05

さて、元下僕達で遊んでいた花宮の学校生活はというと、どんなに気丈に振舞おうとも、同情的や哀れみの目で見られる事が多くなっていた。

花宮的には何の問題もないのだが、波人くんの母親が殺された事はすぐに学校中に広まった。誘拐事件に続いてのこれだ。そしてまた誘拐されたと噂になっている。だからといって直接何かを言われるということはなく、表面上はみんな普通過ごしていた。

それは花宮の演技がどうこうとかではなく、単純に学校の人達が事件というものに慣れているからだ。

誘拐されて事のある子は花宮の他にもいる。親を殺された事のある子は花宮の他にもいる。ましてや、親が犯人だったという子もいる。

事件に巻き込まれるという意味では少年探偵団もといコナンくんが1番なのだが、自分が誘拐されて、自分の親が殺された子は波人くんが初めてなので、ちょっと視線が変わってしまったのだ。

だけどそれだけで収まるなんて、さすが米花町。犯罪率が高い。

花宮と古橋は下僕との縁切りの合間に、そんな犯罪率の高い町、米花町にあるショッピングモールに来ていた。

今まではほとんど家にいなかったため、持っていなかった花宮の日用品を買いにいくのと、今までは演技をしていたため買えなかった、小学2年生が到底読むようなものじゃない好きな本を買いに行くためだ。もちろん費用は全部古橋もちである。

念のために言っておくが、別に花宮が払えと言ったわけではない。古橋が自ら進んで払わせてくれと言ってきたのだ。

前世では同学年で、みんなで遊んだ後罰ゲームで誰かが全員になにかを奢るということがあっても、一対一ではなかった。けれど古橋は密かに花宮に奢りたいとずっと考えていた。そのチャンスが今来たのだ。

今の年齢差は9歳差。高校生が払うのが当然だと押し切って、古橋はめでたく花宮の財布になった。

そんな密かに喜んでいる古橋は置いといて、花宮はさっさと買い物を終わらせようとサクサク進んだ。身体が子供じゃなかったら、歩くスピード的に完全に古橋の事を置いていってていただろう。

そして目的の雑貨屋さんの中に入ろうとした時、花宮の足は止まった。

それを不思議に思った古橋は花宮の方を見た。


「……??」

「帰ろう、今すぐ」

「何かあったのか?」

「あそこ。江戸川コナンがいる。あいつがいるなら絶対事件が起きるだろ。巻き込まれんのは面倒だ」

「わかった。買い物はまた別の日にしよう」


そう、花宮の視界にコナンくんが映ったのだ。もちろん彼だけじゃなく、少年探偵団と阿笠博士も一緒にいる。彼らの事件吸引率は凄まじい。しかも現在の場所がショッピングモールだ。

これは絶対に事件が起こる。そう確信した花宮は早々と帰ることにした。

仮に事件が起こらなくても、彼らに見つかったら最後、今何しているのかからこれから何をするのかまで詳しく聞かれ、挙句には一緒にどうかみたいに誘われるだろう。彼らがいる以上、花宮にとってここにいること自体がマイナスだ。

古橋にとってはせっかくの花宮の財布になるチャンスを失った訳だが、彼は花宮の事を第一に考えているため、花宮が帰るというのなら帰る。

そうして2人はここに来てから5分も経たないうちに、ショッピングモールから出ようとした。

…………が、どうやらもう遅かったようだ。

突然ショッピングモール内に警報が鳴り響き、煙も上がっていないのに防火シャッターが降りた。これだけならまだ外に出られるが、防火シャッターと同時に出入り口のシャッターも閉められていたようだ。つまり、このショッピングモールは外から隔離された事になる。


「今なら非常口から出られるだろうか」

「人為的じゃなきゃシャッターなんて降りないだろ。ここを隔離して何がしたいのかは知らねーけど、非常口や搬入口を見逃してたなんて考えられない」

「やっぱりそうか」

「それに……犯人は複数いるようだぜ?」


どこかに隠れていたのか、武装した男たちがわらわらと出てきた。そしてそのうちの一人が天井に向かってライフルを発砲した。


「「「「「キャァァァァァ!!!!!!」」」」


ショッピングモールの中に悲鳴が響き渡る。


「大人しくしろぉお!!!指示に従わなかった奴は片っ端から撃っていくからなぁあ!!!」

そして計ったかのようにタイミングよく放送が流れた。


ピンポンパンポーン

《えー、残念ながらこのショッピングモールは我々黒豹が占拠しました。この場にいる奴は全員一階の中央ホールに来てください。隠れている奴を見つけたら撃ち殺します。こちらにはライフルを持った奴がうようよいますので消して逆らおうとは思わないで下さい。もう一度繰り返す。お前らはさっさと中央ホールに来い!遅かった奴から殺していくからな》

ピンポンパンポーン


突然そんな事を言われて、すぐに動ける人はそうそういない。けれど男の一人がもう一度銃をぶっ放し、


「遅いやつは殺す!」


と叫んだので人々は我先にと中央ホールへと走り出した。


「嫌だ!」
「死にたくない!」
「待って、押さないで!子供がいるの!」
「どけよ!」
「最後にはなりたくない!」
「私が先よ!」


それは地獄のような光景だった。まだ誰も死んでないのに、死にたくないから自分を優先する。周りのことなんて一切考えない。

黒豹というらしい犯人グループはまだ、手を上げていないのに、人が一気に動いたため、怪我人が出ている。


「醜いな」


花宮がそうポツリと呟いた。


「そうだな」

「助け合いなんて精神は、自分の死が脅かされるとあっさりと無くなる。どれだけ仲良くしていようが結局は自分が一番だ」

「俺は花宮が一番だ」

「……お前はそうだったな」

「あぁ」

「はぁ……俺らもその中央ホールに行くか」

「わかった」


そして花宮達はゆっくりとホールへと向かうことにした。





現在の中央ホールの様子……の前にショッピングモールの構造について話そう。

このショッピングモールは上から見たら「口」の形をしていて、真ん中が吹き抜けになっている。建物は全部で4階と地下1階、屋上。地下は全て駐車場で屋上にはヒーローショーとかに使うステージがある。一階にも吹き抜けになっている部分にステージがあった。それを囲むように休憩スペースもある。つまり中央ホールとは、この部分のことを指している。ちなみにそれをさらに囲むように飲食店が並んでいる。そして2階はファション系やコスメ系、3階はおもちゃ屋、ゲームセンターなどがあり、4階に本屋や雑貨屋などがあった。

出入り口は東西南北の四方向。エスカレーターは中央ホールの南北に上がりと下りのが一つづつ。階段は「口」の角の部分だ。

つまり雑貨屋に入る寸前だった花宮達は4階から中央ホールへと押し寄せる人々の波を見ていた。

ゆっくり歩きながら、古橋は無表情ながらも嫌そうな顔して言った。


「あそこに行かないといけないのか……」

「今日は日曜だろ。ヒーローショーのイベントもやるって入り口に書いてあったし、いつもより客の人数は多いはずだ。この人数を中央ホールに集めるなんて馬鹿としか言いようがない」

「ショッピングモールを占拠しようとする考えがそもそも愚かだ」

「ふはっ確かにそうだな。ここは占拠するのには向いてない。なんでわざわざこのショッピングモールだったんだろうな」

「さぁ?」

「まぁ、コナンがなんとかしてくれるだろ。犯人はどうでもいい。絶対面倒なことになるからあいつらに見つからないようにするぞ」

「了解した」


そんな会話をしながらも中央ホールへと向かうが、ホールまであと一歩というところで人の流れが唐突に止まり、先に進めなくなっていた。やはり客が収まり切らなかったらしい。

人々は焦っていた。早く、ホールに行かなければいけないのに、先に進まない。前にいる人をなぎ倒して無理矢理進もうとする者もいる。子供を抱えて、せめてこの子だけでもと叫んでいる母親もいる。先ほど以上にカオスな状況になっていた。

みんな犯人グループの遅いやつは殺すという発言に縛られている。

が、花宮達は違った。


(このまま指示に従って、どうにかしようとする江戸川コナンの邪魔をするのも面白いけど、この人混みは面倒だな。犯人グループの方の邪魔をしよう)


と思った花宮はあっさり犯人グループの指示に従わない事にした。


「やっぱ辞めよう」

「どこに行く?」

「ゲーセンでいいだろ。あそこ障害物多いし」

「わかった」


当然古橋も花宮に従う。

可哀想に……江戸川コナンもいるのに花宮達も敵になるなんて……犯人グループの目的は何かまだわからないけど、それが達成されない事に決まった瞬間だった。

最初に客の半数を逃がしていれば、花宮達はまだ大人しくしていたかもしれない。けれどもう花宮達が敵対するのは決まった事。今更犯人グループは客の20歳以上の男性を非常口から外に出しているが、もう遅い。

花宮達はゲームセンターに向かった。


「あ!波人お兄ちゃんだ!!」

「知らない人がいますね」

「誰だよあの兄ちゃん」

「えっと……確か春越さんだよね??」

「あら、知り合い?」


ゲームセンターに着くと、そこには少年探偵団達がいた。やはり彼らも指示には従わなかったらしい。


「ハル兄は僕の友達で今お世話してくれている家の人でもあるんだ」

「春越風二郎だ。俺を知っているようだが、どこかで会ったか?」


古橋は花宮以外には興味を持たない人間である。故に江戸川コナンというこの世界の主人公であっても、古橋にとってはどうでもいい人間なので、すぐに忘れる。しかも実際に名乗り会った訳では無いので、この前会ったことなんて覚えてあるわけがなかった。

というか古橋にとっては今まで、この世界は花宮が居ない世界という認識だったので、本当はこの世界が名探偵コナンの世界だということはどうでも良いことだったのだ。ちなみに花宮と再会した今は、可愛いショタ宮のいる世界に変わっているので、やっぱり名探偵コナンの世界だなんて思ってない。

むしろ未だにこの世界が名探偵コナンの世界だということに気づいてないのかもしれない。


「この前の事件ので会ったよ!」

「事件?」

「あっ、いや……」


そこでコナンくんはこの場に花宮がいるのを思い出した。古橋とコナンくんが会った事件は、花宮の母親が死んだ事件でもある。本人がどうでも良いと思ってても、普通は身内が死んだという人がいる場でその事件を話題に出すのはあんまり良くないだろう。

しかし、哀ちゃんはコナンくんの反応的にどの事件だったか察したが、他の子供達には無理だったようだ。彼らは話を深掘りしようとしている。


「どんな事件だったんだ!?」

「コナンくんまた1人で事件に首突っ込んでたのね」

「いつもずるいですよ」

「いやっ……あー、今こんな話してる場合じゃねーだろ。あの黒豹とかいう犯人グループをなんとかしねーと」


回答に困ったコナンくんは話をずらす事にした。ゲームセンターに隠れているとはいえ、たしかに今は悠長に話している時間はない。

花宮は油断している状態なら相手を締め落とすこともできるが、犯人グループにショタコンでもいない限り、今回はあまり戦えないだろう。古橋は戦えるが、コナンくんはそれを知らない。

つまりコナンくんは戦えるのは自分だけだと思ってる。果たして彼はどんな作戦を立てるのだろうか。