ご褒美

時は少し流れ、ついに椚ヶ丘中学校特別夏期講習の日がやってきた。


「「「「「島だー!!!!!」」」」」


船の上に生徒達の声が響く。

飛行機や船を乗り継いで、東京から6時間。E組メンバーはようやく特別夏期講習をする沖縄の離島、普久間島に着いた。

ホテルに荷物を置いたら、それぞれ殺せんせーを暗殺する準備をしながら、自由行動だ。

遊んでると見せかけて、それぞれ事前に任されたことをやる。もちろん殺せんせーにバレないように遊びも楽しむ。

ちなみにフランはどうせ協力しないと思われているので、担当は殺せんせーの秘密は何かという情報提供のみだ。

E組メンバーにはもうだいたいフランの性格は把握されている。だからこそ情報提供してくれただけでもみんなありがたいと思っている。

そんなフランはやはりみんなの予想通り暗殺の手伝いをする気など一切なく、だからといって誰かと一緒に遊ぶでもなく、珍しい事に誰にもイタズラを仕掛けないで幻術で出した浮き輪の上に乗り、プカプカと海を浮遊していた。

プカプカと、プカプカと、波に揺られて、気づいた時にはかなり沖の方まで来ていた。

これでは自力で浜に戻るのはかなりキツイであろう。

フランはどこからともなく出したスマホで、何処かに電話をかけ始めた。

一方その頃、浜で遊びという名の準備をしていたE組メンバー達は、ちょっと困った事態に遭遇していた。

小屋の支柱を切る時間が思ったよりないのだ。

このままでは殺せんせーが来てしまう。

1班がなんとか粘ってくれているが、本当にギリギリだ。

今はもうハンググライダーから降りてしまっている。

そんな時、誰かの携帯がなった。


「あっ、俺のだ」

「誰からだ?」

「知らない番号だな」

「とりあえず出てみれば?」

「そうだな」


携帯の持ち主である、前原くんは、受話器のマークを押した。


「もしもし?」

《あ、その声は前原くんですねー》

「フランか!?」

「フランくんって携帯持ってたんだ」

《その感じだと一班全員集まってますー?》

「そーだけど、急に電話してどうしたんだ?」

《気づいたら沖の方にいたんでー、タコせんせーに助けてもらおーかと思いましてー。あ、タコせんせーって近くにいますー?》

「居るけど、なんで」

《じゃあ伝えといて下さーい》


なんで殺せんせーに電話をかけなかったんだという疑問の声が上がる途中でフランは一方的に電話を切った。

相変わらずフランは人の話をちゃんと聞かない。

とりあえず電話を一方的に切られた前原くんは一班にフランの事を話して、全員で殺せんせーにフランの元へ行ってもらい、時間稼ぎする事に決めた。

全くの偶然だが、ナイスアシストである。

そんなこんなでフランは無事殺せんせーによって助け出された。

ちなみにフランが直接殺せんせーに電話をかけなかったのは単に電話帳から適当にボタンを押したからである。

その後は特に何事も問題なく暗殺計画が進んだ。

フランは午後になったら他のE組メンバーと混ざり、それなりに楽しく遊んでいた。

そして夜。船上レストランで夕食の時間だ。

殺せんせーは普久間島を充分満喫していたようで、どちらが顔かわからないくらい真っ黒に日焼けしている。

そんな殺せんせーな黒いわっというツッコミにより自ら月一回しか使えない奥の手をあっさりと使ってしまった。

相変わらずドジである。

それから、夕飯を食べた後、殺せんせーは小屋へ連れてこられた。

楽しい楽しい暗殺の始まりだ。

流れはわりと単純で、動画を見てもらい、足を落とし、水と対殺せんせー用の玉で弾幕を作り、速水さんと千葉君が狙い撃つ。

けれど、そこには小屋の柱を短くしていたり、狙撃手2人の匂いが染み込んだ服を別の場所に置いていたりと、中学生が考えたと思えない緻密さが隠れている。

生徒全員の、今までで1番全力な暗殺。

今まで殺せんせーを殺そうとしてきた中で、一番殺せる可能性はあっただろう。

普久間島を満喫し、船で酔い、疲れていた殺せんせーに恥ずかしい動画で追い討ちをかけた。フランもその小屋にいて、動画を見て殺せんせーを煽っていた。

そう指示を出された訳じゃないが、人をバカにするのが好きなフランだ。出来る状態ならやる。

そうして更に殺せんせーの体力を削って、事前に柱を切っていたお陰で海水が小屋の中に流れ込んで殺せんせーの動きを鈍らせて、テストの報酬であった足をそれぞれ撃った。

殺せんせーの意識は狙撃手のダミーの場所へ向いている。

そこで小屋の壁を壊して、水の檻で囲った。更にその中を今度は弾の弾幕を張って、水中に潜んでいた速水さんと千葉君が撃った。

その瞬間、殺せんせーは光に包まれた。


「や……殺ったのか!?」


クラスのほぼ全員がそう思った。

殺せんせーが爆発して、後には何も無い。


(それ、フラグってやつですよー)


けれどフラン1人だけが内心でそうツッコミを入れていた。

確かにやったか!?は完全にフラグである。

事実、完全防御形態という謎の奥の手を残していた殺せんせーは殺せなかった。

透明な何かにオレンジの顔が入った状態だ。

本人は24時間水も対先生物質もあらゆる攻撃が効かないと説明している。どうやら核爆弾でも殺せないらしい。

そして殺せないとわかってからカルマ君とフランは流れるように殺せんせーに嫌がらせを仕掛けた。


「そっかー、弱点ないんじゃ打つ手ないね」

「そうですねー。仕方がないですねー。タコせんせー動けないんじゃ暇ですよねー?これ、暇つぶし動画ですー」


そうして差し出したのは先ほどの動画だ。


「にゅにゃーーーッ!!やめてーーッ手が無いから顔も覆えないんです!!」

「お、いいじゃん。じゃあとりあえず至近距離で固定しよ」

「全く聞いていない!!」

「生徒からの心遣いに文句は良くないですよー」

「そうそう。寂しいだろうからそこで拾ったウミウシと一緒に過ごしなよ」

「ふんにゅああああッ」

「わー、カルマ君は優しいですねー。ミーもタコせんせーが寂しく無いように日本人形とかもってきましょー」

「助けてーーーッ!!」


物理的に何も効かなくなったとしても、自分で動けないなら精神的にはやり放題ということである。

精神攻撃は2人の得意分野だった。

そんなある意味不憫な状況から殺せんせーを救ったのは烏間先生だ。


「……とりあえず解散だ、皆。上層部とこいつの処分法を検討する」

「ヌルフフ、対先生物質のプールの中にでも封じ込めますか?無駄ですよ。その場合はエネルギーの一部を爆散させて、さっきのように爆風で周囲を吹き飛ばしてしまいますから」

(ならそのプールに生徒の誰かが一緒に入ってればタコせんせーは周囲を吹き飛ばせませんよねー?)


そう思っていても暗殺を手伝う気がないフランは口には出さない。


「ですが皆さんは誇っていい。世界中の軍隊でも先生をここまで追い込めなかった。ひとえに皆さんの計画の素晴らしさです」


殺せんせーは生徒達を褒めたが、それを喜ぶ生徒は居なかった。

それから、E組メンバーはホテルへと戻った。

みんなぐったりとしていて、疲れている。

いや、疲れてるどころじゃない。クラスの約半数が高熱で倒れている。

明らかに異常だった。

もちろんと言っていいのかはわからないが、フランはピンピンしている。

ただフランは、倒れたクラスメイト達を見て、毒でもくらったんですかねー、なんて呑気に考えていた。

そんな阿鼻叫喚となった状況で、烏間先生に一歩の電話がかかって来た。

まとめると、オリジナルのウイルスをバラまいた。治療薬が欲しければ1時間以内に背が低い男とリンゴ頭に殺せんせーを普久間殿上ホテルの最上階に持って来させろ、という事らしい。

やけに具体的な注文だ。

国家権力を使おうとしても普久間殿上ホテルは政府のお偉いさんとマフィアか悪いパーティーを開いている場所だ。こちらの味方はしない。

結局E組メンバーは動ける生徒たちに全員で崖を登ってすぐの通用口から侵入する事にした。


「えー、ミーはこんな崖登りませんよー」


崖に登るのは楽勝と登った14人。しかしフランは下に残った。

ただ単にめんどくさかったからである。

木の上をぴょんぴょん飛んで移動できる暗殺部隊の1人であるのに、フランはやらないで済むならやらない。


「フラン……流石に空気読もーぜ」

「あーでも確かにフラン君が体育の時間参加してるの見たことないかも」

「つーかアレじゃね、他の訓練にも参加してるの見たことないんだけど」

「そーいうことなんでー、ミーは正面から行きますねー。ビッチせんせーと」

「急になにを言いだすんだ」

「そうよ!なんで私まで!」


崖が登れないなら残るのかと思いきや、突然正面から行くと言い出したフランにその場にいる全員が驚いた。

確かにフランがこうも積極的になるのは珍しい。だがしかし実際は残って生徒の看病をするのが嫌で、だからといって崖を登るのもめんどくさかったからフロントから行こうと考えただけである。

別にクラスの為を思って、とかではない。


「どうせビッチせんせーは崖登れないじゃないですかー。それにー、チビとリンゴ頭を要求されたんですよねー?なら片方でもフロントに姿を見せておくべきじゃないですかー?」


もっともらしい事を言って、フランは説得を続けた。


「確かにちゃんと指示に従ってると思わせてた方が相手を油断させられますねぇ」

「おい!」

「それにビッチ先生がついているなら大丈夫でしょう。本人が登れないと言うのなら仕方のない事です。流石に烏間先生もビッチ先生とフラン君を抱えては登れないでしょう?」

「確かにそうだが……」

「では決まりです!フラン君とビッチ先生はフロントから、我々は崖から行きましょう!」

「ちょっと私の意思は!?」

「さぁ時間は無いですよ?」

「注目!!目標山頂ホテル最上階!!隠密潜入から奇襲への連続ミッション!!ハンドサインや連携については訓練のものをそのまま使う!!いつもと違うのは標的のみ!!3分でマップを叩き込め!!19時55分作戦開始!!」


そう掛け声をかける烏間先生の後ろで、ビッチ先生が勝手に決めないでよ!とぷんぷん怒っていた。

ビッチ先生はフランの事が苦手なので、みんなと一緒に行きたかったのだろう。

けれどいつまでも喚いているわけにはいかない。

フランとビッチ先生はフロントへ続く道へ、他の人は崖へ足を進めた。

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