シンクレア夫人を教会まで運んで行ったあと、ヴィンセントとレスターにモール夫妻を自宅に運んでもらった。グレッグは、モール夫妻を見て3人を怒鳴りつけた。
「どういうつもりなんだ! これは……ユラ、お前は何とも思わないのか? これじゃあ、父さんたちが可哀想だ」
「兄さん落ち着いて。ほら、お父さんとお母さん、まるで生きてるときみたいじゃない。楽しそうに笑ってる」
「何を言っているんだ、ユラ! 不気味だよ。悪趣味だ」
そう言ってグレッグはモール夫妻に唾を吐きかけた。
「父さんたちになんてことするの!!」
「これは父さんたちじゃない! ただの人形だ。蝋人形だよ!」
グレッグはモール夫妻を本当にただの蝋人形だと思っているらしかった。そうでなければ、唾を吐きかけたりなんかしなかったろう。ユラは、一目見ただけでモール夫妻だとわかったのに。グレッグはわかってくれなかった……。
「兄さん、さよなら……」
ヴィンセントがグレッグも蝋人形にしてくれた。リビングで楽しげに踊るモール夫妻と、ソファに座るグレッグ。ユラは満足だった。
グレッグの横に腰かけると、少し兄に寄りかかってみた。体温は感じない。
「兄さん、アンブローズは素敵な街になるわ。私、兄さんにも手伝ってほしかったな。でもいいの。いいのよ、兄さん。ここで見ていてね。私頑張るから……」
兄と言えば……最近ボーをすっかり見ていない。レスターとヴィンセントには先程会ったが……。いくら嫌な野郎だとしても、これからは協力して生きていかなければならない。これを機に、また昔のような関係に戻れたらどんなにいいか。結局はボー次第なのだが。
ボーは、教会にいた。黒い葬式用のスーツを着て、棺の側に立っていた。
「お母さん、本当に眠っているみたいね」
「ユラ……」
ヴィンセントが素晴らしい芸術家であることは、ユラもボーもレスターも分かっていた。
「珍しいな。おまえから話しかけてくるなんて」
「ボー……。これからは、みんなで協力して生きていかなくちゃいけない。そうでしょ? それで……昔みたいに仲良くできたらって思うの」
暴言も吐かれたし、殴られたりもした。今までユラはボーのことを恐れていた。けれど、今そこに立つボーは子供のように無力な存在に見えた。
「俺はおまえのことを殴ったんだぞ。それなのに仲良く、か? 馬鹿じゃないのか」
「これから私のことを殴らないって約束して」
「……」
そんなこと、無理な相談だとボーもユラもわかっていた。カッとなればすぐ手が出てしまうのが彼なのだ。
「おまえが俺を怒らせなければ、殴ったりなんかしない」
「……。じゃあ、私も気を付けるわ」
そう言ったユラだったが、これまでに一度もボーがなぜ彼女に対して怒るのかその理由が分かったためしなど一度もなかった。だが、久々のまともな会話だった。
ある日、ヴィンセントを訪ねて作業場へ行くと、彼は新しい蝋人形を作っていた。
「ヴィンセント、この人たちどうしたの?」
「昨日、そばでキャンプしてた人たちだよ」
ユラは少しムッとした。手伝うと言ったのに、兄弟で片付けてしまったらしい。ユラに声をかけることなく!
「どうして私を呼んでくれなかったの?」
「だって、夜遅かったから……兄さんがやめとけって」
「ボーが?」
ユラは、これは一言言ってやらなくちゃいけないと思った。
「あ、ユラだめだよ、今は。兄さんに文句言うなら、来週くらいがいいんじゃない?」
「どうして?」
「その……兄さんは楽しみを邪魔されたくないと思うんだ」
ヴィンセントによれば、昨晩ボーはガソリンスタンドの地下に様々なものを運び込み、それから女を連れ込んだという。そして、まだガソリンスタンドから戻っていないという。
「良いご身分ね」
そういったお楽しみのためにユラを呼ばなかったのではないか? そんな風に考えると無性に腹が立った。
「いいわ、その楽しみとやらを邪魔してやるから」
「ユラ……!」
ヴィンセントは引き留めようとしたが、ユラの怒りに満ちた表情を見てやめた。
ガソリンスタンドの側に行くと、女の絶叫が聞こえた。
「助けてええええ!!!! だれかあああああああああ」
ユラはガソリンスタンドの地下に向かった。扉を開けると、そこには椅子のようなものに縛り付けられた女がいた。彼女の血か他の誰かの血かわからないが、女は全身真っ赤に染まっていた。
「ぁあ、よかった……ねえ、あなた……助けて。私は……お願い、早く助けてよおおお!!!!!!」
女は吠えるように叫んだ。
「ねえ、落ち着いて。そんな大声を出したら、あいつらにバレちゃうわ」
「う、そ、そうね……ごめんなさい、でも私怖くって」
「大丈夫? あいつらに何をされたの?」
「友達を殺された……。私たち、なんにもしてないのに。私は……あいつに、あの男に殴られたり、切り付けられたり……。そうだ、足を……足を見てくれない? もしかしたら私、もう歩けないかもしれない。脚の感覚がないの」
女の言う通り、彼女の足は酷いものだった。たしかに、歩くのは不可能だろう。
「ユラ、なにしてる?」
振り返ると、ボーが壁に凭れながらこちらを見ていた。ボーとユラが仲間だと知った女は恐怖と絶望のあまり、声も上げずに涙を流した。
「別に。邪魔するつもりはないわ。叫び声が聞こえたから見に来ただけ。私もう行くわ」
「そうか。気をつけろよ。まだそいつのおともだちの男が一人、街に身を潜めている」
「ご忠告どうも」
やはり、自分にも声をかけるべきだったじゃないかとユラは思った。人数が多ければ、きっと男を逃がすこともなかったはずだ。ここはひとつ、上手いことその男を仕留めて、シンクレア兄弟に認めてもらおう。自分だって、役に立つんだと思い知らせてやろう。