08

人質を監視してる犯人達の目を掻い潜り、階段に1番近いスタッフ専用の扉を潜る。そうして花宮が古橋の元にたどり着くと、犯人は古橋に相当痛めつけられたようで、見ていられないくらいボロボロになっていた。意識はギリギリあるのか、言葉になってない声をあげている。


「ねぇ」

「ひっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。知ってることは全部話しました。あとはもう何も知りません。俺は言われた通りに動いてただけなんです。もう許してください。反抗しません。嘘もつきません。こんなことをしてすみませんでした。申し訳ありませんでした。だからもう殴らないでください」


本当に犯人がなんか可哀想なことになってる。花宮が声をかけただけでこれだ。

それを見た花宮は、天使モード(笑)で話すことにした。心の折れた人間にはよく効くのである。何がとは言わないが。


「おにいさん、大丈夫?」

「な……なに。こ、こども??」


ここで初めて俯いて頭を抱えていた犯人が花宮のことを見た。彼の目に写ったのは、自分を心配している顔で見てくる美少年だ。

そんな美少年が、震えた手で頬についた傷に触ってきた。


「いたい??」


さっきまではものすごく痛かった。頬もお腹も腕も背中も。死んだ目をした男に殴られて起こされ、抵抗して殴られ、聞かれたことを話しても殴られ、泣き喚いても無慈悲に殴られ、とにかく酷い目にあった。これほど恐ろしいことがあるのかと、犯人は思っていた。それが今はどうだ。謎の美少年にとても心配されている。自身の親にでさえこんな心配されたことはないんじゃないだろうか。


「僕のお友達がおにいさんに酷いことをしてごめんね。この状況をなんとかしたかったみたいなんだ。でも、こんなになるなんて……」


今まで誰からも必要とされてなかった。そこからグレて、気づいたら犯人グループの仲間入り。これで自分は圧倒的強者だと思っていたのに、さっき自分より強い者に心を折られた。自分はゴミなんだと。そう思っていたところに、こうも優しく声をかけられて、落ちない人間はいるのだろうか。いやいない。

しかし、彼をここまでボッコボコにしたのは古橋とはいえ、指示したのは花宮である。美少年はなみやに声をかけられて救われたと思っているが、残念なことにその美少年が諸悪の根源だ。酷いマッチポンプを見た。


「だ、大丈夫だよ。ありがとう心配してくれて」

「ほんとう?とっても痛そうだけど……あ、そうだ!おにいさんコレ貼ってあげる!」


そう言って花宮はズボンのポケットから子供用のイラストが書かれた絆創膏を犯人の頬に貼った。これはここに来る途中にあった店でとってきていたものだ。もちろん無断である。盗んだともいう。


「すごい。貼ってもらった途端、痛くなくなったよ」


本当は絆創膏1つで痛みなんて治るわけがないのだが、自分に優しくしてもらった少年にこれ以上心配させたくなかった犯人は強がったのだ。

それをわかった上で花宮は安心したフリをする。


「よかった!」


いわゆる天使のような笑みだ。

犯人の後ろに立っていた古橋は、真正面からその笑顔を見ることになった。そして、演技だと分かっていても可愛いと思わせるそれに、思わず胸を押さえていた。この光景だけ見たら犯人をボッコボコにした人間だとは思えない。

そんな古橋は無視して、花宮は言葉を続ける。


「僕、知りたいことがあるんだ。おにいさんに聞いてもいいかな?」

「なにかな?な、なんでも聞いて!」

「おにいさん達のボスさんに話したいことがあって……でも、直接話すのは危ないでしょ?だから、何か連絡の取れる方法はないかなって。できれば、他のお仲間さんにも聴かれたくないんだ」

「む、無線機の右端のチャンネルがボス専用の回線になってるよ。他の仲間はまとめて真ん中」

「そうなんだ!教えてくれてありがとう」

「待って!無線越しに話すのだって危ないよ」

「心配しなくても大丈夫だよ。僕にはハル兄がいるから」

「はる兄……??」

「うん。おにいさんの後ろにいる……」


それを聞いて恐る恐る後ろを向いた犯人は悲鳴を上げた。美少年との会話に夢中で存在を忘れていたとはいえ、自分の心を折った人がまだすぐ近くにいるとは思わなかったのだ。しかも美少年が親しげにその人のことを読んでいる。

あまりにも衝撃的だった。

そういえば、目の前の少年は"僕のお友達がごめんね"と謝っていたなと思い返しつつ、犯人はなんとか言葉を絞り出した。


「そ、そっか。それは心強いね」

「うん。そういえばおにいさん、とっても疲れた顔をしてる。休んだ方がいいよ。僕ね、頭を撫でてもらうとぐっすり寝ちゃうの。だからおにいさんがしっかり休めるよう、僕が撫でてあげる」

「あ、ありがとう」


身体全体に走る痛みやその原因が近くにいる恐怖で寝るどころではないのだが、不思議と頭を撫でられるのは気持ちよくて………

犯人は意識を手放した。

それを見た花宮は真顔に戻って一言。


「やっぱチョロいわ」


こいつ、やっぱり悪魔だ。

なにはともあれ、花宮が知りたいことは知れたし、犯人が起きて警察に捕まった後、ボロボロになった原因は言わないだろう。何故なら自分をボロボロにした人の知り合いが自分を救ってくれたのだ。迷惑になるような発言はしない。

情報を得るだけなら古橋に任せていれば良いが、口止めとなるとも別だったので、花宮はわざわざ天使モード(笑)で対応したのだった。

教えてもらったリーダーへの連絡は一旦置いといて、まずは犯人グループの配置の確認をする。


「波人くんに頭を撫でられるなんて、なんて羨ましい」

「キモい。それより犯人グループの配置は?」

「花宮がさっき電話で話していた通りだ。各階に見回りが2人ずつ、出入り口の見張りが1人ずつ、人質の監視に2人。ボスは警察との交渉。ボスの護衛に2人。だが、ここの監視室の担当と、従業員専用の出入り口の見張り担当は分かれていたようだった。それが作戦前に配置換えになったとかで、こいつが監視室と出入り口の兼任担当となったようだ」

「なるほど。ならその17人目はもうこのモール内にいない可能性が高いな。大方、人質と一緒に逃げたんだろう」

「あぁ」


考えれば、簡単にわかることだ。

爆弾は時限爆弾式。それを仕組んだ人間が爆発する予定のあるモール内にいるわけがない。人質だった者のうち、大人は2回に分けて外に出されてる。2回目の女性も出したところは突発的に行われたことだったであろうが、1回目のは計画に組み込まれていた。

17人目が外に出るには、その1回目で人質と一緒に外に出るのが1番手っ取り早い。

そうなった以上、もうこのモールの立て篭もりは警察と世間の目をひく囮でしかない。

けれども、囮目的とはいえこのランダムにこのモールが選ばれたとは考えられないだろう。

17人目は、人質1人につき300万円の身代金目的ではない。では、目的は金ではないのかというと、それも違う。何故ならこの建物をぶっ壊したいだけならただ単に爆発させるだけでいいし、今人質をとってる中で殺したい人物がいるならわざわざこんなリスクもあり、手間もかかることをしなくても良いから。

つまり、やっぱり17人目の目的は金なのだ。

では、17人目はどこから金をとろうとしているのか。

答えは、17人目が人質と一緒に外に出たというところから見えてくる。

もし、解放された人質のなかに、お金を持っているお偉いさん、またはその家族がいたとしたら?簡単だ。一緒に逃げて、耳元でこう言えばいい。


「俺は黒豹の1人です。中にいる大切な人を殺されたくなければ、俺の指示に従ってください」


そして解放されたはずの人質を使って、その人の家族に身代金を迫る。金を得れば、警察の目を気にすることなく逃げられる。

金持ちのお偉いさんは先の予定を立てていることが多いので、犯人がその情報を得て、今日のこの場所で立て篭もりを起こすと決めたのは不思議ではない。

そのお偉いさんの目的は、ちょうど今日は開催されるはずだった仮面ヤイバーのショーといったところだろうか。理由は子供が行きたがったから。となれば、子供と一緒にくるのは必然で、17人目がそれを使って脅すという目的があるのならこのモールが選ばれたのには納得できる。

花宮的には自分の関係ないところで誰かが金を搾り取られようとやっぱりどうでもよいのだが、自分の裏をかこうとするような17人目の行動にはイラッと来た。なにより花宮はリーダーと主人公の絶望顔を楽しみにしていたのである。

17人目には全くそんな意図はないだろうが、花宮は邪魔されたような感じがしていた。完全に理不尽だ。が、しかし、相手は犯罪者。例え理由がイラついたからでも、作戦をぶっ壊そうとする花宮の方が正義だ。

とりあえず今ではリーダーからリーダー(笑)になってしまった犯人に連絡をとろうと、意識を失った犯人から無線機をとった。

そのままリーダーの無線機に繋げようとボタンを押す直前で、この場にいない第3者の声が響く。


《波人お兄ちゃん!無事!?》


それは哀ちゃんから念のため受け取っていた探偵バッジからだった。

せっかくこれから楽しいことを起こそうとしていたのに、また遮られた。その声を無視してもよかったのだが、花宮は彼らを巻き込むことにした。


「えっと、コナンくんかな?僕は大丈夫だよ。ハル兄も」

《そっか、よかった。僕達は3階と4階を見張ってた犯人は倒し終わったんだけど、ボスっぽい人の3人組は途中で見失っちゃったんだ。波人お兄ちゃんはどこで何してるの?》

「2階の犯人さん達はハル兄が倒してくれたんだ。今は監視カメラの映像がいっぱいある部屋にいる。ここにも犯人の1人がいたけど、ハル兄が倒してくれた。映像を見るとリーダーさん達は……1階の総合案内所インフォメーション 近くで電話してるみたい。警察の方と話してるのかな?」

《無事でよかった。あ》

「それでね、さっきコナンくんに言った情報、間違ってたみたい」


花宮はコナンくんが何か言おうとしていたのを遮って、強引に話を続ける。


「各階に犯人は2人ずついるんだけど、1階には出入り口が多い分、従業員さん達の出入り口とか、荷物を入れる出入り口とかにも、見張りがいるみたいなんだ。だから、さっきは2階から下は任せてって言ったけど、ちょっと、僕とハル兄だけでは無理そうなんだ。だからコナンくん、手伝ってくれる?危ないことをお願いしてるのは分かってるんだけど……」

《もちろんだよ!》


「よかった、じゃあね……」


花宮は小学2年生に見合った言葉で、お願いという名の指示をしていく。あくまでもお願いという形をとっているため、コナンくんが断ることはない。

本来なら自ら考え、行動する主人公コナンくんが、花宮という人間に動かされていく。

本人は動かされていることに気づかずに……