06


最後の言葉を聞いて、コナンは動かずにはいられなかった。

もしかしたら罠かもしれない。

そんな考えも少しはあったが、1人で行けば聞きたいことが聞けるなら、この身体のことが少しでもわかるというのなら、特攻するのが江戸川コナンだ。

FBIの作戦から1週間も経たないうちに、誰にも相談せずに彼は花宮に……京介に会いに行った。

場所はやっぱり京介がよく行く本屋だ。

今までのことから、ここで待ってるのが1番会える可能性が高いというのがわかっていた。

現れるまで毎日待ってやると決意した初日。

あっさりと京介はコナンの前に現れるのだった。


「松野さん!」

「こんにちは、コナンくん」


自分が現れるのは予想通りだったのだろう。

いつものように何を考えているかわからない笑みを浮かべながら、個室のあるカフェへと案内された。

1番奥にある個室に通され、2人はブラックコーヒーのみをそれぞれ注文する。


「それで、僕に聞きたいことは?」

「松野さんは……俺の正体を、」

「知ってるよ、工藤新一くん」

「どこでそれを」

「僕はね、シェリーの研究を引き継いだんだ。薬のデータは消えていたけど、薬を使った人のリストは残っていた。薬を再現した時に、実験用マウスの中で縮む個体もいたし、君が現れた時期と工藤新一が消えた時期が一緒だったからね」

「再現!?それってつまり、APTX4869を復活させたのか?でも、この前研究を終わらせたって……」

「うん。復活させた後にね。つまらない研究だったから」


復活させて、終わらせた。

脳内でその情報を反芻する。
それはつまり、APTX4869のデータがあるということで、もしかしたら元に戻れるかもしれないということ。


「俺は、元の姿に戻れるのか?」

「僕が協力しなくてもそのうち戻りそうだけど……解毒剤はある。まぁでもタダで渡すわけにはいかないかな」


やはりそう来たか。

組織の人間から何を要求されるのかと身構えていたが、京介が求めてきたのは採血だけというあっさりしたものだった。

薬の効果を知っているのなら、そしてこの頭の良さなら、シェリーが生きている可能性に気づいているだろう。やけに情報通だから、コナンが過去何回か工藤新一に戻っているのも知っているはずで、そこからシェリーが近くにいると予想するのも簡単なはずだ。

なのにそこには一切触れず、薬の対価は採血のみ。

自分の血で何が行われるか考えてもわからない。けれどコナンはその条件をのんだ。

断られないことも予想通りだったのだろう。いつも持ち歩いているものより一回り大きい鞄から採血キットが出てきた。

コナンは大人しく腕を差し出す。

そして小さな試験管3本分を取り終えると、丁寧に止血までしてくれた。


「15分くらいはそれ剥がさないでね」

「わかった」


コナンはふと、もしかして松野京介はそれほど悪い人ではないのかもしれないという考えが出てきた。

考えてみれば、2回目の邂逅では犯人を捕まえていた。その後の追い詰め方はちょっとどうかと思うが、組織の人間なら普通犯人なんて捕まえずに大人しくしている。


「松野さんはどうして組織に所属しているんだ?」

「自分のやりたい研究をやりたいだけできるから」

「でも、黒の組織に未来はない。世界中の警察が組織を潰そうと動いてるし、俺が解体させる」


一瞬間を置いて、京介は笑い出した。


「ははは、それ、本気で言ってる?」


まるでコナンが間違っているかのような反応だ。


「黒の組織は絶対に潰れないよ」


わかりやすく、丁寧に京介は話しだした。


「組織がやっているのは警察の上部組織やはたまた大物政治家までありとあらゆる権力者達が望んでいるものを作る研究だから。自分の望むものが手に入るかもしれない黒の組織を国が潰すわけがないでしょう?」


スラスラと続く説明に口を挟めず、コナンはただそれを黙って聞く。


「つまり、江戸川コナンくん。君の努力は報われない。構成員が捕まろうと幹部が捕まろうとボスが捕まろうと、人を変え名前を変え、研究は続いていく。黒の組織が潰れても、ずっとずっとね」


そして最後に、京介はコナンに問いかけた。


「国と戦う覚悟、ある?」


その覚悟があると、すぐには言えなかった。





▼ ▼ ▼





コナンが最後に京介を見かけたのは、街中でのことだった。


「あっれー、花宮やん。ずいぶんと雰囲気変わったなぁ」


そう話しかけたのは眼鏡をかけた糸目の男で、彼は松野京介に向かって確かに"花宮"と呼びかけていた。


「誰ですか。僕に妖怪の知り合いはいません。不審者ですよね?警察呼んでいいですか?」


態度はいつになく悪い。まるで別人のように。

今回はいつもと違って偶然見かけただけだけれど、彼は確かに松野京介で間違いない。

そして、その男とは知り合いのようだった。


「相変わらず辛辣やな」

「チッ……先輩は鈍くなりましたね」

「勘は鈍ってないはずやけど……あ」

「理解しました?」

「したした。いやー、すまんかったわ」

「先輩今何の職についてます?詐欺師ですか?」

「なんでやねん。これ、ワシの名刺」

「へぇ、弁護士。特に面白みもない職ですね。名刺破り捨てていいですか?」

「よくないわ。いいからお前も名刺渡せぇな」

「悪用しないでくださいね」

「めっちゃ電話かけるかも」

「名刺返してください」

「いやや」

「チッ、これだからアンタには会いたくなかったんだ」

「京介のいけずぅ」

「気持ち悪さで吐きそう」

「そんなん言われたら泣いてまうやろ」

「勝手に泣いてろ。じゃあな妖怪」

「最後まで酷い奴やなぁ。あ、あの子らは知ってんの?」

「えぇ。心配しなくても大丈夫です」

「そうか。なら元気でな」

「2度と会わないことを祈ってます」


5分にも満たないその間、2人は流れるように会話をして、最後は何事もなかったかのように別れた。

この会話を聞いて、コナンはすぐに『花宮』を調べた。

年齢も違う、髪型も、雰囲気も、性格も違う。でも、顔は誤魔化せない。

花宮真。
中学から高校までバスケで名を馳せたものの、大学ではバスケを辞め、経済学部に進む。
卒業後は警察大学校までは経歴を終えたが、今は行方不明になっている。

たどり着いた答えは1つ。





松野京介は。否、花宮真は潜入捜査官である。