解任
渚君の暗殺者としての才能もあったのだろうけど、完全に油断していた鷹岡の負けだ。
渚君の勝利に、E組メンバーはようやくいつも通りの和気藹々とした雰囲気になった。
けれど、それで約束を守って終わるほど、鷹岡はまともじゃなかった。
「このガキ……父親も同然の俺に刃向かって、まぐれ勝ちがそんなに嬉しいか。もう一回だ!!今度は絶対油断しねぇ。心も体も全部残らずへし折ってやる」
鷹岡はフランにおちょくられた時よりも怒っていた。
「確かに、次やったら絶対に僕が負けます。でも、はっきりしたのは鷹岡先生……僕等の"担任"は殺せんせーで、僕らの"教官"は烏間先生です。これは絶対に譲れません。父親を押しつける鷹岡先生より、プロに徹する烏間先生の方が僕はあったかく感じます。本気で僕等を強くしようとしてくれたのは感謝してます。でもごめんなさい、出て行ってください」
それは拒絶だった。言ったのは渚君だが、他の生徒も烏間先生を選んだのだ。
しかし、それで終わればいいのに、空気を読まないのがフランだった。
「えー、もう一回やってもいいじゃないですかー。まぁさっきの勝負はもう渚君の勝利で確定なので鷹岡せんせーが出て行くのは決定ですけどー、生徒に負けたままなんて鷹岡せんせーが可哀想ですよー」
「ちょ、フランくん何言ってんの!?」
「そうだよフラン何考えてんの!?」
まさかの発言にE組メンバーが詰め寄る。
「だってー、大人が子供に負けたままなんて悲惨すぎて見てられませーん。ほら、ミーって優しいじゃないですかー。再戦のチャンスくらいあげましょうよー」
「フランは優しいとは言えないかな!」
「というか渚はハッキリ断ったじゃない!」
「そうだよフラン君!僕次は無理だよ!!」
「ではー、次はミーが相手しましょーかー?さっき途中で止められたんでモヤモヤするんですよねー」
フランがこんな事を言い出した理由がこれだった。さっき完全におちょくる前に烏間先生に止められたので、不完全燃焼だったのだ。
なんとも自分勝手である。
「どうですー?鷹岡せんせーミーとやりますかー?」
「待ってくれフラン君!もう勝負はついたのだからこれ以上は相手をする必要がない!」
「いいじゃないですか烏間先生。私、フラン君の実力にちょっと興味あるんです。危なくなったらわたしが止めますよ」
「タコせんせーが認めるならいいですよねー?」
「わかった。だが、怪我する前に絶対止めに入るからな」
「りょーかいですー。後は鷹岡せんせーの意思だけですよー?」
殺せんせーが勝負するのを認めたので、とんとん拍子に話は進んだ。
「やってやる!殺ってやる!今度は絶対に油断しない!!だから俺もナイフを持つぞ!!お前も同じだ!!心も体もへし折ってやる!!」
「わかりましたー、どちらかが折られるまでやりましょー。あ、ミーは対タコせんせー用のナイフでいいですよー。生徒に負けるようなせんせーですからねー、ハンデですー」
「舐めやがって!!後悔しても知らないからな!!」
「はい、じゃあ始めましょー。勝負スタートですー」
「うぉぉぉぉぉおおおおお!!!」
フランの声かけと共に、鷹岡は走り出した。そしてフランを殴る。殴る。殴る。グッタリとしたフランを見た鷹岡は笑い出した。
「はは、はははは!はははははははははははは!!!」
そんな時、後ろから声がした。
「そんなに笑って何が楽しいんですかー?もしかして、ミーに勝つ夢でも見たんですかー?」
鷹岡は振り向いた。そして驚く。
「は?……なぜだ!!?なぜまだ無傷なんだ!?!?」
「やっぱり夢見てたんですねー。ミーは貴方の攻撃を全部避けてましたよー」
「俺は確かに!!ふざけるな!!」
「そんなことよりもー、油断しちゃダメですよー。ほら、気づいたらナイフが刺さってるかもしれませんよー?」
そう言われた鷹岡は恐る恐る自分を見た。そこにはナイフが刺さっていた。フランが持っていたのは人には無害な筈の殺せんせー用ナイフなのに、刺さっていた。血がドクドクと流れ出ている。
「あ、あぁ!!ななな、なんで!?!?」
鷹岡は後ろに数歩下がり、そのまま力なくへたり込んだ。
「そんなに叫んでると死んじゃいますよー?」
「いやだ!いやだ!!辞めてくれ!負けを認める!!認めるから助けてくれ!!」
「えー、もうですかー?仕方ないですねー」
パチン
フランが目の前でそう手を叩くと、刺さってた筈のナイフも、流れ出ていた筈の血も、全て消えていた。
「はい、ミーの勝ちですねー。せっかくチャンスをあげたのに勿体無いですー」
「ぁ、ぁ……あ?生きてる!!俺は生きてる!!」
鷹岡は何をされたのかわからなかった。自分が勝った筈なのに相手はまだ無傷なで、気づいたら何故かナイフが自分に刺さっていて、気づいたら全部なかったことにされていた。鷹岡から見ても異常なことだったが、まわりから見ても異常な光景だった。
鷹岡がフランに殴りかかって、フランが避ける。それを数回繰り返したら、何故か鷹岡はフランそっちのけで笑い出した。フランが近づいて何かを言うと、何故無傷なんだと言い出す。フランの言ってた通り、まるでフランに勝つ夢を見たような反応をしていた。そしてフランがナイフを軽く押し当てたと思えば、あり得ないほど驚き、へたり込む。挙げ句の果てには、異常なほどフランを恐れ、負けを認め、助けを求めた。そしてフランが手を叩いたら、俺は生きてると喜んでいたのだ。
これには、殺せんせーや烏間先生を含め、見ていた全員が驚きだ。なんせこんな結果になるなんて誰も予想していなかった。
「一体なにが起こったんだ……」
「ふ、フランくん?」
「はい、なんでしょー?」
「フランくんは何をしたの?」
「さぁ何をしたんでしょーねー?秘密ですー」
何をしたかといえば、普通に鷹岡に幻術を使っただけなのだが、フランにはそれを言うことはしなかった。ただ単にめんどくさいと言うのもあったし、フランはとっては軽くだが、流石に幻術使った戦闘を見せたのはマズイと思ったからだ。でもそれは掟うんぬんとか、任務うんぬんより
(バレたら
という気持ちがあったからだ。
「そ、そっか」
「フランくん、す、すごかったよ!」
転校初日から何故か林檎を被っていて、頭はいいのに何故か常識がかけていて、平気でサボるし、イタズラもするけど、E組メンバーは確かにフランを受け入れていた。不思議なキャラで、気まぐれだし、毒舌だけど、それでもE組メンバーはフランを受け入れていた。
けど今、E組メンバーの中にフランに対する恐怖が生まれていた。
誰も何も話せない。そんな空気の中登場したのが
「おや、何やら妙な空気になってますね」
「理事長……!?」
急いできたのにも関わらず、平然とした姿で現れたのは理事長だった。
「……ご用件は?」
急に登場した理事長に全員が驚く中、殺せんせーが聞いた。
「経営者として様子を見に来てみました。新任の先生の手腕に興味があったのでね。でもね鷹岡先生。あなたの授業はつまらなかった。教育に恐怖は必要です。一流の教育者は恐怖を巧みに使いこなす。が、暴力でしか恐怖を与える事ができないのなら……その教師は三流以下だ。自分より強い暴力に負けた時点で、それの授業は説得力を完全に失う」
そう言いながら、理事長はサラサラと紙に何かを書く。そしてその紙を座り込んでいた鷹岡の口に突っ込んだ。
「解雇通知です。以後、あなたはここで教える事は出来ない。椚ヶ丘中の教師の任命権は、防衛省には無い。全て私の支配下だという事をお忘れなく」
そう言って理事長は去って言った。
渚くんに負け、フランにも負け、挙げ句の果てに理事長には解雇される。それが決定打となり、完全に鷹岡の心は折れた。
「ぁ、ぁあ!あぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
鷹岡は叫びながら走って逃げていく。それを追いかけるものは居ない。
「鷹岡クビ……」
「ってことは今まで通り烏間先生が……ね
「「「「「よっしゃあ!!!」」」」」
鷹岡が居なくなり、烏間先生が元どおり体育を担当するという事実に、生徒全員が喜んだ。
「理事長もたまにはいい事するじゃんよ」
「う、うん。あっちの方がよっぽど怖いけどね」
理事長が急に現れたことによる驚きと、授業が烏間先生に戻るという喜びで、フランへの恐怖がとりあえず誤魔化された。
フランが理事長にメールを送ったことにより、理事長が動いていろいろと誤魔化されたのだから、流石というべきか、運が良かったというべきか………
まぁとりあえず、フランの潜入任務はまだまだ続く。