「ふう。あのばあさん、やっと行ったな」
「……」
「なんだよ。あのばあさんともっと喋っていたかったのか? だが、あんまり外の人間と関係を持たない方がいい。それはお前も分かってるだろ?」
「……そうね。砥石、買わなくちゃね」
「ああ、そうだ。ヴィンセントは砥石を買って来いって言ってたな。たしか、包丁のあたりに――」
買い物を済ませると、購入したものをトラックに積み込む。それが終わると、カートを置き場に置いて、トラックに乗り込んだ。
「いい加減機嫌を直したらどうだ? クッキーもチョコも急にいらないなんて一体どうしたんだよ」
「別に機嫌が悪いわけじゃない。ただ、欲しくなくなっただけ」
「そうかよ」
ユラの機嫌が悪いのは誰の目にも明らかだった。けれど、本人は頑なに否定する。ボーの機嫌までもが悪くなりつつあった。
「鏡でも窓ガラスでも、なんでもいいから自分の顔を見てみろよ」
ユラは窓ガラスにうつる自分の顔をちらりとみた。眉は曲がり、口はへの字になっている。思わず笑いだしそうになったくらいだ。
「ひどい顔ね」
「だから、どうしてそんな顔してるんだよ」
「わかんないわ」
そういってユラは笑ったが、ボーは笑わなかった。
家に帰ってしばらくしてからユラは、クッキーとチョコレートを買わなかったことを後悔し始めていた。今日たくさん買ったのだから、しばらくは買出しに行かないだろう。それに、次もボーが買い物に誘ってくれるとは限らない。
ユラは蝋人形になった自分の家族に寄り添った。
「私も、蝋人形になってしまった方がよかったのかな」
次の日、ユラは近くの森を歩いていた。
昨日のボーが言った「俺たちはただの幼馴染だ」という言葉が頭から離れない。確かにそうだが、納得がいかないのかもやもやする。じゃあボーとどういう関係が望ましいのか。
「幼馴染、ねえ」
口に出してぽつりと呟いていみた。それで何かが変わるわけではないとわかっていたが。
「それが気にくわなかったのか?」
「ボー……」
いつの間にかボーが後ろに立っていた。
「だって幼馴染だろ?」
「そうよ」
そう言って、ユラは立ち去ろうとしたが、ボーに腕をつかまれてしまった。
「痛いよ、離して」
「あんな知らないばあさんにですら、俺みたいのと幼馴染だと思われるのが嫌だったのか?」
「……ちがう。私が変なだけ。放っておいて」
「だめだ。どうしてあんな風に不機嫌になったんだよ。そもそも俺と出かけるのなんか本当は嫌だったのか? 俺のことがまだ嫌いなのか?」
「嫌いじゃない。一度も嫌いになったことなんかない」
子供のころ、嫌なことばかり言ってくるボーを嫌いだと考えたこともあった。けれど、本当は嫌いじゃなかった。嫌いになれなかった。ボーが怒り出して殴ってきた時でさえ、嫌いになれなかった。嫌いじゃないからこそ、そういった言動にいちいち深く傷ついた。
「おまえ……本当は昔のこと完全には思い出してないんだろ。あの時俺が森でお前にキスをしたら、おまえは走って逃げただろ? それは俺が嫌だからじゃないのか?」
キス……。ようやく、ユラもあの日のことを思い出した。あの日、気まずそうにユラが置いて帰ってしまったサンドイッチの入ったバスケットを家に届けにボーがやってきたとき、もう今まで通りとはいかないことをユラも悟っていたのだ……。