06



大通りの近く。路地裏にて。

怪盗キッドと花宮真は対峙していた。



「どうして、あなたがここに……」

「変装がお前だけの特技だとは思うなよ」


つまり、怪盗キッドが眠らせたのは花宮真に変装した別の誰かだということ。でなければ古橋が眠らされた花宮を放置しているわけがないだろう。

ちなみに、花宮に変装したのも、変装させたのも、どちらも霧崎の人間だ。霧崎第一高校には本当にいろんな人が通っている。

怪盗キッドは花宮、原、山崎、古橋、瀬戸が今回を相手だと思っていたが、そもそもそこが間違っているのだ。

原が花宮に相談した次の日には学校内の人間全員にそれは伝わっていた。そして情報共有は知る人ぞ知る学校の裏サイトで行われ、重要な作戦は絶対にバレないよう手話で行われた。

例の宝石の贋作は下心ありありの善意で生徒達が花宮に提供したものだ。風向きや風速を読んでビルを選んだのは花宮だが、そのビルは霧崎の生徒の親が持っているビルで、ちゃんと許可を得た上で屋上に入った。怪盗キッドがまず原家に入るために紛れ込んだ宅配業者も霧崎の人間の傘下だったりする。

しかし、花宮、原、山崎、古橋、瀬戸の5人にしか注目していなかった怪盗キッドは、そんなことわかるはずもない。

今回の怪盗キッドの相手は霧崎第一高校に所属する人間全員。

前提を間違えた時点で、怪盗キッドの負けは決まったようなもんだった。


「俺の目的は終わったからもう行っていいぞ」


花宮は捕まえていた手を離し、スマホで電話をかけた。


「全部終わった。迎えに来い」


電話を切ると、花宮は今までいた路地裏を抜けようと歩きだす。そこに、怪盗キッドが待ったをかけた。


「ちょ、おい!お前の目的って俺を捕まえることじゃねーのかよ!」

「はぁ?俺がわざわざそんなことするわけないだろ」

「じゃあ、なんでお前はここにいるんだよ」

「そもそも、俺は怪盗なんぞに興味はない。頼まれたから協力してやっただけだ」


この"頼まれたから"は"報酬があるから"の意味である。


「なら、あんたの目的ってなんだよ」

「俺の目的は2つ。1つは血に染まった薔薇ブラッディローズを守ること」

「守れてねーだろ。今は俺が持ってるんだから」

「あぁ、本気で気付いてなかったのか。まぁ、よく確認する時間もなかったか。今よく見てみろよ。それ偽物だから」

「嘘だろ!?」


怪盗キッドは慌てて盗んだ宝石を確認した。よくできている。よくできているが、確かに資料で見た薔薇の形とは少し違う。


「……じゃあ、本物はどこに」

「部室の俺のロッカーの中」

「マジかよ……」


花宮は自分たちの作戦が聞かれていることに気づいていた。その上でミスリードさせるために作戦を聞かせていた。聞かせていたことに気づかせた上で自分が嘘をつく人間だと思わせた。でも実際には、花宮達が話した内容に嘘はなかった。

彼らは贋作の数しか話していなかったし、本物が家の中にあるとは言っていない。


「今からでも学校にとりにいく?まさか。怪盗キッドはそんな無様なことはしない。犯罪者のくせに謎のプライドを持っているからな。再度予告状を出すこともない。出すんだったら、1回目の予告状のこともマスコミに流すからな。プライドを持ってる怪盗が"盗めませんでした"なんて世間にバレたくないだろ?予告状を出さないで盗み出すこともしない。それをした瞬間お前は怪盗というエンターテイナーではなくただの犯罪者になる。が、お前はさっき自殺者を助けるためにビルを飛び降りる善人だって証明された。つまり、お前はただの犯罪者にはなれない。今日の予告は失敗。再度予告状を出せない。予告状を出さずに犯行も行えない。ようするに今日、この時間、この場所にいるってことは、もう2度お前は血に染まった薔薇ブラッディローズを盗めなくなったって事だ。これで俺の一つ目の目的は達成された」


まさしくその通りだった。

目撃者がいなければまだ学校にとりにいくという選択があったかもしれないが、怪盗キッドの目の前には花宮がいる。

そしてその花宮に本来の宝石の場所を教わった上で盗りにいくのはプライドが許さなかった。花宮は小馬鹿にしているが、怪盗キッドにとってそのプライドは重要で、それを無くした途端、怪盗キッドは怪盗キッドじゃなくなる。父親から継いだ怪盗キッドの名を汚したくはないのだ。

だから、花宮の言ったように再度出す選択肢もないし、予告状を出さないで盗むという選択肢もない。

完全に怪盗キッドは詰んでいる。


「そして2つ目の目的。まぁ完全についでだったんだが、お前の正体についでだな。さっき間近で顔を見て確信した。お前、江古田高校2年黒羽快斗だろ?これで怪盗キッドの正体を探る、という目的も終わり。俺の用事は終わったんだよ」


そう。彼らはちゃんと怪盗キッドの正体をほぼ暴いていた。黒羽盗一の名前を流したのは、怪盗キッドを油断させるため。

実際には作戦同様、言葉を用いずに話が進められていたのだった。

しかし、今の怪盗キッドが黒羽快斗だと予想できたとしても、証拠がなかった。だから花宮は怪盗キッドの変装していない顔を見るためにも、ビルから飛び降りたのだ。そうすれば間近で顔を識別できるから。


「はぁ?確かによく変装するけどなぁ……俺は黒羽快斗じゃねーよ」

「お前の言い分はどうでもいい。じゃ、もう俺らには関わるなよ」


タイミングよく花宮のスマホが震え、迎えの到着を知らせる。


「あ、おい!」


そんな制止の声で花宮が止まるはずもなく、さっさと迎えにきた車に乗り込んでしまった。

そしてその場には血に染まった薔薇ブラッディローズの贋作を持った怪盗キッドだけが取り残された。

怪盗キッドは初めて獲物を盗むのに失敗した。けれどそれが世間にも警察にもバレることなく、ただ1人悶々と悔しさを抱え、仕方がなく、とりあえずその贋作を月にかざすのだった。


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