ユラは心配で心配で仕方がなかった。
もうすぐ、ユラとその家族は引っ越しをする。新しい場所、新しい学校、新しい家……。新しい場所でうまくやっていけるだろうか? 新しい学校になじめるだろうか? 新しい家で自分の部屋を確保できるだろうか? ……そんなことは、些細な問題に過ぎない。心配でないと言ったら嘘になるが、それらよりもずっと心配なことがあった。
新しい家でも、彼に会えるだろうか? 夜眠ったとき、あの赤い扉が新しい家でも現れるのだろうか。もし、そうでなかったら――。
はじめ、ユラはあの真っ赤な顔をした悪魔が怖くて怖くて仕方がなかった。それが今では毎夜会わずにはいられない相手だ。彼が楽しそうにあの陽気な音楽で小躍りしながら爪を研ぐ姿を見ているだけで幸せだ。彼に愛してるなんて言われたことはない。でも、彼も自分のことを気にかけてくれているといいなと思った。
この家で眠るのは今晩で最後になる。今晩、彼に会えたら明日出ていくことを伝えよう。親の仕事の都合この家を出ることになったと。彼は何と言ってくれるだろう。何も言ってくれないかもしれない……。
夜になると、ユラはいつものように目を瞑った。すぐに周囲の音が遠ざかり、気が付くといつもより薄暗い部屋に立っていた。ベッドには自分が眠っている。
ユラは部屋を出ると、赤い扉を目指した。ゆっくりと開くと、大きな馬の像が見えた。奥の方からいつもの陽気な音楽がかすかに聞こえてくる。ユラは彼を探して奥へと進んだ。
「こんばんは」
彼を見つけると、そう声をかけた。しかし、彼は何かに夢中でこちらを見もしない。
「あのね、明日この家を出るの。親の仕事の都合でね。だから、もう会えないかもと思ってお別れを言いに来たの」
彼はちらりとユラを見たが、すぐに作業に戻ってしまった。
彼は、何とも思ってない……。ユラに会えなくなっても別に構わない。そんな様子だった。
ユラは、赤い扉の外に出ると振り返ることなく、まっすぐ自分の体へと戻っていった。
引っ越しは問題なく終わった。彼のことを思うと涙があふれそうになったが、いつか忘れることができるだろう。時間はかかるかもしれないが。
新しい家での最初の晩、ユラはいつもの癖で体を離れてしまっていた。やれやれと体に戻ろうとしたとき、扉が軋む音が聞こえた。ゆっくりと振り返ると、あの赤い扉があった。中から彼がこちらを覗いている。彼が口角を上げ、に――っと笑った。