XX

警察が容疑者3人から話を聞いている間、花宮と古橋は現場から誰にも会話が聞かれない程度の距離を移動して、話していた。

花宮が被害者の息子ということで、距離をとったことは特に咎められることもなく、その場にいた全員は2人をそっとしていた。

これは、犯人が捕まるまでの、古橋と花宮の裏話。






「早く警察帰ってくんねぇかな」


悲しそうな表情はそのままに、花宮は恐ろしく冷たい声でそう言った。そして古橋は相変わらず無表情のまま答える。


「……容疑者達が集められていることを考えると、事件が解決するまで帰らないんじゃないか?」

「だろうな。犯人なんてわかりきってるのに。無能警察が」

「もう犯人がわかったのか。流石だな。それを警察に言えば早く終わるんじゃないか?」

「いくら頭の良い小学2年生でも犯人がわかるのは常識の範疇を超えている。それくらいわかれよ」

「あぁ、そういえば今小学2年生なのか……俺にとって花宮はどんな姿をしていても花宮だから忘れていた。すまない」

「名前、気をつけろ。俺はもう花宮じゃない」


そう言われても、古橋にとって花宮は花宮なのだ。見た目は小さくなったし可愛くなったけれど、絶対的な存在なのは変わらない。性格もそのままだ。

古橋は波人くんと呼ぼうと決めたはいいものの、どうしても花宮という言葉に馴染みすぎて、今の名前がすんなり出てこなかった。

だけど、花宮の言うことは絶対。次からは気をつけようと頭の中で波人くんと言う言葉を繰り返しながら、頷いた。


「……そうだったな」

「うっかり誰かに聞かれたら、言い訳すんの面倒いからな。ハル兄」

「ハル兄??」


花宮の口から出た言葉があまりにも衝撃的すぎて、古橋は思わず聞き返した。

確かに古橋の今の名前は春越風二郎。優等生を演じている今の花宮は年上の人の名前を呼び捨てにはしないだろう。なら、普通に春越さんでも風二郎さんでもいいのに、花宮はハル兄と呼んだ。

ハル"にぃ"とか可愛すぎじゃないだろうか。今ここが公共の場じゃなかったら、古橋は今頃花宮に向かってカメラを連写し、ハル兄と呼んでいる声を録音していただろう。

というか、今すぐにでもやりたい。そんな事を古橋が考えているなんて知らずに、花宮は純粋に聞き返した。


「何か問題か?」

「いや、大丈夫だ問題ない」


古橋が萌え死にしそうという意味では問題だらけである。が、古橋は自分の名前なんて花宮が呼びたいように呼べばいいと思ってる。


「じゃあハル兄、警察に犯人が誰か教えてこい」

「すまない波人くん。俺は犯人が誰か知らない」

「は?この程度お前でもわかるだろ??…………あぁ、家に入れさせてないんだったな。犯人は加藤愛だ。まず服装が数年ぶりに会う親友に会う格好じゃない。あんな地味な服着ないだろう、普通。返り血を浴びたから着替えたんだろうな。それに、争った形跡は遺体の服装が乱れてたくらいだから、わざと犯人が服装を乱したということ。つまり、刺された時はもう被害者の意識はなかった。どんな素人でも意識のない人間なら一回か二回で致命傷を与えられるが、今回刺されていた回数は10回。致命傷にならないようち10回も刺せるなんて逆に素人には無理だ。出来るのは医療関係者くらいだろう。つまり、看護師と言っていた加藤愛が犯人。というか明らかに加藤愛は警察を警戒している」

「なるほど」


花宮は明らかにと言ったが、加藤愛が警察を警戒しているようには見えない。観察眼が優れている人でも、言われてみれば、くらいの違いだろう。強いて言うなら、花宮に妖怪やらサトリやら言われている今吉なら余裕でわかるかもしれないが、普通の人にとっては全然明らかでもなんでもない。


「謎に警察が容疑者をここに呼んだから、まだ証拠は家に残ってるだろうよ。それ含め加藤愛が犯人だと警察に言ってこい。ほら、あっちもハル兄に用があるみたいだ」

「わかった」


ちょうど花宮が話し終えた時、高木刑事が花宮達の方へ向かって歩いてきた。

そしてそのタイミングで、高木刑事は古橋に話しかける。


「春越くん、ちょっといいかな?」

「はい」

「できれば、波人くんが居ないところで話したいんだけど……」

「ハル兄、行ってきていいよ。僕、待ってるから」

「わかった」

「ごめんね、波人くん」

「大丈夫です!」


明らかにそれは空元気なのに、自分は何も出来ず、挙げ句の果てに波人くんが懐いているであろう春越くんを連れて行かなくちゃいけないなんて……と、高木刑事は罪悪感でいっぱいだろう。

だけど高木刑事はその空元気の様子が演技だなんて知らない。世の中知らない方がいいこともある。

まぁ、何はともあれ、花宮と古橋は引き離され、古橋は花宮との関係を警察に聞かれることになった。





花宮が犯人で遊んでいる間、古橋は警察から事情聴取を受けていた。


「まずは波人くんとの関係を聞いていいかな?」

「俺の大切な人です」

「……えーと、どこで出会ったのかな?」

「公園です」

「なるほど……波人くんのお母さんと会ったことは?」

「ありません」

「確か、通報したのは春越くんだったよね。家に入ったことないってさっき言ってたけど、普通お母さんが倒れていると言われたら確認しに行くと思うんだけど、どうして入らなかったんだい?」

「波人くんは大切な存在ですが、彼の母親はどうでもいいので。泣いていた波人くんを放っておいて、わざわざどうでもいい存在の生死を確認する方がおかしいのでは?」


いや、どうでもいい存在とはいえ人が倒れていると聞いたら確認しにいくのが普通だ。

花宮は、もう少し古橋にちゃんと指示を出した方がよかった。きっと古橋に会ったのが久しぶりすぎて彼の扱い方を忘れていたのだろう。

古橋は"人が倒れているのを聞いたのに、中に入らなかった理由は俺が離さなかったから"という花宮の設定を忠実に守りつつ、人としておかしな事を言っていた。実際花宮を第一とする考えを持っている古橋にとっては他人なんてどうでもよく、質問の返答に嘘を1つも言っていないのだが、これでは優等生を演じている花宮に少し影響が出るかもしれない。

具体的には小学2年生が人間として何か欠落している高校生に懐かれている、と思われる。それは異常な事だ。

そしてその返答を聞いた高木刑事も引いていた。


「そ、そうかな?」

「えぇ。こんなくだらない質問するくらいならさっさと犯人を捕まえてくれませんか?」

「くだらない……」


そんな高木刑事を気に留めず、質問をくだらないと切り捨て、古橋は花宮から言い渡された事を実行しようとした。

つまり、犯人を捕まえてもらおうとした。


「犯人は加藤愛ですよ」

「えっ、何故犯人が加藤さんだと?」


古橋はあまりにも直球に犯人を伝えるので、それに驚く高木刑事だったが、ちょうどその時現場に声が響いた。


「ちょっと待って!波人くん!」


そう、たった今古橋が犯人だと告げた加藤愛の声だ。


「波人くんと犯人が一緒にいますね。波人くんが危ないからさっさと捕まえてくれませんか」

「そう言われても、証拠がないと……それに、なんで春越くんは加藤さんが犯人だと思うんだい?」

「波人くんから聞いた話なのですが……」


そこから古橋では知り得ない情報は全部波人くんから聞いたことにしたり、ぼかして言ったりして、古橋は花宮の推理をそのまま話した。真顔で淡々とするその説明は加藤愛が犯人であるという説得力があり、捕まえるのにも家を捜索するのにも十分なものだった。

そうして花宮が加藤愛と話し終わるのと同時に古橋の話も終わり、


「加藤さん、ちょっといいですか?」


高木刑事が加藤愛に話しかけるに至ったのだ。





さて、花宮の推理を聞いた者がもう1人いる。

現場に響いた加藤愛の声を聞いて近くに来たコナンくんだ。

彼は花宮の推理を隠れながら聞いていた。そして困惑していた。


(今の波人はどっちなんだ!?!?)


コナンくんは波人くんが二重人格だと推理していたのだ。普段のいつも優しく本が好きな波人くんと、最初に会った時や誘拐犯に見せた、暴言を吐き人を嘲笑いながら人を追い詰めていた波人くんの2人。

けれど今はいつもの表情、言葉遣いで犯人とされる人物を追い詰めている。

一瞬、いや、最後の最後までコナンくんはいつもの方かと思った。小学生にはあり得ないくらいの頭の良さだけど、普段から読んでる本は小学2年生が読む本ではなかったから、波人くんはただ頭が良いだけなのだと、そう信じていた。


「あぁ、ほら、刑事さん、こっちに来ましたね。お姉さんに何の用なんでしょう?」


けれどそのセリフを言った時、確かに波人くんは楽しそうに笑ったのだ。


(本当の波人がわからない)


コナンくんは密かに花宮に恐怖していた。

そしてコナンくんは本人に悟られるとこ無くもう一度波人くんを調べようと決意したのだった。