球技大会

梅雨が明け、もうすぐ球技大会のイベントが迫っていた。内容は女子がバスケで、男子が野球だ。E組の対戦相手はそれぞれ野球部とバスケ部の選抜メンバーで、エキシビションという名の見せ物にされる。けれどE組が暗殺教室となっている今、女子の方は片岡さんを中心に何とかなるだろう。けれど、問題は男子。

元野球部であった杉野のきっと勝負にならない。けれどそれでも勝ちたいという発言に殺せんせー、そして他の男子もやる気満々になったが、フランがいるというだけで不安になる。なにしろ、フランはチームプレー?協調性?そんなもの知りませーん、という感じなのだ。

はたして、E組男子は自由奔放なフランを制御することが出来るのだろうか。




















……………結果だけ言うと出来なかった。

いや、今回はフランが完全に悪いとは言えない。

ここでちょっと思い出して欲しいのは、十代目ファミリーの雨の守護者、山本武だ。彼は元々野球部で、ファミリーになってからもギリギリまで野球をしていた。そしてプロになる事なく、完全に黒に染まると同時にやめたのだ。

十代目である沢田綱吉は、それをずっと気に病んでいた。山本に野球を辞めさせたくなかった。けれど本人の意思だからどうしようも出来ない。なら、せめてたまには野球をやらせてあげよう。

その思いで始めたのが、ボンゴレ式野球大会だ。年に一度、ボンゴレと他の親しいファミリー複数で開催されている。もちろん参加者の中にはヴァリアーもいた。

つまり、フランは野球をやったことがあるのだ。常識的な人生経験がなく、卓球すらやったことのない、あのフランが、だ。


「フラン君、卓球はやったことなかったけど、野球はどう??」


そう聞くクラスメイトにフランはこう答えた。


「野球ならありますよー」


それを聞いたE組男子は安心した。野球をやったことがあるなら、なんとかいけるだろう、と。

しかし、しかしだ。フランがやったことがあるのは"ボンゴレ式"の野球だ。大会の優勝商品は豪華だが、試合の一つ一つが命の危機に満ちている。

少し、ボンゴレ式野球大会のルールを説明していこう。

まず、死ぬ気の炎は使用可能。ここからもうすでに可笑しいルールになっているのだが、続けて聞いて欲しい。その次、匣兵器も使用可能。アニマル兵器も使用可能。アニマルは使用選手の一部とみなす。まだまだ他にルールはあるのだが、要するに死なない程度に頑張ってね、なんでもありだよ!ってことだ。

野球とは何かを問いたくなる。

そんなルールで試合をするとどうなるのかというと、それはもう摩訶不思議な事になる。

幻覚によりボールが消えたり増えたりするのは当たり前。ホームランかと思いきや、空を飛べるアニマルが空でボールをキャッチ。守備側も攻撃側も妨害は前提条件。動こうと思えば雨の炎で鎮静され動きが鈍くなり、幻術がなくても雲の炎で物理的にボールが増える。雷の炎で普通のり硬化した球はデッドボールになれば確実に骨折だけでは済まない。打つ側もホームランを狙えばアニマルが取るので上ではなく横にボールを飛ばし、守備の人に当てにいく。ボールすら武器という状況だ。

これが本当に野球なのかと問いたくなるが、バットとボールがあるから野球だ。誰がなんと言おうと、天下のボンゴレ様が野球だというのだから野球なのだ。

そんなボンゴレ式野球を、フランは普通だと思っている。

その状況で一般的な野球をやるとどうなるのか。そう、誰もが察したように、試合が崩壊した。

フランは匣兵器は使わなかった。元々使える匣兵器を持ってないからだ。ヘルリング?今は林檎が邪魔で開口できない。ベル先輩型おとり匣兵器もあるが、それは野球では必要ない。

幻覚も使わなかった。一般的な野球では幻覚を使わないというくらいフランも分かっていた。そもそも幻術使いというのは珍しく、ボンゴレ式野球でも一般的ではなかったからだ。

けれど、その二つが封じられたからといって、ボンゴレ式野球の暴力性は失われなかった。

まずフランが担当したのは、外野だった。野球をやったことがあるという発言と、体育の時にちょいちょい見せる身体能力に期待され、場所はセンターだ。そして期待通り、フランは飛んできた球をキャッチした。ヴァリアーで暗殺者なフランだ。中学生の野球の球くらい余裕で取れる。

しかし、問題はその後。最初は飛んできた球を地面につけることなく即アウトにしていたのでよかったのだが、練習開始数十分。悲劇は起きてしまった。球が一度地面についたのだ。これでは即アウトにならない。

けど、フランは地面に球がついたとはいえ、ちゃんとキャッチした。本来ならそこで、塁を守ってる内野の人にボールを回してアウトにしてもらう。しかしフランが投げた球は、まっすぐ、そしてかなり速く、正確にランナーに当たった。犠牲になったのは岡島君だ。フランの球は岡島君の太ももに当たり転ばせた。球はてん、てん、と数回跳ね、止まる。そして思わぬ事態に殺せんせー含めE組男子の時が止まる。


「なんで誰も動かないんですかー?アウトにするチャンスですよー??」


時を止まらせた原因の声に、男子達と殺せんせーの意識が戻る。そして転んだ岡島君の元へ駆け寄った。


「だっ大丈夫ですか岡島君!?」

「だ、大丈夫……」

「ちょっ、フラン君なにしてんの!?!?」

「野球ですけどー?」


フランはなんで責められてるか本気でわかっていない。そんなフランを見た男子達は頭を抱えた。


「俺達の知る野球じゃねーよ……」

「ミーの知る野球はいつもこんな感じだったんですけどねー」

「どこの世界にわざとランナーにボールを当てる野球があるんだよ」


黒の社会である。

兎に角、フランに外野は任せられないというのが殺せんせー、男子達の総意になった。同じ理由で内野もダメだろう。フランなら絶対にランナーに当てにいく。ピッチャーをやればバッターに当てて戦闘不能にするに違いない。残るはキャッチャーなのだが……


「フラン、キャッチャーやってみるか?」

「ミーはこの林檎を脱ぎたくありませーん。マスク被れないので無理ですー」


との事だった。要するに、フランはキャッチャーができない。これで守備が全滅した。

じゃあ攻撃はとなる。

攻撃の相手は全部殺せんせーが相手だ。全部分身でやっている。投手は300kmの球を投げ、内野手は分身で鉄壁の守備を敷き、キャッチャーはバッターの秘密を囁く事で集中を乱す。これも野球なのかと問いたくなるが、相手が人外なので仕方ない。しかし、そんな野球でもフランにとっては問題なかった。

ボンゴレ式野球では300kmくらい余裕で投げてくるし、その上球が増えたり消えたりする。内野手も外野手も、本人+アニマルが当たり前で、グランドはいっぱいだ。そしてよくどこでもイタズラするフランは、あの時あれやったのミーなんですよー、気づかないとか馬鹿なんですかー?や、幻覚で姿を消して得た情報を大声で暴露する、全力で相手を煽るスタイルでやっていた。逆にやられることもあるので、囁きくらいでは動じない。

そう、殺せんせーの野球で唯一まともに対応出来たのがフランだけだった。

でも逆に考えてみてもらいたい。殺せんせーの野球が出来たということは、やっぱり普通じゃないのだ。これが普通の野球になった時、それはそれは大変な事になるだろう。打った球は上では無く投手の急所を狙うのは当たり前だった。

上に打たせてホームランを狙えるようになれば勿論バッターとして最高だろう。普通だったら何度か言えば上を狙うようになる筈だ。けれど相手はフラン。戦闘不能にするスタイルは変えなかった。というかそもそも、林檎でヘルメットを被れないので出れない。

結果フランは攻撃側もNGをくらい、見事に補欠に入るのだった。今の所フランを試合に出す予定はない。

そしてフランを抜いたメンバーで野球の練習を始め、しばらく経ち、ついに球技大会の日がやってきた。

優勝はA組で、次はエキシビションマッチだ。E組に対する罵倒やヤジがある中、試合は始まった。

最初はE組の攻撃からだ。一球目は進藤君の剛球がストライクを取った。二球目、一球目と同じく剛球だったのだが、木村君はバントをして盗塁。そして次も、その次もバントで塁を奪っていった。これで満塁だ。

次のバッターは杉野君。最初はバントを構えるが、進藤君が投げるとバットを持ち直し、打った。走者一掃のスリーベース。E組の3点先制だ。

思わないE組の攻撃に、相手側全員が焦る。と、その時。


「顔色が優れませんね、寺井先生。お体の具合が悪いのでは?」


理事長が現れた。寺井先生は倒れ、医務室に運ばれる。かわりの監督は理事長がやるようだ。

理事長はタイムを取る。そして選手が理事長の元に集まり、試合に戻ったら、守備の形が大きく変化していた。なんと、選手全員が内野にいるのだ。

普通では見られない極端過ぎる前進守備に、前原君のバントのボールは上にあがり、やすやすとキャッチされてしまう。殺せんせーに指示を仰ぐも、打つ手なし。そのままスリーアウトを取られ、E組の攻撃は終わってしまった。

次は一回裏、今度はE組が守備の番だ。この回は元野球部の杉野君が頑張り、一点も取られずに終わった。

そして次の回、カルマ君からだ。


「ねーえ、これズルくない、理事長センセー?こんだけ邪魔な位置で守ってんのにさ、審判の先生何も注意しないの。一般生徒おまえらもおかしいと思わないの?あーそっかぁおまえ等バカだから守備位置とか理解してないんだね」


カルマ君はボックスに入る前に盛大に生徒達を煽った。それをフランはベンチから見ていた。


「何あれすごく楽しそーですねー。ミーもやりたいですー」

「待てフラン、あれも殺せんせーの指示だかんな。というかフラン林檎被ってるからヘルメットどうせ被れなくて出れないじゃん」

「なら脱ぎますー」

「えっまじで!?」

「こんな事で抜いでいいの!?」

「ミーだって煽りたいですー。理事長の作戦ぶち壊したいですー」


どうやら人を煽るためなら自分のアイデンティティ(りんご)すら捨てるようだ。フランはどれだけ人をバカにするのが好きなのだろうか。

とりあえず、フランは野球に出たがった。しかしこうして喋ってる間にE組は二回表、一点も取れずに終わってしまった。


「あー、出たかったんですけどねー……次は出れるようにタコセンセーに交渉してきますー」


フランはベンチから殺せんせーの方へ向かった。その間にも試合は進む。

二回裏、杉野君は頑張るが、二点取られてしまう。けど、まだ逆転されていないだけマシと言えよう。

次は三回表。そこでフランがベンチに帰ってきた。


「フラン君、どうだった?」

「ツーアウト取られたら出ていいって言われましたー。全力でピッチャーに向かって打っていいそうですー」

「えっ、それ大丈夫なの?」

「タコせんせーがいいって言うならいいんじゃないですかー?何があってもミーは知りませーん」


どうやら人の所為に出来るなら、自由に全力でやると決めたようだ。

そしてE組はツーアウトをとられ、フランの番。その頭にはしっかりとヘルメットがある。おそらくフランが留学してきて、林檎以外のものを被るのは初めてなのではないだろうか。それくらいレアな光景だ。

修学旅行の時のフランを覚えている人も何人かいるようで、外野はざわざわと林檎被ってたやつだ、などと言っている。

そんな中、フランはボックスに入ってバットを構えた。ピッチャーの進藤君が投げる。中学生にしては速い球だ。だからこそ他の男子達はバント以外できなかった。けれどフランは違う。

フランは剛球を見事に打ち返した。その球は真っ直ぐ前に飛び、ピッチャーの男の急所に当たった。

普通なら、球が当たる前にキャッチ出来ただろう。けれど、進藤君は油断をしていた。打てる筈がない、と。けど、打たれた。そして何故かその球は自分に向かってきていて、焦った。さらに、進藤君の目には球が一瞬消えたように見えたのだ。フランは進藤君のみに幻覚を作用させていた。本来なら使う予定はなかったのだが、殺せんせーからは全力でやれと言われている。そしてこれが全力でやった結果だ。

こんな感じにフランの犠牲者が増えた。

思わぬ衝撃に、進藤君は球なんて取れる筈もなく、むしろその場で股間を抑えうずくまる。

あれは痛い。ボールがあたった衝撃を想像した男子達が身震いをした。その隙にフランは走った。ギリギリ一般人くらいのレベルには落としているが、それでもかなりフランの足は速い。

股間を抑え、うずくまる進藤君の近くに球が落ちているが、進藤君は球を投げれそうにない。野手は野手で、フランの思わぬ攻撃(物理)に呆然とし、足が止まっている。

その間にもフランは走り続け、もう二塁まで進んでいる。そこで野球部の面々がようやく我に返り、進藤君の一番近くにいた野手が球を拾い、急いで三塁へと投げた。が、フランはギリギリセーフで、まだ走り続けた。今度はサードの選手がキャッチャーへ球を急いで返す。キャッチャーは球を取る。フランはベースを触る。タイミングはほぼ同じだった。いや、コンマの差でフランの方が速かった。けれど、それが今この場で分かるのはフランと殺せんせーだけだ。判定は審判に任された。


「あ、アウトーーー!!!!」


審判は野球部よりだ。当然こうなる。プロと違ってビデオ判定がないのだから、結果は覆すことも出来ない。

惜しくもアウトを取られてしまったので、E組はスリーアウトで攻守交代だ。


「絶対セーフだったと思うんですけどねー」


なんて言いながらフランはベンチに戻った。


「フラン惜しかったなー」

「すごかったね、フラン君」


ベンチにいた人たちがフランを迎え入れた。

さて、次は三回裏。これで試合が決まる。エースである進藤君を思わぬ形で失った野球部の士気は低い。簡単にツーアウトが取れた。

しかし、理事長もやられっぱなしでは終わらない。理事長は野球部にバントをするようにと指示を出したのだ。E組はバントを打つ練習はしていても、取る練習はしておらず、満塁を取られてしまった。

次のバッターは名の無い野球部のモブ君。本来なら進藤君だった筈なのだが、残念ながらフランが戦闘不能にしてしまったので今はいない。哀れな進藤君は今、保健室だ。

モブ君がボックスに立つと、カルマ君と磯貝君が前に出た。しかも極端に前だ。先程のカルマ君の訴えをスルーした審判は、文句も言えない。


「ご自由に。選ばれた者は守備位置位で心を乱さない」


と、理事長は余裕の発言をするが、モブ君の集中は完全に切れている。所詮はモブ君なので仕方ない。


「へーぇ、言ったね。じゃあ遠慮なく」


カルマ君がそう言うと、二人は更にバッターに近づいた。バットを振れば確実に当たる距離だ。進藤君ならまだマシな精神状態で要られたのだろうけど、モブ君は集中が途切れるどころか、完全にビビっている。こんな状況でバットなんて振れない。

そして杉野君はあっさりとモブ君からスリーストライクでアウトを取った。


「ゲ……ゲームセット!!なんと、なんと、E組が野球部に勝ってしまった!!」


とても微妙な空気にはなっているが、E組の勝ちには変わりない。殺せんせー、そしてフランがいて、まともな野球になる筈がなかった。

とりあえずは、進藤君の進藤君が無事である事を願おう。

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