06.曖昧な記憶

「どうして?」
「それはユラが――トムだっけ? 彼と仲良くしてるのを見たからだよ。抱き合ってたんでしょ?」
「抱き合ってたわけじゃないわ。急にあっちが……うーん、説明するの難しいなぁ。窓に人影が見えたから、私を守ろうとした、って感じかな」
「守るって、誰から?」
「あなたたちからよ。私、味方のふりして彼に近づいたの」
「え。じゃあ、もしかしてその太ももの傷……」
「ああ、これ。自分で切り付けたわ」
 ヴィンセントはため息を吐いた。
「僕たちみんな、その傷はトムにやられたんだって思ってた。それで、ボーも怒ってたんだよ」
「ボーが? 私が怪我したくらいで怒らないでしょう」
「トムにやられたと思ったから怒ってたんだよ。それでトムを生きたまま蝋人形にするって言い出した」
「そうだったの。心配かけちゃったわね」
「二人で何話してるんだ?」
 そこへ少し不機嫌そうなボーがやってきた。
 何と答えようかユラが迷っていると、ヴィンセントが「この街について話してたんだ」と言った。
「アンブローズについて?」
「そう。蝋人形が増えてきて、この街はどんどん良くなってきてる」
 ボーは「たしかに」と言ってニヤリと笑った。すっかり気分を良くしたようだ。
「そうだ、ユラ。これから街に買い出しに行くんだが、一緒に行かないか?」
「ええ、ご一緒させてもらうわ」
 ヴィンセントは「留守は任せてね。それから、砥石を買ってきて」と言った。

 ボーのトラックの助手席に乗り込んだはいいものの、運転席に座った彼と何を話せばいいのか分からなかった。
 ボーも気まずかったらしい。
「で? お前は何か買いたいものはあるのか?」
「そうね……クッキーかな。それとチョコレート」
「おまえは甘いものが好きだな」
「本当はもう少し控えたいんだけどね。なかなか難しいわ」
 ボーは少し笑った。彼の運転する車に乗ったのは、なんだかんだ言って初めてかもしれない。いつもボーはひとりで買い出しに行くか、レスターと行くかだった。ユラは誘ってもらえたこと自体、すごく嬉しかった。
「こういうの、初めてだね」
「買い物か? ドライブか?」
「どっちもだよ。こんな風に二人で出かけるのなんて初めて」
「……。子供のころも二人で出かけたじゃねえか」
「そうだったっけ。いつもレスターかヴィンセントも一緒じゃなかった?」
「忘れてやがるのか。まぁいい。昔のことだ」
 ユラはなんとか思い出してみようとしたが、無理だった。
「ちなみに、どこに出かけたんだっけ? それを教えてくれれば少しは思い出すかも」
「森だよ。おまえが作ったとかいうサンドイッチを持って」
 そのとき、ユラは二人で出かけた日のことをすこしだけ思い出した。ボーと二人きりで出かける約束をして、ユラは張り切って早起きしてサンドイッチを作った。待ち合わせの時間にお気に入りのワンピースを着て、ボーと会った。……しかし、その先が思い出せない。かろうじて覚えているのは泣きながら帰った、ということだけだった。
「私……ワンピース着ていった」
「やっと思い出したのか」
 どうして泣きながら帰ったのだろうか。その理由が思い出せない。
「昔のことだ。気にするな。あのときのことは忘れてくれ」
 あのときのことがなんなのか、わからなかった。けれど、何があったのか聞けるような雰囲気でもなかった。ユラは少し俯いて、ただ「わかった」とだけ言った。