷静なんかじゃないわ……。それに、あいつら以外の人と会ったのはすごく……嬉しくて」
「そう、だよね。こんな状況で冷静でいられるはずがない。馬鹿なことを言った。僕も今はどうかしているんだ……。僕の友達が何人も殺された。そして今、親友の彼女があいつらに囚われている」
「女の人の叫び声をガソリンスタンドの側で聞いたわ。どこから聞こえているのかわからなくて、助けられなかったけど……。もしかしたら、その人かも」
「そうだと思う。その子を、僕は何とかして助けなくちゃいけない。親友は死ぬ間際、僕に彼女を頼むぞって言ったんだ。僕はあいつを助けられなかった。だから、あいつの頼みくらいは……」
 ユラは男の肩を優しく抱いた。なんていい奴なのだろうか。殺すのが惜しいくらいだ。
「きっと、彼女を助けられるわ。私も協力する」
 そう言いながら、ユラは懐のナイフに手を伸ばした。が、男に急に抱き寄せられたためにナイフを取り出すことができなかった。
「な、なに?」
「静かに。今窓に人影が映ったんだ」
 ユラが窓の方を見ると、すでに誰もおらず、人影も見えなかった。
「誰もいないわ」
 男は何も答えず、しばらく様子を伺ってからユラを離した。
「そのようだ。でも、警戒しなくちゃいけない。奴らは僕と君を探しているはずだ。注意しよう」
「そうね、あなた名前は?」
「トムだ。君は?」
「私はユラ。よろしくね、トム」
 下手な偽名を名乗るより、本名を名乗ることにした。呼びなれない名前では、上手く反応できずかえって怪しまれる可能性が高い。
「ガソリンスタンドの方には今夜行こうと思っていたんだ。ユラ、君は此処で待っていてもいいんだよ」
「いいえ、私も行くわ。一人でも多いほうがいいわ」
 そうだ、ひとりでも多いほうがいいに決まっている。そのことを必ずやあの兄弟に思い知らせてやる。このトムを見事仕留めて……。
「ユラ……大丈夫かい? 僕の話、聞いてた?」
「ご、ごめんなさい……もう一度言ってくれる?」
「やっぱり心配だ。君は此処に残ったほうがいいかもしれない。傷が痛むんじゃないか?」
「大丈夫よ。お願いだから私も連れて行って。一人はもう嫌なの」
「それもそうか……。でも、君を守ってあげれるかわからないよ」
「自分の身くらい、自分で守れるわ」
 トムは少し笑った。ユラは、夜になる前にトムを仕留めたいと考えていたが、結局それは叶わなかった。彼は常に警戒を怠らず、眠ることもなかった。むしろ、ユラの方が油断して少し眠ってしまった。

「ユラ、起きて。そろそろガソリンスタンドの方へ行こうと思うんだ」
 ゆすり起こされたユラは、まだ見慣れない顔に少々驚いたが、彼がトムであることを思い出した。
「トム?」
「そうだよ、まだ寝ぼけているの? しっかりしてくれ」
 ユラはよろよろと立ち上がった。太ももが痛む。自分で切り付けていたのを忘れていた。巻き付けた布の上から傷に触れてみる。まだ触れるだけで痛む。
「大丈夫?」
「うん、ほら行きましょう」
 窓の外はすでに真っ暗だった。けれどいつもの様に、店の明かりに照らされて完全な暗闇というわけではない。気は進まないが、トムとガソリンスタンドの方へ行かなければいけない。あの女はまだ生きているだろうか。