ケイドロ

夏期講習が終わってから、E組メンバーは残りの夏休みを想い想いに過ごしていた。

だからといってフランは誰かと遊ぶと言うことはなく、夏休みで授業がないなら余裕あるだろうということで、結構日本各地の暗殺の任務を任されていた。そのせいで、E組ほぼ全員が参加した夏祭りには行っていない。本人は気にしていないが。

なんだかんだ言いながらも、ちゃんとフランは仕事をする方なのである。

そうして仕事で忙しい夏休みを過ごして、9月になった。

新学期が始まってすぐ、竹林君が一度A組に行ったり、みんなで巨大なプリンを作ったりしたが、フラン的には特に何もしていない。

竹林君の方は、彼が何を思ってA組に入ったのかなんて本当にどうでよく、殺せんせーに説得されて、またE組に戻ってきたのも、フランにとってどーでもいいことだったから。

一応、殺せんせーと生徒達が、A組に入った竹林君の様子を見るために、後をつけるのは一応参加したが、それも竹林君を見るためではなく、E組の方を見るため。

なお、竹林君が理事長の大切な盾を全校生徒の前でぶっ壊したのに対しては爆笑していた。

そしてプリンの方はというと、フランにとって、巨大プリンはなんの珍しいものでもなかったのだ。

何しろフランは幻術が使える。巨大プリンなんて秒で出せるのだ。しかもその類の幻術は小さい頃に散々使っていた。リアルのものだって、作ろうと思えばいくらでも作れる組織に所属しているし、実際にルッスーリアが巨大プリンならぬ巨大ゼリーなら作っていたこともある。

しれっと作ったプリンを食べていたが、それだけだった。

他に変わったことといえば、火薬を扱う授業が増え、体育ではフリーランニングをするようになったくらいだろうか。

フランはどちらもとっくの昔に習得済みなので、いつも通りに授業はサボっていた。

特にフリーランニングなんてヴァリアーでは常識中の常識だ。どんな下っ端でも出来ない奴なんていない。

そんな感じにフランは相変わらずクラスに馴染んでいるようで全然馴染んでいない生活が続いていた。

しかし、ある日のこと。


「最近皆さんフリーランニングをやってますね。せっかくだからそれを使った遊びをやってみませんか?」


殺せんせーが遊びを提案した。もちろん、ただの遊びではなく、訓練も兼ねている。

けれど遊びは遊び。フランが好きなことだ。正確には誰かと遊ぶのが好きなのではなく、誰かで遊ぶのが好きなのだが、それでもフランは遊びという言葉につられて珍しく話を聞いていた。


「遊びィ?ケッ……どーせロクな「それはケイドロ!!裏山を全て使った3D鬼ごっこ!!」

「ケイ……ドロ……??」

「皆さんには泥棒役になってもらい、身につけた技術を使って裏山を逃げて潜んで下さい。追いかける警官役は先生自身と烏間先生。1時間目内に皆さん全員を逮捕タッチできなかった場合、先生が烏間先生のサイフで全員分のケーキを買ってきます」

「おい!!」


寺坂くんの悪態をスルーして、食い気味に説明した殺せんせーの話をまとめると、生徒VS先生のケイドロをしようということらしい。

生徒達がフリーランニングしているのを見て、自分も混ざりたくなったのだろう。しかし、マッハ20で動ける殺せんせーにケイドロで生徒達が勝てるわけがない。


「そのかわり、全員捕まったら宿題2倍!!」

「わー、おもしろそーですねー」


楽しそうに聞いているフランは置いといて、他のE組メンバーからはブーイングが流れた。


「ちょっと待ってよ!!」

「殺せんせーから1時間も逃げきれるかよ!!」

「ブー!!ブー!!」


けど、殺せんせーもそこらへんはちゃんと考えている。


「その点はご安心を。最初に追うのは烏間先生のみ。先生は校庭の牢屋スペースで待機し、ラスト1分で動き出します」

「なるほど。それならなんとかなるか……」

「よっし、やってみるか皆!」


ということで、フランを含めた生徒達(+ビッチ先生)VS先生コンビのケイドロをやることになった。

これを体育に含めるなら、フランは初めて自主的に体育の授業に参加したことになる。しかもちゃんとした体操着で。

実は、その日はたまたま、制服飽きたから体操着にしようということで、朝から体操着を着て学校に来ていたのだ。本当にレアだ。

そして始まったケイドロは、早くも生徒側が追い詰められていた。


「いやいや岡島よ〜、タッチされるまで気づかないとか、バトル漫画じゃねーんだから」

『とにかく気をつけろ!!もしかしたらもうおまえの後ろに……』


電話をしていた菅谷くんの後ろに、突如烏間先生は現れた。


「ぎゃあああああ―――っ!!」

『菅谷?菅谷ァ!!』


そう、生徒達が警戒していたのは殺せんせーだけであったが、烏間先生も一般人からすると充分人外なのだ。

元自衛隊の第1空挺団で、地球の存亡をかけたE組生徒達の教育を任されるような人が、普通な訳がない。

生徒達は次々と捕まっていった。 

フランを除いて。

いくら烏間先生が人類最強と囁かれていようと、それは表の社会の話。グレーを通り越して真っ黒な社会に身を置き、暗殺者をやっているフランには敵わない。

本気を出せば見つけることすらできないのだろうが、フランは捕まる気が全くしなかったので、隠れる気が全くなかった。堂々と岩の上に座り、ぼーっとしている。

そして遊びが始まってから数十分。


「わっ、警察だ!」


ついにフランは烏間先生に見つかり、追いかけられることになった。


「顔怖いですー。来ないでくださいー」


なんてことを言いつつ、器用に山の中を駆け抜ける。時には木の上を走ったり、低い場所にある枝を潜ったりと、かなり余裕だ。

本来なら簡単に烏間先生を撒けるのだが、フランは烏間先生で遊びたかったので、いい感じの距離を保ちつつ、おちょくるように声を出していた。


「ここにいたいけな少年を鬼のような形相で追いかけてくる変態がいますー!」

「何を言っているんだ」

「無自覚のショタコンとは恐ろしいですねー。捕まったらどんなことされるんでしょー」

「っ、珍しく参加したと思ったらこれか!」

「あれあれ、もしかして怒ってますー?」


1日で解任されたどっかの元同僚よりも、当然烏間先生は沸点が高い。だからフランの煽りにもすぐに激昂しないが、それでもイラつくものはイラつく。普段より顔が硬っていた。


「……いや、捕まえればいいだけの話だ」


いろいろ言いたいことはあった。それでも烏間先生は言葉をのみこんで、フランの発言は無視し、捕まえることに集中することにした。大人だ。

これがベル相手ならナイフが何本も飛んできてもおかしくない。


「今スピード上がりませんでしたー?大人気ないですよー」


"本気"から"全力"になった烏間先生だが、それでもフランは余裕だ。烏間先生が追いかけるスピードを上げると同時に、フランもスピードを上げる。

そしてうっかり、というか相手が一般人ということを忘れて、15mはあるであろう垂直の崖を手を使わず、脚力だけで登ってしまった。もうフリーランニングの域を超えている。


「なっ!」


それには思わず烏間先生も驚いた声を上げる。

やけにフリーランニングをし慣れているとは思っていたが、もともとフランには何かあると思っていたので、そこまで重く考えていなかった。けれど、ここまでとは……というか、夏季講習で崖は登れないと言っていなかったか?

流石の烏間先生も、垂直の崖を道具も手も使わず降りる事はできても、登ることはできない。木や他のルートを使ってその場所に行くことはできるが、15mの崖を正面からは無理だ。

結果、意図せずフランは烏間先生を撒いたことになった。


(あれ?おかしいですねー。もう追いかけてきてないですー)


おかしいのはお前だと全力で言いたい。


(烏間せんせーの反応は面白くなかったですし、走るの飽きたからいいんですけどー……思ったよりつまらないですねー)


そしてフランはこの遊びが面倒になって、適当な場所で休むことにした。また追いかけられるのも嫌だったから、今度は幻術を使って姿を隠している。

それは最後まで続き、他の生徒達が烏間先生から必死に逃げ、時には殺せんせーを買収して牢屋から仲間を逃し、作戦をたてている中、フランはただ木の上でぼーっと空を見上げながらしばらく時間を過ごすのであった。

肝心の結果はというと、生徒の数人がおとりをし、数人がプールの中に入ることにとって、逃亡成功。フランが幻術で隠れている限り泥棒側の勝利は決まっているようなものというのは置いといて、しっかりとE組は自分たちの力で先生2人に勝ったのであった。


「タイムアップ!!全員逮捕ならず、泥棒側の勝ち!!」

「「「「やったー!ケーキだー!!!!」」」」


フランを除いた全員で勝利を喜んでいる。

なぜフランは除いているのかというと、単純にこの場にいないのだ。

生徒たちのほとんど全員警察側に捕まって戻ってきており、プールに隠れていた、、、も一緒に戻ってきている。

作戦に参加していなかったフランだけが裏山の奥に隠れていて、殺せんせーにも捕まらなかったため、まだこの場にいないのだ。

そしてフランは普段の授業をサボっているので、この場にいなくてもなんとも思われず、はっきり言うと存在を忘れられていた。


「……あれ、そういえばフランいなくね?」

「あー……確かに」


そんなフランの不在に気づいたのは菅谷くんだった。


「フランのことだから、途中で教室に戻ってそうだよなぁ」

「殺せんせーはフランを見なかった?」

「そういえば先生、フランくんを見つけてなかったです」


何処にいるかわかんないなら、とりあえずフランをこの場に呼び出そう。そう話がまとまった時。


「皆さん、酷いですねー。ミーは必死に隠れてたんですけどー」


ちょうどフランが戻ってきた。時間になったからぼーっとするのを切り上げてのんびり歩いて来たようだ。

E組の生徒達的にはもう、フランが何をやらかしていても驚かないので、別に見つからなかったことに対しても驚かない。

しかし、2人は違う。

林檎の被り物をしている目立つ生徒を見つけられなかった殺せんせーと、全力で追いかけても逃げられた烏間先生だ。


「フラン君。君は一体あの動きをどこで覚えたんだ?」

「あれ、フランってずっと隠れてたんじゃねーのか」

「いや、一度俺から逃げている」

「まじかよすっげー!」

「なんかフランなら驚かねーわ」

「嘘でしょ、どうやって烏間先生から……??」

「ミー、遊びには全力になるタイプなんですー」

((((あ、うん。そうだろうね))))


堂々とそう言い切られたので、もう追求できなくなったE組だった。


「せんせーもフラン君の事を見つけられなかったんですけど……」

「殺せんせーはずっとプールの前に居たじゃん」

「というか生徒って捕まえてたの?」

「殺せんせーからは俺でも逃げられる気がするわ」


そしてこの差である。

先程良い教育者コンビというのを見せつけたのかと思いきや、なんだかんだ牢屋で生徒を逃していた殺せんせーだけちょっと信頼度が下がっていたのだ。

こうしてケイドロでフランは、烏間先生から逃げたことには凄いと思われたが、殺せんせーに見つからなかったことは特になんとも思われずに終わった。

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