新任の先生

7月になり、制服が夏服に変わった。もちろんフランもそれに合わせ衣替えをした。ただ、相変わらず林檎は被ったままだ。

さて、7月になったということは、訓練も四ヶ月目に突入したということ。流石中学生と言ったところか、飲み込みは早く、最初と比べて随分と成長している。

例えば、磯貝くんと前原くん。二人は運動神経が良く、仲もいいため、コンビネーション技で烏間先生にナイフを当てることが増えてきた。赤羽くんは、元々優秀だったが、技術をちゃんと習ったことにより、烏間先生も油断できない程度にはなっていた。女子では、意表の突いた動きができる岡野さんと、男子並みの体格と運動量を持つ片岡さんがアタッカーとして優秀だ。

そんな中フランは、そもそも体育に出る確率が約30%くらいで、出たとしても本気でやることは一切ないため、寺坂くん、吉田くん、村松くんと同じく、本気を出せば大きな戦力と思われていた。なにしろ、フランはヴァリアー所属。本気なんてだしたら、人間には無害な筈の対殺せんせー用ナイフで人を殺せる。だから本気を出さないのは仕方のないことなのだが、誰から見てもやる気がないのが丸わかりなので、そのような評価を受けていた。

烏間先生が心の中で生徒たちをそう評価付けしていた訓練が終わった後、校庭に一人の男が現れた。


「やっ!俺の名前は鷹岡明!!今日から烏間を補佐してここで働く!よろしくな、E組の皆!!」


そう、防衛省特務部の鷹岡だ。

彼は両手いっぱいに持った袋の中から飲み物やケーキなどといったお菓子を出してさっそくそれをE組の皆に分け与えている。


「モノで釣ってるなんて思わないでくれよ。おまえらと早く仲良くなりたいんだ。それには……皆で囲んでメシを食うのが一番だろ!」


なんて事を笑顔で言っているが、いま囲んで食べてるのはメシではなくケーキだという事をツッコんでもいいだろうか。E組メンバーはなんの疑問も思わず、鷹岡先生と楽しく会話している。

そんな時、校庭の端の木の上で堂々とサボっていたフランが校庭の方へ歩いてきた。それに鷹岡先生も気づく。


「あの生徒は?」

「あー、フランっていうんですけど、あいついっつもサボってるんですよ。今の体育もサボってました。そこからの帰りですね、たぶん」


鷹岡先生の疑問に、前原くんが答える。


「へー、そうなのか。まっ、同じ生徒なら彼も俺の家族だ!おーい、フランくんもケーキを食べないか!?」


そう話しかけられて、ようやくフランは彼に気づいた。いや、サボってた時点で誰かがE組の敷地内に入ってたのは気づいていたが、特に問題なさそうなので忘れてたのだ。


(そーいえば何か来てましたねー。それに、3日前くらいに師匠ししょーが新しい人が来る的な事を言ってた気がしますー。アレがその人なんですかねー)


そんな事を考えながら、特に歩くスピードを変えないまま皆のいる所に近づいて、誘いについて答える。


「どっかで初対面の人から食べ物を貰ってはいけないって言われたよーな気がするんでー、いらないですー。というかー、その顔自体胡散臭いんですよねー。顔を変えてからミーに話しかけてくださーい」


なんとも辛辣な返答だ。そのままフランは校舎内に入っていった。

別にフランは鷹岡先生……いや、鷹岡の異常性に気づいていた訳じゃない。ただ、なんとなく嫌な感じがしたので、思った事をいつも通りに言っただけだ。

E組メンバーもフランの毒舌にはもう慣れていたので、またかと思うだけで何ともなかったのだが、今日が初対面な鷹岡はそれはそれは驚いていた。見事に表情が引きつっている。

その後、フランは渚くんから鷹岡が烏間先生の代わりに体育を担当することなった話を聞いた。会話に混ざっていないフランがその事を知らないのに気づいたので、わざわざ教えてくれたのだ。ちなみに渚くんはカルマくんにも一応鷹岡が体育の先生になる事を言っていた。

翌日。鷹岡の授業が始まった。わざわざ渚くんが情報教えたのにも関わらず、二人は見事にサボりだ。けど、姿を消してるカルマくんはまだマシだろう。なぜなら、フランは校庭前の芝生という、皆から見える位置で堂々とサボっていたのだから。

新しい先生がどんな先生なのか、そしてどうE組に影響を与えるのか、それを見るためにとりあえず来たのだが、授業に出るのはめんどくさくなったので、目の前でサボりだしたのだ。

鷹岡は一応フランを授業に参加させようと話しかけたのだが、当たり前だけど顔を変えてないのでガン無視された。それで諦めた鷹岡は、しぶしぶ授業を開始する。


「さて!訓練内容の一新に伴って、E組の時間割も変更になった。これを皆に回してくれ」


配られた時間割の中身は、驚くことに大体の教科が週1で、多くても週2。他は全て訓練で、10時間目まであるという異常なものだった。

こんな時間割、当然文句もでる。


「ちょっ……待ってくれよ、無理だぜこんなの!!」

「ん?」

「勉強の時間、これだけじゃ成績落ちるよ!理事長もわかってて承諾したんだ!!遊ぶ時間もねーし!!できるわけねーよこんなの!!」


皆の気持ちを代弁するかのように言ったのは、前原くんだった。

しかし鷹岡はそんな前原くんの髪を笑顔で掴み、腹に蹴りを入れる。


「"できない"じゃない。"やる"んだよ。言ったろ?俺たちは"家族"で俺は"父親"だ。世の中に、父親の命令を聞かない家族がどこにいる?」


急に雰囲気が激変した鷹岡に、E組メンバーがおののく。

それを寝っ転がりながら見ていたフランは


(うわ、お手本のようなDV男ですねー。まだまだやらかしそうですー)


なんて呑気に思っていた。クラスメイトを助けようとする気が一切ないのがフランらしい。

そして生徒が嫌がろうと、鷹岡の恐怖に満ちた体育は続く。

次に鷹岡の犠牲になったのは、震えながらも自分の意思を言った神崎さんだった。


「私は嫌です。烏間先生の授業を希望します」


いい標的がいたと言うように自分の唇を舐めた後、鷹岡はまた笑顔で神崎さんにビンタを入れた、その時


カシャ


パシンと人を叩く音とともに、なんとも場違いな音が響いた。

皆、音の発生源の方を向く。

そこにはスマホを構えいるフランがいた。どうやらフランが写真を撮ったらしい。その対象はもちろん鷹岡だ。


「いやー、よく撮れましたねーー。鷹岡せんせーが人を笑顔をで殴る姿なんてとても面白いですー」

「お前、なにを……」

「この写真をネットにあげたらもっともっと面白くなると思うんですけどー、鷹岡せんせーはどう思いますかー?」

「ふ、ふざけるな!!」

「ミー、とっても話題になると思うんですー。なんせ、大人が笑顔で子供を殴る姿ですからねー」

「やめろ!!」

「もしかしたら、住所を晒す人とかも現れてー、ちょっと嫌がらせを受けるかもしれませんけどー、みんなの注目の的になりますよー。やったじゃないですかー。これで鷹岡せんせーは人気者ですー」

「いい加減にしろ!!そのスマホを渡せ!!」


フランと鷹岡のどこか噛み合わない会話。流石に自分が人を殴る姿をネットに晒されるのは不味いと思ったのか、鷹岡はフランからスマホを奪おうとフランに襲いかかった。けど、怒りで頭がいっぱいになった鷹岡は一直線に向かったので、当然フランはそれを避ける。そしてついでに足を出す。前が見えていない鷹岡はそれに引っかかり、転んだ。

そこでまたカシャという音が響いた。


「あ、こっちの方が面白いかもしれませんねー。大人が無様に転ぶってなかなかないですからー」

「お前!お前……!!」

「でも、こっちは話題性に欠けますねー。やっぱりネットに上げるとしたらさっきの写真でしょうかー。鷹岡せんせーはどっちがいいですかー?」


もう、そこはフランの独壇場だった。

怒りで顔を真っ赤にして鷹岡は何度もフランに襲いかかるも、フランはヒョイっと横に避ける。それと同時にカシャカシャとスマホで鷹岡の姿を撮っていた。動きだけで見れば、まるで闘牛のようだ。

さっきまでの恐怖で満ちた空気はない。けど、フランの行動をE組メンバーは見てるしかなかった。フランが何かやらかすのはいつもの事だったし、フランの行動を邪魔すればイタズラの対象が自分になるのが分かっていたからだ。そしてフランのイタズラに遭うと、精神的ダメージを受けるのも分かっていた。


「返せ!」


フランに殴りかかって何度目だろうか。そこでようやく第三者が止めに来た。


「それ以上、生徒達に手荒くするな。暴れたいなら俺が相手を務めてやる」

「「烏間先生!!」」


そう、鷹岡の異常性を知った烏間先生だ。

止め方はカッコいいが、おちょくっていたのはフランの方なので、助けたのがフランだとは言い切れないところが残念である。

烏間先生が止めた事により、鷹岡は少しだけ理性を取り戻した。


「烏間、これは暴力じゃない。教育なんだ。暴力でおまえとやり合う気は無い。それに、俺の"家族"だから、当然手加減してるさ」

「いいや、あなたの家族じゃない。私の生徒です」


近くで見ていた殺せんせーも、烏間先生が止めに入った事により、こちらへ来た。


「フン。文句があるのかモンスター?体育は教科担任の俺に一任されているはずだ。短時間でお前を殺す暗殺者を育てるんだぜ?厳しくなるのは常識人だろう。それとも何か?多少教育論が違うだけで、おまえに危害も加えてない俺を攻撃するのか?」


殺せんせーの登場により、鷹岡は完全に落ち着き、理性が戻った。口が回る回る。


「けど、おまえらもまだ俺を認めてないだろう。父ちゃんもこのままじゃ不本意だ。そこでこうしよう!こいつで決めるんだ!!」


フランの独壇場だった空気が、また鷹岡のものになりだした。


「烏間、おまえが育てたこいつらの中でイチオシの生徒をひとり選べ。そいつが俺と闘い、一度でもナイフを当てられたら、お前の教育は俺よりすぐれていたのだと認めよう。その時はお前に訓練を全部任せて出てってやる!!男に二言は無い!!」


負ければ出て行くという発言に、生徒達はやる気を見せ始めた。けれど、話はそこで終わらない。


「ただし、もちろん俺が勝てばその後一切口出しはさせないし、勝手に写真を撮ったその生徒のスマホも回収させてもらう。そして、使うナイフはこれじゃない」


さりげなく、勝った時の条件にフランのスマホを入れながら、鷹岡は持ってた殺せんせー用のナイフを捨て、自分のバッグから本物のナイフを取り出した。


「殺す相手がオレなんだ。使う刃物も本物じゃなくちゃなァ」

「よせ!彼らは人間を殺す訓練も用意もしていない!本物を持っても体がすくんで刺せやしないぞ」

「安心しな、寸止めでも当たった事にしてやるよ。おれは素手だし、これ以上ないハンデだろ」


普通の人間が刃物を扱える筈がない。ましてや中学生だ。持つことすら躊躇するだろう。鷹岡はそれが狙いだった。


「さぁ烏間!!ひとり選べよ!!嫌なら無条件で俺に服従だ!!それとも生徒を見捨てるか!?生贄として差し出すか!?どっちみち酷い教師だなお前は!!ははははは!!!」


鷹岡は狂ったように笑う。

そんな中、烏間先生は迷っていた。


(……地球を救う暗殺者を育てるには、奴のような容赦のない教育こそ必要ではないのか?この職業についてから迷いだらけだ。仮にも鷹岡は精鋭部隊に属した男。訓練三ヶ月の中学生の刃が届くはずがない。だが、二人だけその可能性を持った生徒がいる。一人は、フラン君。今まで訓練をしていて、彼の全力を一度も見たことがない。転校初日の動きと、怒りに沸いていたとしても先程ずっと鷹岡の攻撃を避けていたことから考えて、かなりのやり手だろう。しかし、素性がハッキリしない者を使命していいのだろうか。なら)


烏間先生は意を決して、口を開いた。


「渚君、やる気はあるか?選ばなくてはならないなら、おそらく君だが、返事の前に俺の考え方を聞いて欲しい。地球を救う暗殺任務を依頼した側として、俺は君達とはプロ同士だと思っている。そしてプロとして君達に払うべき最低限の報酬は当たり前の中学生活を保障する事だと思っている。だからこのナイフは無理に受け取る必要は無い。その時はおれが鷹岡に頼んで「報酬」を維持してもらうよう努力する」


烏間先生のプロとしての考え方に、生徒全員聞き入っていた。

渚君の返答はもう決まっている。


「やります」

「おやおや……おまえの目も曇ったなァ烏間。よりにもよってそんなチビを選ぶとは」


鷹岡は相手になる渚君を完全に舐めていた。さっきまで殴りかかっていたフランならもっと警戒しただろうけど、こんな小柄な生徒が自分の相手になるとは思うはずがない。


「渚君、鷹岡は素手対ナイフの闘い方も熟知している。全力で振らないとかすりもしないぞ」

「はい」

「いいか、ナイフを当てるか寸止めすれば君の勝ち。君を素手で制圧すれば鷹岡の勝ち。それがヤツの決めたルールだ」


烏間先生は渚君にアドバイスをした。それを鷹岡が認めてるのも、渚君を舐めているからに他ならない。鷹岡は自分の勝ちを信じて疑わなかった。

そうしていよいよ勝負は始まった。


「さぁ来い!」


E組メンバーが勝負を見守っているが、やっぱりフランだけは違う。


(ええとー、理事長さんのメールアドレスってなんでしたっけー。確か前入手したはずなんですけどねー。あっ、ありましたー。じゃあメールをしましょー)


そんな事を考えながら、フランは理事長にメールを送りつけた。内容はシンプルに、一番最初に撮った写真のみだ。つまり、鷹岡が生徒を笑顔で殴ってる姿の写真を送ったのだ。


(理事長さんはどんな反応するんでしょーねー。なんだかんだ仕掛けても、結局はいつま反応が見れなかったので楽しみですー)


フランが写真を送ったのにも理由があった。

例えば、フランが本当にこの写真をネットに上げたとしよう。大人が子供を殴ってる写真だ。批判間違いなしだろう。そうすると叩かれるのは鷹岡だ。けれどそれだけではない。

殴られていた神崎さん含め、あのときE組メンバー全員は学校指定の体操服を着ていた。つまり、わかる人には殴られてるのが椚ヶ丘中の生徒だとわかるのだ。

椚ヶ丘中の体操服を着た子供が殴られている。椚ヶ丘中の体操服を着ているのだから、椚ヶ丘中で起こった事なのだろう。椚ヶ丘中はなんて暴力的な先生を雇っているんだ!事前に確認はしなかったのか!?このままこの先生を放置するのか!?他にも同じような先生がいるんじゃないのか!?椚ヶ丘中は体罰を認めているのか!?ほかの生徒の被害者は!?

なんて事になってもおかしくない。というか、そうなるのが自然だ。

だから、この写真を見た理事長はそれはそれは焦るだろう。殴った鷹岡が悪いのは勿論のこと、責任は学校自体が取らされる可能性が高い。そうなった時、責任を取らなくてはならないのは、理事長だ。

更に、この写真がマスコミにでも流れたとしたら、一気に椚ヶ丘中は注目の的になる。その時にE組の待遇を知ったとしたら、いくら私立の学校とはいえ、批判されるだろう。そうなった時にやっぱり責任が回ってくるのは理事長だ。

だから理事長はその写真を受け取った時、フランの予想通り焦った。そして、知っていたのに対応しなかったとなるならば、責任を取らさせる可能性が高い、から絶対に責任を取らさせる、までになる。

その写真の危険性についてすぐに気づいた理事長は普段はあまり立ち寄らない旧校舎に向かう事にした。

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