あまくてやわらかくてすぐにさよなら

「はろうぃん?」
「そう、ハロウィーン。知らない?」

以前の任務の治療がてら見舞えば、なにそれと顔を顰めて白い病院着の善逸が薬を飲み干す。またこの少年は薬を飲むような状況に陥ったのだなと思うと、すこし苦しい。

「う〜ッ、わかってたけどめちゃくちゃ苦い!口ん中が苦味でいっぱいだよもうヤダ!!」

うぎーっとあまりの苦さに飛び上がるのを宥め、懐に手を突っ込む。ちょうどいい具合に、先ほど来る途中で買った甘い菓子があるのだ。

「ほら、これをあげるよ。うんと甘いから、今の君には元気が出るだろう」

ひら、と懐から出した拍子に翻った包み紙には《チョコレヰト》の文字。冷やかすだけと思って入った店で見かけ、ふと懐かしくなって購入へと至ってしまったのだった。この時代だと嘗て二十一世紀よりもすこし高価ではあるが、そこは命懸けの鬼殺隊。階級もそれなりとなるとそれはもう一端の高給取りなので、さほど痛手というほどではない。

 ぐす、と鼻を鳴らしてそれを受け取り、包み紙を開いた善逸が目を見開く。指先でおそるおそるといった様子でつまみ上げるその姿は、可愛らしいといって差し支えない。わたしにとって五つほども歳下の少年となると、十分に可愛らしいものであるので。それに、

(嗚呼、そうだった。こんな匂いだった)

やさしい甘い匂いがふわりと漂うのを嗅ぐと、なおのこと懐かしくなってしまって、すこし困る。目が遠くなるほど長生きでもしなければ、あの時代にはもう帰れないのだから。

「花緑さん?」

ぱちり、と瞬きをして口の端に茶色を残した善逸が声を上げた。何かを咎めるような声だ。相変わらず耳がいい、と心中嘆息して口を開く。

「花緑でいいよ、呼びにくいだろう」

前々から考えていたから、実際いい切っ掛けだった。当人が知らないとはいえ、一応同門なのだ。すこしは親しみを加えてもいい頃だろう。

「じゃ、じゃあ、あのさ、桃青って呼んでいいかな…?!」

ぐっ、と布団の端を握り込んで身を乗り出したその言葉に、虚を衝かれた。名前。すこしもその可能性を考えていなかったな、と思う。実のところ、あの時・・・から自分の名前に、どこか若干の苦手意識があった。それでもほんとうにすこし苦手なだけで然したる嫌悪も何もないし、このやさしいこどもが望んだことなら叶えてやりたいと思う。それが自分だけが、自分ですら叶えることができる些細な願いであるなら、なおのこと。

「私は君より随分年上なんだけどなあ、」
「うぇっ?! い、嫌だったらいいんだけど……!」

すこし意地悪な気持ちで言ってみせると、面白いくらいの反応が返ってきて、思わず笑ってしまう。素直だなあ、まったく。それだけにこの子の自己肯定感の低さや自己嫌悪が目について、心配ではある。

「いいよ、別に」
「──俺なんかが呼ぶなん……エッ? で、でも……」
「だから、いいよ。この私本人が言っているんだから、素直に受け取りなさい」

受け取りなさい? 自分で言っていてなんだか可笑しいな、とまた笑ってしまう。そう考えていると、何がツボに入ってしまったのか、笑いが止まらなくなってしまった。どうにか止めよう、止めようと思っては止まらないので、笑いの合間にゲホゲホと咳が混じるのが、呼吸の常中も相俟ってシンプルに苦しい。

(なに? この人。なんで一人でツボにはまってるの? なんか面白いことあったっけ? なかったと思う)

とでも言いたげな顔をしてドン引いている善逸に、そうだろうなと共感を示しつつもその顔に笑いが助長されてしまって、心中で頭を抱える。止まらない。この程度のことで酸欠などになっていては、さっきは「上級隊士の端くれだ」なんてドヤ顔で言っていたくせに(心の中ではあるが)、ほんとう情けなさがすごいので、いやもうほんとう止めたい。止まらない。泣きたい。止まってくれ。もうなんで笑ってるのかすらわからないし。

 ゲホゲホ、と終わらない咳と笑いを抱えたままでいると、突然がらりと音を立てて扉が開いた。救世主?という顔をした善逸と共に勢いよく振り向くと、そこには炭治郎が困ったように佇んでいた。

「善逸? それに、花緑さんも。」

廊下まで笑い声が聞こえていたけど、どうしたんですか、と首を傾げる炭治郎に善逸が情けなく縋るようにして喚く。

「たぁんじろ〜!! この人ちょっとどうにかしてくんない?! 急に笑い出して意味わからないんだけど!」
「そんな言い方は失礼だろう、善逸! ……あの、花緑さん、どうしてそんな、困っているときと泣きたいときの匂いをさせながら笑っているんですか?」

そんなに笑うほど楽しそうな匂いはしませんが、と心配そうに近寄ってくる炭治郎の言葉に善逸が驚きの声をあげる。

「エッ?! ……ほんとだ、楽しそうでもなんでもないじゃん!」

訳が分からなすぎて自分の心臓の音が大きくって気付かなかった、と目をぱちくりさせた善逸が言う。

「そういえばこの前まで任務だったって言ってたし、もしかしてその時頭でも打ったんじゃ? 頭の傷はあとから響くっていうしさあ」
「それは大変だ! 花緑さん、大丈夫ですか、頭!」

ズギャーン!と衝撃が走る。頭大丈夫か、って言われた。厳密にはもちろん違うし、それをわかってはいるけど心が苦しくなる。ごふ、と最後の咳をしながら息を整え、平常心を装う。うん、思いのほか綺麗に平静になれた。

「はァ……、ああ、大丈夫。大丈夫だ」

あと別に頭も打ってないから心配しなくていい、と続けると炭治郎と善逸がそっと顔を一瞬見合わせ、またこちらを向いた。

「大丈夫、ってあれのどこが大丈夫なわけ? まったく何の解決にもなってないし、結局桃青はなんであんなに笑ってたのさ」
「頭、打ったら痛いので、花緑さんが打ってなくてよかったです!」

 ぶつくさと疑問を投げかけてくる善逸ときらきらした瞳で善意を口にする炭治郎が、まったくの対称に見えて思わずふ、と口から笑いが漏れる。さっき顔を見合わせていたのは目での示し合わせのつもりであったようで、まったく違った台詞を吐いたお互いに騒いでいるのが、また笑いを誘う。


 皆が皆ひとしきり騒いでから、仕切り直しのようにして炭治郎が首を傾げる。

「それにしても、善逸と花緑さんは俺が来る前に何を話していたんだ?」

それになんだか甘い匂いがするぞ。そう言って、くん、と宙を嗅ぐような仕草をする。

「ああ……たぶんそれ、俺が花緑さんにもらった菓子の匂い。チョコレヰトって云うんだけど、知ってる?」
「いや、知らない。たしかに名前自体は街で時折見聞きするが……」
「君にもあげようか、竈門隊士。いや、思いのほか懐かしくてね。たんと買ったから、実のところまだあるんだ。お食べよ」

あとでもう一つ二つやるから、嘴平隊士にも分けておいてね、とこの場にいない腹ぺこへの土産の存在を示唆しながら、言を受け素直に椀形にした炭治郎の両の手にチョコレートをぽとんと幾つか落とす。善逸と分け合って食べてくれたらいい。実のところ、懐かしさが勝つあまりたくさん買ってしまったが、それほど甘い物が大得意という訳では無いので、ひとりで全てを消費するにはすこしばかりキツかったりする。
「そういえば、さっき言ってたはろうぃんってなんなの? さっきはなんか有耶無耶になってわかんなかったけど」

もぐもぐとチョコレートを口いっぱいに頬張りながら善逸が言うので、炭治郎が「善逸、行儀が悪いぞ!」ともごもご声を上げるのを手を振って止める。なんでですか、と言わんばかりの顔でぐりんとこちらを向くのがちょっと怖い。

「ハロウィンっていうのは……ええと、なんだったかな。たしか外国の行事みたいなものだったはずだよ」

わからないのに話を振ったのか?という顔を並んで二人ともがするので、弁明するようにまたひらひらと手を振る。……ひょっとしてこれって、私の癖か何かだろうか。

「単にすこし説明するのが難しいんだ。私が普段のように使っている単語も、きみら偶にわからなかったりするだろう?」

まあこれは言い訳なんだが、と心中肩を竦めながら言うと、また揃って二人がこくんと頷く。そう、私は至って意識せずカタカナを使うのだが、令和のものとなると大正で伝わらない言葉もたくさんあるのだ。現代人にありがちな事だが、私もニュアンスで使っていたためにそれが間違っている可能性は否めない。そしてハロウィンについても、ニュアンスで把握しているのでほんとうに、単に説明するのが難しいだけなのだ。まあいい。間違いだろうがなんだろうが、こちらの意図する概要さえ伝わればいい。

「それで、花緑さんは結局何が言いたかったんですか? その、はろいん?が関係あるんでしょうか」
「うん、大いにあるとも。ハロウィンとは、十月三十一日にある行事でね。まあ要は仮装した子どもが大人に菓子をねだって回るんだ。トリックオアトリート、ってね」

何それ、という顔を二人ともがしていてわかりやすい。わかるぞ、これだけ聞くとまるで訳が分からない行事だ。

「ああ、トリックオアトリートというのは日本語でお菓子をくれなきゃイタズラするぞ、という意味だ」
「違うそうじゃないそれを聞きたかったんじゃない!」

楽しくなって揶揄いの気持ちを込めてそんなことを言うと、ものすごい勢いで善逸が食い気味に突っ込んでくる。後ろで炭治郎までもがうんうんと頷いているので、腹の中からふつふつと笑いが起こりそうになる。それを耐えて、今度は正しく聞きたいであろうハロウィンの興りについて話す。外国ではハロウィンの日はお盆のようなものであること。だけどそのお盆には生者を連れて行こうとするような悪霊も混じっていること。生者は死者のような仮装をして連れて行かれないようにすること。

「まあ、これがハロウィンのおおよそかな」

話を進める度に善逸の顔色がころころと変わるので、笑わないようにするのが大変だった。しかし今日はやけに笑いのツボが浅いなあ、と頭の片隅でぼんやり考える。どこが、と言われると答えられないが、なんだかすこし変だ。
 それで! と炭治郎が二度目の仕切り直しにまた大声を出したのに、思考を中断する。

「それで、そのはろいん?が、どうかしたんですか?」
「ハロウィンね。」
「はろうぃん……、はい!」

やっと本題に入れるな、と零すといやアンタが脱線させるからじゃん、と反射的にか善逸が文句を言ってくる。それを無視して「いや、それがね、」と続けるとぶつぶつと文句を口にしながらも素直に耳をこちらに傾けるので、とても微笑ましい。

「悪霊云々を無視すると、お盆でもないのに死者が帰ってくるな、と思ってさ」
「……え、はい、そうですね?」
「で、それがどうしたわけ? いや悪霊じゃなくても死んだ人が帰ってくるなんて怖いけどさ!」
「……? いや、それだけだけど」
「それだけ?! たったこれだけを言うためだけにいったいどんだけ使ったのさ、前置き長過ぎない!?」

「そしてその前置きで徒に脅かされた可哀想な俺の身にもなってくれよ!」善逸が凄い顔をして言うが、「善逸、うるさいぞ!」と目を三角にした炭治郎に叱られているのでちっとも怖くないし、むしろ面白い。
言いたいことは言い終えたし、散々騒がせてしまったがそもそも善逸は療養中であったしでお暇したので、桃青はその後のことを知らない。もちろん、怒り混じりの笑いを浮かべた蟲柱とそれが怖くて汚い高音の悲鳴をあげた善逸のことなんて知らなかった。


 ハロウィン当日。
 懲りずに桃青は街へおりて、菓子を物色していた。もはや桃青には知る由もないが、ハロウィンそのものは約2000年代に流行り出したもので、当然それ以前の大正時代のこの日は至って常と変わらない街並みだ。それでも記憶に刷り込まれた体験が気分を幾分か浮つかせる。

(まあ、『悪鬼は滅すべし』なんだけど)

その点では仮装をする子どもがいないのはよかった、と言うべきなのかもしれない。思わず蝶屋敷の子どもたちが仮装する姿を浮かべて暖かい気持ちになる。

(可愛らしいだろうな、皆)

そう、いろいろと考え事をしながら店前みせさきで菓子の物色を続けていると突然、ドンと人がぶつかったような衝撃が走った。

「あ、すみませ……」

人通りの多いところで立ち止まっていた自分が悪い、と顔を上げて謝ろうとすると、おかしな事にそれらしきヒトは見当たらない。

「あれ?」

急いでいる人だったんだろうか。それならぶつかった事も気にせずに足早に去っていったのかもしれない。そう思おうとしても、違和感が拭えない。

(やっぱり、なんだか可笑しい気がする)

先程までの思案などどこかへやって、目の前の出来事にばかり気が行く。こんな調子では菓子の物色など捗らない、と中腰でいたのをきちんと立ち上がって、蝶屋敷の方へ足を向けようとすると「あれ?」と聞き覚えのある声がした。

「花緑さん!」
「竈門少年に、ぜ…我妻少年じゃあないか、奇遇だね」

ところで我妻少年は何をビクビクと怯えているのかな、と尋ねると憤怒の表情で善逸が噛み付いてくる。

「アンタがこの前脅かしたからじゃん、今日は死んだ人が帰ってくるって!」

ギャンと大通りで喚くので、思わず口を塞ぐ。それでもモゴモゴと何かを言っているので「善逸」と名前を呼び、口にあてた手を外して静かに見つめる。

「なッなに? 急に静かにならないでくれよ、怖いから!」
「善逸」
「……ハイ」
「大通りで恥を晒さないように。隊士としての誇りを持ちなさい」

周りの人の迷惑にならないように。そう続けると「ひでぇ」と小さく声がするので、もう一度名前を呼ぶ。よし、静かになった。

「ところで、この前から気になっていたんですが、花緑さんは善逸のことを名前で呼ぶんですか?」

あと、街と屋敷とで俺たちの呼び方が違うのはどうしてですか、と先程まで私たちのやり取りを無言で眺めていた炭治郎が疑問を口にした。

(し、質問が一度に多い……!)

「ええっと……我妻少年のことは以前私が名前で呼んでいい、って言ったからそれなら此方も呼ぶべきか、と思ってね」
「また少年呼びに戻ってる…」
「そうだったんですね! じゃあ、その少年呼びはどうしてなんですか?」

心做しか拗ねたように呟く善逸をスルーして、もう一つの問に答えようとする。それにしても、どちらかというと問うべき順序が逆じゃないだろうか。

「それはここが街だからね。要は切り替えだ
よ。それに、街で隊士だなんてあまり大きな声で言えないだろう?」

私たちは非公式の組織だし、あまり警官のいるようなところで口にすべきではないからね、とすこし声を潜めて言えば二人は納得したような顔で頷いた。

「俺も花緑さんに名前で呼んでほしいです!」
「おおっと斜め上の方向から……じゃなくて、」

思わず「伏兵が飛び出してきた」と続けそうになって踏みとどまる。危ない。

「うん、いいよ。炭治郎と呼べばいいかな?」
「はい!」

素直でよろしい。五つ程も下となると可愛らしいな、と深く頷いていると、後ろから可愛くない方がズモモと黒いオーラを出している。

「俺だけじゃなかったのそれ!? 嘘でしょ、ずるくない!?」
「ずるいって何のことだ、善逸!」
「名前呼びのことだよ! 俺だけだと思ってたのに!」
「それはずるくはないだろう、別に。というか、どちらかと言えば一人だけ呼ばれていた善逸の方がずるいと俺は思うんだが、どうだろうか!」
「ド正論! そうねそれもそうね、俺がずるいわごめんよ!」

謝るんだ。

「大丈夫だ! 俺もこれからは呼んでもらえるからな」

とんでもねぇ炭治郎だ煽りよるコイツ! 今にも取っ組み合い(それも善逸による一方的な)が始まりそうになったので止める。

「はい、そこまで」
「だって炭治郎が!」
「だってもなんでもない、さっき言ったことを忘れたのかな? 此処は街だよ」
「……周りの人の迷惑にならない、でしょ」
「分かってるなら静かにしなさい、炭治郎もだよ」
「すみません!」

二人の頭を引っ掴んで「私にじゃないだろう」と言い聞かせながら周囲に何度か頭を下げる。蝶屋敷の最寄りというのもあるだろうが、笑って許してくれるような人たちでよかった。

「ところで、善逸と炭治郎は何か用事でもあったのかい。わざわざ出かけ先で呼び止めるなんて」
「いえ、……あの、花緑さんから不思議な匂いがしたので、気になって」
「俺は別にほっといたらいいって言ったけど、炭治郎があんまり気にするからさぁ」
「不思議な匂い?」
「はい。ええと、花緑さんに似ているんですがどこか少し違って……そうだ! この間貰ったチョコレヰトと柑橘系の涼やかな匂いが混ざったような、そんな感じでした!」

美味しかったです、ありがとうございましたと炭治郎が礼を言うのをひらひらと手を振って応える。チョコレートと柑橘系の混ざった匂いって、それはもう訳が分からないのでは。相変わらず鼻がいいなあ、と思いながらバッサリ斬る。

「うーん、全く心当たりがないな」

強いて言うなら誰かとぶつかったような、と続けるとそれだ!という表情をした炭治郎が身を乗り出してくる。

「きっとその人だと思います! 匂いが花緑さんと較べて薄かったのが気になって」
「薄かった? なら、どうして」
「深い愛の匂いがしたので!」
「愛?」
「はい! 俺の父と母も同じような匂いをしていたのでわかりました」

炭治郎は言わなかったが、きっと普段はしないのに今日に限って香ったことが気になったのだろう。私が言ったこと。ハロウィーン。鬼殺隊。死者が帰ってくる日。ぶつかった誰か。

「……そうか」
「なんですか?」
「いいや、なんでもない。教えてくれてありがとね、炭治郎」
「どういたしまして! よくわかりませんが花緑さんの役に立てたてたらよかったです」

「ところで、向こうで善逸が女の子に縋っているようだけど」
「え? あッこら善逸ー!」
「ちょっ、邪魔すんなよ炭治郎! この子は俺と結婚するんだ!」
「その子が困っているじゃないか、邪なことはやめろ! それに、禰豆子のことは嘘だったのか?」
「エッ禰豆子ちゃん!? 嘘じゃないに決まってるでしょもしかして禰豆子ちゃんとの結婚認めてくれるのお義兄さん!」
「禰豆子はやらん!」
「ムン!じゃないよバカぁ! 俺の期待を返せ!」

「あの二人がごめんねお嬢さん。これ、お詫びだから気にせず食べてくださいね」

はい、とそっちのけにされていた可哀想なお嬢さんに先程買っておいたお菓子を握らせる。

「ああなると長いから、もう気にせず行ってしまった方がいいですよ。ほんとうにごめんなさいね」
「いえ、ありがとうございます。では」

お強いお嬢さんだった。たぶん身なりがいいから女学校に入る前の子だろう、と思わず昔の自分のことを思い出して、慌てて打ち消す。

「おーい、二人とも、そろそろやめなさい。そのへんでお昼を奢ってあげるから、好きなのをお選び」
「ほんと? 俺高いやつがいい!」
「こら、いい加減にしないか善逸! すみません花緑さん、ご馳走になります」
「別にいいよ。ほら、行こう、二人とも」



“またね、──”