04


盗聴器はしばらく、街の喧騒の音だけを拾っていたが、カランカランとどこかのドアを通る音が鳴った。


「京介、ずっと1箇所に止まってましたが、何かあったんですか?」

「えぇ、ちょっと。事件に巻き込まれてしまいまして。でも解決したので大丈夫です」

「ならよかったです」


聞こえてきたのは、安室の声だ。おそらくポアロにいるのだろう。

何かボロを出してくれ。

コナンはそう願いながら、会話を聞いていた。


「おや、これは?」

「小さな探偵くんのイタズラですね。特に害は無いので放っておきました」

「気づいてて放置したんですか。まったく……」


しかし、その言葉を最後にブチっと音がして、もう何も聞こえなくなってしまった。

安室には前も盗聴器に気づかれているから仕方がないとして、まさか松野も気づいていたとは。


「くっそー、何もわかんなかった」


頼みの盗聴器が壊れたことによって、その日の調査は終わった。

それからも、調査は続けたが、何も情報は出ない。

江戸川コナンにとって、松野京介は今まで以上に調べにくい人物だった。

研究者という職業柄からか、そもそも滅多に会えないし、会えたとしても何も情報を引き出せず終わる。質問をしてもうまくはぐらかされてしまうのだ。どうやら勘が鋭いようで、盗聴器も仕掛けられない。

聞き込みをしようにも、京介は人間関係が希薄なようで、聞き出せる人は安室透くらいしかいなかった。けれど、そもそも安室が口をつぐんだから調べているのだから、安室を探っても意味はない。

調査に行き詰まったコナンは、身近な大人。つまりFBIを頼ることにした。


「赤井さん!どうだった?」

「松野京介、23歳。20の時にアメリカの大学へ行き、21で飛び級して卒業。向こうの製薬会社に1年間勤めたのち、約半年前にスカウトをうけ日本の研究施設に来たようだ」


年齢は、わざとズラして身分が作られている。花宮真が中高とバスケで有名だったから、そこから身バレを防ぐためだ。京介の時は眼鏡をかけて、髪型も変え雰囲気を変えていた。相当親しい人じゃないと花宮と気がつかれないように。

ちなみに公安は京介の出入国記録も偽造している。新しく身分を作るのに、力の入れ具合が半端ない。

だからこそ、日本にいるFBIでは、京介の正体を見破ることができなかった。


「この施設はガンの治療薬をメインに研究しているんだが、調べたところ出所が不明の研究資金があった。組織と繋がってる可能性が高いと言えるな」


この研究所は実際に存在していて、花宮が組織に入る前に働いていた場所だ。赤井の言う通り組織と繋がっており、研究所の所長に推薦されて京介は組織入りした。


「また、松野京介は最初の1ヶ月は普通に勤務していたようだが、次第に姿を見せなくなり、今はもう名前だけが残っている状態だ。組織に入ったから、というのは十分にあり得る」

「なるほど……組織の研究員か。松野さんは自分のことを研究者だと名乗っていたし、あり得るかも」

「あぁ、他の組織のメンバーと違って、研究員として所属しているのなら、直接情報を引き出せるかもしれない」


この時彼らは、松野京介をただの研究員だと思い込んでいた。
いくら頭が良いからって、シェリーの代わりに幹部になっただなんて思えなかったのだ。

また、彼らの基準がシェリーだったため、組織の研究員にしては、行動を縛られていなさすぎると感じたのもある。

だから下っ端の研究員なのだと思っていた。

けれど、その日のうちにこの考えは覆されることになる。

赤井から情報をもらった後、コナンは本屋の前で張り込みをしていた。

これまでの調査でかろうじてわかった、京介行きつけの本屋だ。

本屋に入っていく姿は確認している。
あとは、この後どこに行くか。

いつもだったら安室のいるポアロが多い。その次はブックカフェあたりだろうか。それ以外の目的地は途中で尾行を撒かれてしまって、行き先はいつもわからなかった。

コナンが本屋を監視していると、京介が中から出てきた。

今日はどこにも行こうとせず、ずっと立ち止まっている。

誰かを待っているのだろうかと考えていた時、店の前に見覚えのある車が止まった。

ポルシェ356A。

その黒い車は、ジンの愛車だ。


「あれ、今日のお迎えはジンなんですね」

「ハッ、不満か?」

「最近はバーボンが多かったら気になっただけですよ。それに彼は運転が荒いので好きじゃありません」

「そうか。行くぞ」

「えぇ。ではお願いします」


京介は慣れた様子で車に乗り込んでいく。

今日は、というセリフから、京介にはいつも迎えに来てもらっているのだとわかる。
従兄弟という設定だからとあまり気にしていなかったが、よくよく考えてみれば京介は用もないのにポアロに行っていた。ポアロにいる安室も組織の幹部だ。

つまり、京介には幹部の迎えが必要だということ。

ここでようやくコナンは、彼がただの研究員ではないということに気づいたのだった。


「どうりで一筋縄ではいかないわけか」


昔だったら無謀にもその車の後を追おうとしていたが、今は頼れる人がいる。

コナンは一旦この情報を持ち帰って、みんなで作戦を立てることにした。





▼ ▼ ▼





「無理よ!!」


と、声を荒げたのは灰原哀。


「けど、チャンスかもしんねーだろ?薬の情報を得られるさ」

「だからって……幹部と関わりのある研究員を捕まえて話聞くなんてリスクがありすぎるわ!」

「リスクを冒さなきゃ何も得られないんだ!それに、松野さんは他の幹部と違って隙がある」


幹部と関わりのある研究員ならAPTX4869の情報を持っている可能性が高い。また、組織の重要な秘密を握っているかもしれない。そして、研究員なら他の幹部のように無駄に抵抗しないだろう。なにより、幹部は2人組で動いていることが多いが、松野は研究員だからか1人で行動することが多く、捕まえやすそうだ。

そう考えた赤井とコナンは、松野京介を捕まえる作戦を立てた。それをコナンが灰原に話したのだが、反対されていた。

当たり前だ。いくら研究員だからといって、安易に手を出すのは危険すぎる。

けれど、灰原の言葉で行動を止めるような人なら、コナンはコナンになっていない。

結果として、松野京介捕獲作戦は実行されることになった。

作戦決行当日。

まずは松野京介がよく現れるスポットにFBIの捜査員を置き、監視する。


《こちらC班。対象が現れました》

《すぐ捕獲班を向かわせる。そのまま待機せよ》

《了解》


今日は前に事件があったブックカフェに現れたようだ。

松野はいつものようにカフェに入っていく。

ここからはしばらく待機だ。松野が出てくるのを待って、迎えが来たのならその日は捕獲せず、ポアロへ向かおうとしたら捕獲班が捕まえる。

至ってシンプルな作戦だった。

そしてこの作戦は1回目にして、あっさりと成功することとなる。

FBIであるジョディは、カフェから出て、ポアロのある方向へと歩き出した京介に静かに近づき、声をかけた。


「何も言わず、私達についてきてくれないかしら。言うことに従ってくれたら、手荒な真似はしないと約束するわ」


ここで抵抗されたら、近くに待機している別のFBI捜査官達で囲み、無理矢理連れて行くつもりだった。

けれど京介は突然声をかけられたにも関わらず、驚いた様子は見せず、ただ一言"わかりました"とにこやかに告げた。あまりにもあっさりとした態度にジョディは面を食らったが、今は任務の最中である。すぐに平常心を取り戻して、歩いて1分もしないところにある黒いセダンへと京介を連れて行った。

キャメルとジョディで京介を挟むように座り、ジェイムズの運転で車は走り出した。


「ずいぶんと大人しいわね」

「手荒な真似はされたくないですから」

「……そう」


会話はそれっきりで終わってしまった。

京介の人柄が全く読めない。

事前情報として、穏やかで人柄がよく、時には冗談も言う好青年。しかし、あまり良くない雰囲気を纏う時もある。

たしかに今の雰囲気は組織の人間とは思えないくらいに静かで、逆にそれが不気味で仕方がなかった。

車が走り出してから約30分。

FBIが借りている倉庫の前で車は止まった。

倉庫の中にはまるで取調室のような空間が用意されていて、京介はそこに連れていかれる。

部屋の中はジョディと京介が1対1で座り、外のドアの前でFBI捜査官が待機。マジックミラーの向こう側でキャメルとジェイムズ、そしてコナンが2人の会話を聞いている。

赤井は組織で死んだことになっているので、離れたところで部屋に仕掛けられたカメラの映像を見ていた。


「黒の組織というのを知っているわね?」

「ええ」

「あなたはそこで研究員をしているって聞いたけど、ほんと?」


ここでは聞いたと言っているが、そんなことはない。ただの予想を聞いた体で話しているだけだ。


「ええ、本当です」

「なら、組織が何の研究をしているかも知っているわね?教えてくれるかしら」

「知ってますよ。でも、企業秘密なのでお教えできません」

「……質問を変えるわ。シェリーという幹部はご存知?」

「組織から逃げ出した方ですね」

「どうして逃げたかは知ってる?」

「さぁ、僕には関係ないことですので」

「シェリーが手動で行っていた研究は今どうなっているのかしら」

「つまらない研究だったので僕が終わらせました」

「終わらせた?」

「ええ。この研究を続けても意味がないって伝えて終わらせました」

「じゃあ今は何の研究をしているのかしら?」

「さっきも言いましたが企業秘密です」

「……なるほど」


ある程度質問は決めていたが、確信的な情報は喋らない。

わかったのは松野京介が組織の研究員であるということだけだ。

その後も質問を続けていくが、京介が答えるのはFBIが調べられた情報だけで、他は企業秘密ですと言って答えなかった。


「あなたは組織が非人道的なことをしていると知っているのよね!?心は痛まないのかしら?」

「ええ、まったく」

「なっ……!」

「そろそろ、質問を受けるのに飽きました。FBI様方、次は僕が質問しても?」

「どうして」


ここに来るまでにFBIとは1度も名乗らなかったし、わかるようなものも置いていなかったのに。