花宮も警察から事情聴取に呼ばれた。
内容はコナンがしてきたのよりずっと簡単な質問ばかり。事件が発生するまでの店の様子と身分くらいなものだった。
被害者はなんの関わりもないし、席も離れていたからそんなもんである。
ちなみに、容疑者は被害者の彼氏と、配膳を行った店員さん、サンドウィッチを作った店員さんの3人だ。
けれど、全くの無関係と断言できない限りは、他の人を帰すわけにもいかず、事件が進展しないまま約1時間が経っていた。
すでに花宮の限界は来ていた。
ゆっくり本を読むはずが、馬鹿なカップルに邪魔され、ようやく静かに読めるようになったと思ったら殺人事件が起こり、事件とは無関係の子供から質問攻めに遭い、現場保存のためという理由で読みたかった本は読めない。
(早く帰りてぇ……つーか容疑者以外は帰らせても問題ないだろ)
(そもそも何で警察もあの探偵も犯人見つけられねぇんだよ)
(あーあ。ほんと馬鹿ばっかりだな)
(貴重な時間を潰しやがって……)
(……もういいか)
花宮は大人しくしているつもりだった。自身も一応警察官ではあるが、潜入捜査官の身で出しゃばって刑事の仕事を奪うつもりはない。そもそも自分の仕事ではないからやる気がなかった。
また、やけに探ってくる子供が居る前で捜査に口を挟めばさらに何か言われることは間違いないし、そもそも組織からは目立つなと言われていた。
けれど、そんなことよりもさっさと帰りたい気持ちでいっぱいになったのだ。
「あの、高木刑事さん、でしたよね?」
花宮は近くにいた刑事に声をかけた。疑問系で問いかけてはいるが、普通にその人が高木刑事だというのはわかっている。
「はい、なんでしょう?」
「少し、気になるところがあって……」
機嫌は悪かったが、昔と違って簡単に猫をかぶるのはやめない。あくまでも謙虚に、好青年らしく、花宮は刑事に確認した。
本棚の方の毒物反応は調べましたか?と。
このお店に来てから、ずっと気になっていたのだ。だって、いつもと本の並び順が、1スペースだけ違う。
本が増えると配置が変わることは今まででもあった。模様替えで、あっちからこっちへと大きく場所が変わることもある。けれど、1スペースだけ変わることなんて、今まではなかった。
仕事に慣れてない人が間違った場所に戻したんだろうかと、事件が起こる前までは特に気にしていなかったが、殺人が起こったのなら話は別だ。あのスペースの配置違いがただの偶然だとは思えない。
そうして、花宮は配置が変わっていた本棚を調べてもらって、
「あそこのシリーズ本から毒物が検出されました。松野さんに言われなければ気づけなかったと思います。ありがとうございます」
「いえ、あの本棚の違和感に意味があってよかったです」
事件解決のピースは埋まった。
花宮がこの店に来店した時、本棚の整理をしていた店員がいた。
場所は順番が違うところとは全く違うところで作業をしていたが、その店員はやけに入口を何度も見ていた。
前回、前々回、その前と、店に来た際、花宮が見た時にその店員は入口を見ることはせず、普通に仕事をしていた。
では何故今日だけ入口を気にしていたのか。
そんなの決まっている。
そいつが犯人だからだ。
証拠なんて全くなかったけれど、花宮はその店員こそが犯人だと断定した。
「可哀想に」
ポツリとつぶやいたその声はやけに現場に響き、その場にいた人達の注目を集めた。
その声にいち早く反応したのがコナンだ。
「松野さん、どうかしたの?」
「いえ。ただ、凶器に使われた本が可哀想だと思っただけですよ」
「本が凶器!?どうしてわかるの?」
「簡単ですよ。本棚に入っていた本から毒物反応が出たからです」
「すみません、もうちょっと詳しく教えていただけますか?」
2人の会話に高木刑事も入ってきた。
「事件が起こる前、被害者とその彼氏さんは大声で喧嘩していて、店内の注目を集めていました。もちろん、僕の目もです。その時、机の上に本は乗っておらず、今もありません。では、被害者はいつ本を触ったのでしょうか?料理が運ばれてきて、触って、本を戻すなんてことはしないでしょう。ですので、本を触ったのはこの店に来てすぐ。つまり1番最初ということがわかります。まぁ、この辺は一緒にいた彼氏さんに聞いた方が早いのでは?」
「実際どうでしたか?内藤さん」
「あー、そういえばここに来た時、杏梨が本を取って席に行こうとして、店員に注文してから本を取れって注意されて戻したな。そっから喧嘩しちまったから、杏梨は本を触ってないと思うな」
「なるほど……なら、殺人は無差別で行われた可能性も」
「いえ、それはないと思いますよ。毒が塗られていたのはシリーズ本でした。被害者はこの店の常連のようなので、前回読んでいた本の続きに毒を仕込んで入れば、そこを触ると予想できます。それに、あのシリーズの隣には、本来別の本が並んでいたんです。界隈では有名な、人気な本が。おそらく犯人が他のお客さんがその本を取るときに、間違って毒のついた本を触らないよう、人気のない本と入れ替えたのでしょう。そう考えると、明らかに被害者に狙っています」
これは、推理ショーではない。
花宮は聞かれたことに応えているだけ。つまりただの会話である。
しかし、花宮の"可哀想に"から始まった質疑応答は全員聞いていて、確実に犯人を追い詰めていた。
何回か質問をされて、回答する、を繰り返して、ついに、コナンが確信についた質問をした。
「ねぇ、もしかして松野さん、もう犯人がわかってるんじゃないの?」
「えぇ、わかってますよ」
「えっ!?どうしてもっと早く言わないんですか!?」
「犯人を捕まえるのは警察の仕事ですから」
「た、確かにそうですけども……」
「ねぇ、松野さんは結局誰が犯人だって思うの?」
「それは……そうですね。彼女です」
そう言って花宮は犯人を指さした。
本棚の整理をしていた、例の店員である。
「わ、私じゃないわ!」
「なにも否定することないじゃないですか。あなたはこの殺人を後悔していない。むしろやり切った気持ちでいる」
正直に言うなら、花宮は犯人の気持ちなんて知らない。どっかの妖怪と違って、人の心は見透かせない。ただ、罪悪感を抱いていないのはわかっていた。
罪悪感を少しでも抱いていたのなら、平然とした顔でこの場にいられないからだ。
「な、なにを」
「ほら、皆さんに語ってあげたらどうです?被害者はどんな奴でどうして殺したのか。このままだと、誰にもわかってもらえずに終わってしまいますよ?」
「え、でも、だって」
「今の皆さんの殺された彼女に対する認識は可哀想な人です。同情し、悲しんでいる。本当にこのままで良いんですか?せっかく殺したのに」
そして、別に犯人を煽らなくてもよかった。警察はそこまで無能じゃないので、犯人がわかれば証拠くらい見つけられるのを知っている。
煽って自白に誘導しなくても、なにも問題はない。
「そ、そう、そうね。どんなに酷い人か。あの人、コーヒーを溢して本をダメにしたことあるんですよ。不慮の事故だったしそれだけなら仕方ないって許せました。でも、それだけじゃないんです。本を開いたまま伏せて放置するし、栞を挟めないからってページに折り目をつけて帰るんですよ?あり得なくないですか?本の扱いが雑だから何回も落としてるし、前なんかびっくりしました。本をコースター代わりにしてたんです。だから、丸い後がついちゃって……あの本、もう手に入らないものだったのに。一度もう少し丁寧に取り扱ってもらうよう、頼んだんですけど、逆ギレされました。この間パン屑が間に挟まったまま棚に戻している時があって、それでもう許せなくなりました。本だって聞いてるのに。雑に扱ったら死んでしまうのに。本を大切にしない人は本に殺されればいいんです」
けれど、花宮はここ最近で1番機嫌が悪かった。
わざと煽って、犯人の思いを吐露させて、精神的にボコボコにしてやろうと思うくらいには機嫌が悪い。
「本を大切にしない。だから殺した?ふざけないでください。あなたは本を凶器に使ったんです。本に毒を塗る行為が、本を傷つけないとでも?一度毒が塗られた本が、捨てられないと思ってます?あなたの言葉をお借りするなら、あなたは1冊の本を殺したんですよ」
だから、先ほど可哀想にと言ったんです。
花宮はそう締めくくった。
普通の人なら、殺人を咎めるところを、花宮終始本を傷つけたことを咎めた。
その方が犯人を、彼女に絶望感を味あわせられると思ったからだ。
花宮は人の心は読めないが、どうすれば人の心を傷つけられるかは知っている。
実際に彼女は"私はなんてことを"と泣き崩れてしまった。
「本を殺したあなたに、本を読む資格があるんですかね」
きっと彼女はもう、大好きだった本を手に取ることができない。
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犯人が逮捕された後、現場にいた子供達が花宮に詰め寄ってきた。
「お兄さんすごーい!」
「兄ちゃんも探偵なのかよ?」
好青年を演じてる花宮は、ちゃんとしゃがんで目を合わせて、返事をする。
「ありがとう。でも、僕は探偵ではないよ」
「あれ、でも謎をといてましたよね?」
「謎を解ける人が探偵とは限らないし、そもそも探偵は別に謎を解く人でもないから。ほら、作家の工藤優作さんとか探偵じゃないのに警察のお手伝いをしてるでしょう?」
「あ、確かにそうですね!」
「そんなやついたか?」
「まだキミに難しかったかな。じゃあ僕はこの後用事あるから行くね」
もう2度と会うつもりのない花宮は"またね"ではなく、"バイバイ"と言い残して去っていく。
コナンはどうして犯人にあんなことを言ったのか聞きたかったが、完全にタイミングを失ってしまった。
代わりに、盗聴器だけを花宮につけて、そのまま見送った。